ヴィーナスは微笑む

蒼井 結花理

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二章

第43話 確信

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(集中できない…)


陽菜子は読んでいた本を閉じ、はぁとため息を吐いた。


放課後、気分転換になるかと図書室に寄ったのだが、どうにも読書に集中できない。


いつもなら、大好きな読書の時間のはずなのに。


一人でいると否応なく、要らぬ物思いに囚われてしまう。


どうしても、昨日の竜一との電話が頭から離れてはくれない。


陽菜子は両手で顔を覆い、目を閉じた。



陽菜子に送られてきた"天誅"という手紙と、竜一に送られてきた同じ"天誅"の一言が書かれたLINE。


偶然とは思えなかった。


つまり舞が、あの手紙を送り、脅し続けてきた犯人だったのだろうか。


一方で、もし舞が仮に犯人だとしたら、そんな分かりやすいことをするものなのだろうかとも思った。


あんなことをすれば、自分が犯人だと言っているようなものではないか。


それとも、その心理を逆手に取ったのだろうか。


なによりも、まだ舞のことを信じたいと思っている自分がいた。



「……ひな………よ」


ふと、誰かの囁き声が聞こえてきた。


誰かが図書室に入ってきたらしい。


2人の男女の声。



「…し、陽菜子が…羨まし…の」


自分の名前が出てきて、陽菜子は思わず口を両手で覆った。


ぼそぼそとして聞き取りにくいが、その声の主から発せられたのは明らかに自分の名前だった。


そして、声の主はすぐに分かった。



「だって…竜一くん…ず…独り占め……て…たから…」


「……舞。」


男の方は、おそらく竜一だろう。


あまりよく聞き取れなかったが、会話からそう予想できた。


陽菜子は息を殺し、物音を立てないように注意しながら少しずつ声の方向に近づいていった。


「私だって…ずっと……」



(あぁ、やはり舞は、竜一くんのこと……)


(だから、私を憎んであんなことを……)



「ずっと…竜一く…と…き、だった」


途切れ途切れにしか聞こえなくても、言葉の節々から、舞が竜一に告白したのだ、ということは容易に想像できた。


友人への疑惑が、確信へと変わった瞬間だった。



やめて。


それ以上は聞きたくない。


そう思う気持ちとは裏腹に、陽菜子の足は確実に前に進んでいた。



「ねぇ、お願………あるの。」


「……」


「一度だけ………ほしい」


「……」


「もちろん陽菜子には内緒にしておく。絶対に言わないから。これで諦めるから。だから……」



なに?


何をしてほしいって言ったの?


ようやく2人の声がはっきり聞こえる距離まで進んだ時には、肝心なところが聞こえなかった。


「……分かった。」


「ありがとう……」


そして、少しの間。



(……あぁ)


危うく陽菜子は声を漏らすところだった。


何をしてほしいと舞が言ったのかは聞き取れなかったが、それでも竜一が舞に対して拒否的な態度をとってはいないことだけは察せられた。


(どうして、竜一くん。)


(どうして、断らないの……)



疑惑。


嫉妬。


悲しみ。



色んな感情で乱れる心を懸命に鎮めようとする。


黒い感情が、胸の中を占領していく。


すべてを聞いていたのだ、とこのまま出て行ってしまおうかとも思った。


だけど。


そこまでの勇気は陽菜子にはなかった。



陽菜子は打ちのめされた気持ちで音を立てないように立ち上がると、その場を引き返した。
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