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三章
第57話 拓海の告白
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その翌日、舞は熱を出した。
これまでめったに風邪なんかひかなかったのになぁ。
体温を測ると三十七度六分だった。
でも仕事を休むわけにはいかない。
風邪薬を飲んで、自分の体に鞭を打った。
仕事中も、拓海や絵理には心配かけないよう必死に元気に振る舞っていたのだが。
途中で拓海に声をかけられた。
「ナナちゃん大丈夫?」
「え?」
「体調悪い?なんだか元気がないように見える。」
「そ、そんなことないですよ!元気で……ひゃぁ!」
ふいに拓海の手が舞の額に当てられた。
拓海の手の温かさが、じんわりと額に伝わってくる。
「やっぱり、熱あるじゃないか。無理しちゃって。」
「…ごめんなさい。」
やはり拓海の目はごまかせなかったようだ。
舞はしゅんとして俯く。
「今日はもう帰ったら?」
「いえ…大丈夫です。頑張れます!……あ」
言ったとたん、ふらっとしてバランスを崩してしまった。
拓海が体を支えてくれる。
「…ほら言わんこっちゃない。せめておとなしく休憩室で休んでいなさい。終わったら送ってあげるから。」
子供を諭すように言うと舞の頭をぽんぽんする。
「子供扱いしないでください」
舞は唇を突き出してとがらせる。
「ごめんごめん。でも絵理も俺もいるからほんと休んでて。」
「…すみません。じゃあ、お言葉に甘えて。」
休憩室に入った舞は、倒れこむようにベッドに横になった。
身体がだるくて動けそうにない。
はぁ…瑞穂のこととか昨日の拓海さんの言葉とか色々考えちゃってたせいだ、絶対。
瞼を落としてそんなことを考えているうちに、夢の世界へと落ちていった。
**********
「……ちゃん。ナナちゃん」
自分を呼ぶ声で、舞は現実の世界へと引き戻された。
ゆっくりと瞼を開ける。
横には心配そうに見つめる拓海の姿が目に入った。
壁にかけてある時計を見ると、夕方の五時半。
もうかれこれ三時間は眠ってしまっていたらしい。
「す、すみません!すっかり寝てしまってて」
勢いよく起き上がると、額からするりとタオルが落ちた。
どうやらおでこを冷やしてくれていたようだ。
「勢いよく起き上がったらまたふらついちゃうよ。まだ熱あるんだから。」
「…ごめんなさい。ありがとうございます。」
「何か口に入れたほうがいいかと思ってお粥を作ってきたけど、食べれるかい?」
舞はこくりと頷く。
そこまでしてもらって申し訳ない気持ちになる。
拓海は持ってきたお盆をそっと横に置いた。
「ごめんね、俺があんな話をしちゃったから、色々考えさせちゃったかな。だけどナナちゃんのことが本当に心配だったんだ。」
「…いえ、そんな。」
拓海が妹を想う気持ち、そして舞のことを思ってくれる気持ちは痛いほど伝わってきていた。
だけどその表情はただ単に妹のことを心配しているというよりは。
まるで何かを失うことを恐れているような…
そんなことを考えていると、舞の気持ちを察したのか拓海が口を開いた。
「実は妹は難病を抱えているんだ。」
拓海は薄く笑みを浮かべた。
どこまでも哀し気な笑みを。
「"多発性嚢胞腎(たはつせいのうほうじん)"。腎臓に嚢胞ができて腎臓の動きが徐々に低下していく遺伝性の病気だよ。治療薬もあるにはあるが、今のところ有効性はほとんどない。」
思ってもいなかった拓海の告白に舞は言葉を失い、口を半開きにする。
「妹の名前は真桜(まお)っていうんだけど。真桜は昔から体が弱くて学校も休みがちだった。多発性嚢胞腎臓の診断がくだったのは17歳の時だったよ。本来一番楽しいはずの時期に。」
拓海が悔しそうに唇を噛みしめる。
「この病気は50%の確率で親から遺伝するらしい。うちの場合は親父が同じ病気で亡くなっている。そして…真桜が発症した。俺も検査をしたけど、俺は発症しなかったんだ。真桜だけが発症してしまったんだよ。それを聞いた時の真桜は目も当てられないほど落ち込んでいた。ご飯も喉を通らず、やせ細っていった。」
拓海は膝に置かれた両手に力を入れて握りしめた。
思いもよらなかった拓海の告白に、舞は両手で口を押さえる。
そんなことをいきなり告げられたら誰だってショックを受けるどころではないだろう。
真桜と拓海の心境を思うと胸が痛んだ。
「真桜は学校を休みがちだったし、当然友達も少なかった。その中で昨日話した亡くなった子は、真桜が休みの時も家まで来て話し相手になってくれたり、休みの分のノートを取ってくれて届けにきてくれたり仲良くしてくれていた。その子と話している時の真桜はとても嬉しそうで、徐々に笑顔を取り戻していったんだ。とってとても大切な存在だったんだよ。それを、あの女に奪われた。」
「……」
「それがどれだけの辛さだったか分かるだろう?今でも真桜は友人を亡くした悲しみで苦しみ続けている。ほとんど部屋にこもりきりで外に出なくなった。まぁ…真桜本人は瑞穂さんがやったなんてこれっぽっちも思ってないだろうけどね。たしかにナナちゃんも言った通り、瑞穂さんがやったという証拠は何一つない。」
一気に話して疲れたのか、拓海はため息を吐いた。
「拓海さん…」
舞は思わず拓海に手を伸ばしていた。
膝に置かれた手に、自分の手を重ねる。
「辛いことなのに、私に話してくれてありがとうございます。」
顔を上げた拓海はまるで子犬のような顔をしていた。
「良かったら今度、ぜひ真桜さんにお会いさせてください。」
これまでめったに風邪なんかひかなかったのになぁ。
体温を測ると三十七度六分だった。
でも仕事を休むわけにはいかない。
風邪薬を飲んで、自分の体に鞭を打った。
仕事中も、拓海や絵理には心配かけないよう必死に元気に振る舞っていたのだが。
途中で拓海に声をかけられた。
「ナナちゃん大丈夫?」
「え?」
「体調悪い?なんだか元気がないように見える。」
「そ、そんなことないですよ!元気で……ひゃぁ!」
ふいに拓海の手が舞の額に当てられた。
拓海の手の温かさが、じんわりと額に伝わってくる。
「やっぱり、熱あるじゃないか。無理しちゃって。」
「…ごめんなさい。」
やはり拓海の目はごまかせなかったようだ。
舞はしゅんとして俯く。
「今日はもう帰ったら?」
「いえ…大丈夫です。頑張れます!……あ」
言ったとたん、ふらっとしてバランスを崩してしまった。
拓海が体を支えてくれる。
「…ほら言わんこっちゃない。せめておとなしく休憩室で休んでいなさい。終わったら送ってあげるから。」
子供を諭すように言うと舞の頭をぽんぽんする。
「子供扱いしないでください」
舞は唇を突き出してとがらせる。
「ごめんごめん。でも絵理も俺もいるからほんと休んでて。」
「…すみません。じゃあ、お言葉に甘えて。」
休憩室に入った舞は、倒れこむようにベッドに横になった。
身体がだるくて動けそうにない。
はぁ…瑞穂のこととか昨日の拓海さんの言葉とか色々考えちゃってたせいだ、絶対。
瞼を落としてそんなことを考えているうちに、夢の世界へと落ちていった。
**********
「……ちゃん。ナナちゃん」
自分を呼ぶ声で、舞は現実の世界へと引き戻された。
ゆっくりと瞼を開ける。
横には心配そうに見つめる拓海の姿が目に入った。
壁にかけてある時計を見ると、夕方の五時半。
もうかれこれ三時間は眠ってしまっていたらしい。
「す、すみません!すっかり寝てしまってて」
勢いよく起き上がると、額からするりとタオルが落ちた。
どうやらおでこを冷やしてくれていたようだ。
「勢いよく起き上がったらまたふらついちゃうよ。まだ熱あるんだから。」
「…ごめんなさい。ありがとうございます。」
「何か口に入れたほうがいいかと思ってお粥を作ってきたけど、食べれるかい?」
舞はこくりと頷く。
そこまでしてもらって申し訳ない気持ちになる。
拓海は持ってきたお盆をそっと横に置いた。
「ごめんね、俺があんな話をしちゃったから、色々考えさせちゃったかな。だけどナナちゃんのことが本当に心配だったんだ。」
「…いえ、そんな。」
拓海が妹を想う気持ち、そして舞のことを思ってくれる気持ちは痛いほど伝わってきていた。
だけどその表情はただ単に妹のことを心配しているというよりは。
まるで何かを失うことを恐れているような…
そんなことを考えていると、舞の気持ちを察したのか拓海が口を開いた。
「実は妹は難病を抱えているんだ。」
拓海は薄く笑みを浮かべた。
どこまでも哀し気な笑みを。
「"多発性嚢胞腎(たはつせいのうほうじん)"。腎臓に嚢胞ができて腎臓の動きが徐々に低下していく遺伝性の病気だよ。治療薬もあるにはあるが、今のところ有効性はほとんどない。」
思ってもいなかった拓海の告白に舞は言葉を失い、口を半開きにする。
「妹の名前は真桜(まお)っていうんだけど。真桜は昔から体が弱くて学校も休みがちだった。多発性嚢胞腎臓の診断がくだったのは17歳の時だったよ。本来一番楽しいはずの時期に。」
拓海が悔しそうに唇を噛みしめる。
「この病気は50%の確率で親から遺伝するらしい。うちの場合は親父が同じ病気で亡くなっている。そして…真桜が発症した。俺も検査をしたけど、俺は発症しなかったんだ。真桜だけが発症してしまったんだよ。それを聞いた時の真桜は目も当てられないほど落ち込んでいた。ご飯も喉を通らず、やせ細っていった。」
拓海は膝に置かれた両手に力を入れて握りしめた。
思いもよらなかった拓海の告白に、舞は両手で口を押さえる。
そんなことをいきなり告げられたら誰だってショックを受けるどころではないだろう。
真桜と拓海の心境を思うと胸が痛んだ。
「真桜は学校を休みがちだったし、当然友達も少なかった。その中で昨日話した亡くなった子は、真桜が休みの時も家まで来て話し相手になってくれたり、休みの分のノートを取ってくれて届けにきてくれたり仲良くしてくれていた。その子と話している時の真桜はとても嬉しそうで、徐々に笑顔を取り戻していったんだ。とってとても大切な存在だったんだよ。それを、あの女に奪われた。」
「……」
「それがどれだけの辛さだったか分かるだろう?今でも真桜は友人を亡くした悲しみで苦しみ続けている。ほとんど部屋にこもりきりで外に出なくなった。まぁ…真桜本人は瑞穂さんがやったなんてこれっぽっちも思ってないだろうけどね。たしかにナナちゃんも言った通り、瑞穂さんがやったという証拠は何一つない。」
一気に話して疲れたのか、拓海はため息を吐いた。
「拓海さん…」
舞は思わず拓海に手を伸ばしていた。
膝に置かれた手に、自分の手を重ねる。
「辛いことなのに、私に話してくれてありがとうございます。」
顔を上げた拓海はまるで子犬のような顔をしていた。
「良かったら今度、ぜひ真桜さんにお会いさせてください。」
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