ヴィーナスは微笑む

蒼井 結花理

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三章

第75話 真桜の願い

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ピコン!


バイトから帰って、TVを見てのんびりしていた時。


ポケットからLINEの着信音が鳴った。


舞はスマホを取り出して相手を確認する。


真桜からだった。



『舞さんこんばんは。今日もありがとうございました。』


変わらず敬語が抜けない堅苦しい文章に、舞は表情を崩す。


絵文字もなく素っ気なく見えるけれど、これも真面目でまっすぐな真桜らしい。


最初に会った時に思った。


言葉こそ固いけれど、真桜は話をする時まっすぐに混じり気のない瞳で見つめてくる。


なんて心の清い人なんだろうと思った。


彼女の瞳には、一切の汚れも感じられなかった。


お友達のこともあって、人と接するのが怖くなっているだけなのだろう。


それでも一生懸命まっすぐ目を見つめて話してくれる真桜が可愛いと思った。


だからこそ、自分も千早としっかり向き合おうと思えたのだ。


真桜には感謝しかない。



『こんばんわ(^^)/こちらこそありがとう!拓海さんは体調大丈夫?』


『はい、大丈夫です。今ベッドで横になっています。それより舞さん、お願いがあるんです。』


『お兄ちゃんの誕生日なんですが、一緒に家でお祝いしてくれませんか?』


ぴたり、と文字を打とうとする手が止まった。


どうして私を…?


まさか、真桜ちゃんは拓海さんが私に好意を持っていることを知ってるのだろうか。


もし知っていて誘っているのだとしたら…



『ちょっとその日は…』


真桜の思惑が読めず探るように曖昧に返すと、今度は電話の着信を知らせる音が鳴り響いた。


相手は真桜からだ。


既読のまま返信しなかったので、電話をしてきたのだろう。


舞は数秒迷った後、スライドさせて通話を許可した。



『何か予定でもありますか?』


耳に受話器を当てた舞に、真桜はもしもしも言わずいきなり本題を切り出す。


思わずのけぞりそうになった。


「ううん、そういうわけじゃないけど…どうして私を?」


『舞さん、お兄ちゃんの気持ちもう分かってますよね?』


ズバッと単刀直入に聞かれ、舞はどきりとする。


やっぱり知っていたのか…



「うん。」


少し迷ったがここで嘘をついても仕方がないと思い、正直に認めた。


「でもね真桜ちゃん、私は拓海さんのことは…」


『分かってますよ。』


真桜は舞の言葉を遮ると、先ほどよりもいくぶんか声のトーンを落として言う。


その声は、哀し気に舞の鼓膜を揺らした。


『私小さい頃から病気がちで…これまでお兄ちゃんは何よりも私を優先してくれていた。お兄ちゃんに甘えてばっかりで負担をかけちゃってたんです。だからお兄ちゃんが体調を崩したのは私のせいもあります。』


「そんなことないよ。」


『いいえ。』


真桜はきっぱりと言う。


だけどその声は、徐々に震えていった。


『だから…もうお兄ちゃんには自分の気持ちを優先してほしい。私のために我慢なんてしてほしくないんです。』


「…真桜ちゃん。」


『お願いです。ただの自己満足だって分かってます。でも誕生日だけでもいい、一緒にお兄ちゃんをお祝いしてあげてくれませんか?……そしてきちんと振ってあげてくれませんか?』


切羽詰まったような真桜の懇願に、舞は逡巡する。


拓海さんの気持ちはもう分かっている。


それに応えられない自分自身の気持ちにも。


お互いにお互いの気持ちを分かったうえで、暗黙の了解でいつも通り接することを選んだ。つもりだった。


そんな思わせぶりになるようなことをしてもいいのだろうか。


拓海にとって、逆に残酷にはならないだろうか。



『…すみません。いきなりこんなことを言っても舞さん困りますよね…』


受話器から、ぐすっと鼻を啜る音が聞こえた。


舞は決心を固めて一つため息を吐いた後、答える。



「いいよ。」


『ほんとに?』


「うん。でも誕生日だけだからね?」


『分かってます!あ…ありがとうございます。』


受話器の向こうで、真桜はわっと泣き崩れる。


彼女が泣き止むのを、舞はただただ黙って見守っていた。
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