ヴィーナスは微笑む

蒼井 結花理

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二章

第38話 似ている

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ある日の日曜日、舞は瑞穂と約束をし、カフェに来ていた。


家からは数駅ほど離れた、イタリアンのお店だった。


陽菜子も誘おうか、と一瞬思ったが、なんとなくあの話をしてから彼女を誘いづらかった。


瑞穂もあえて、自分から陽菜子を誘おうとはしなかった。


最近自分に対する陽菜子の様子がおかしいことを、薄々感じ取っているのかもしれない。


陽菜子は瑞穂と話さないことはないが、自分から積極的に近づこうとはしなくなっていた。


そのことに、瑞穂が気づかないはずはない。



瑞穂のしなやかな指が、コーヒーカップを持ち上げ、口元へ運ばれていく。


その仕草でさえ、あまりにも優雅で高校生離れしているな、と舞は思った。


ランチをするために入ったのだが、少し早く入ったため、とりあえずコーヒーだけ注文したのだった。


コーヒーを何口か飲むと、瑞穂はゆっくりとカップをテーブルに置いた。



「舞、そろそろご飯注文しない?」


「あ、そうだね。何にしようか。」


舞は近くにあったメニューを手に取ってめくりだす。


瑞穂は長い栗色の髪を耳にかけると、メニューを見始めた。


舞はメニューを見つめる瑞穂を観察する。


今日は、白のカーディガンに薄いブルーのスカンツを履いていた。


唇は、ほのかなピンクに色づいている。


瑞穂はパンツを履くことはほとんどない。


休日の時、友達である舞と会う時でさえオシャレをすることを厭わなかった。



結局舞はベーコンとナスのトマトパスタを、瑞穂はペペロンチーノを注文した。


と、レストランのドアが開きベルの音が鳴った。


反射的にそちらを振り向く。


そして振り向いた状態のまま、舞は固まった。


そこには雨宮紗耶香の姿があった。



彼女は友達と来たようだった。


こちらにはまだ気づかず、友達と談笑している。


舞は二人が自分達の席よりも離れて座ってくれることを祈った。


できれば、紗耶香とはあまり顔を合わせたくない。


だが、こちらの期待に反して、紗耶香達は舞達の後ろのテーブルを選んで座った。


よりにもよって、舞が見える側の椅子に紗耶香は座った。



「紗耶香ぁ、何食べる?」


「んーーどうしようかな。カルボナーラかトマト系か。」


そんなやり取りが聞こえてくる。


舞はさりげなく俯いて、できるだけ顔が見えないようにした。



二人はしばらくメニューに目を走らせていたが、各々食べたいものが決まったらしく、店員に注文をした。


舞も気にせずに食べ進めようと、顔を上げてフォークにパスタを巻き付けた瞬間。


「あれ、七瀬先輩?」


落ち着いた、でも陽気さも感じさせる声が鼓膜を揺らした。


舞ははっとして彼女の方を見る。


紗耶香が、向かいに座る友達の横からひょこっと顔を出してこちらを見つめていた。


「あ、やっぱりそうだ。偶然ですね。…あー!河野先輩も!」


瑞穂の姿を見つけた瞬間、紗耶香の瞳が輝きを増していく。


「わー…こんなところで河野先輩にもお会いできるなんて嬉しいです!」


紗耶香は席を立つとわざわざ舞達のテーブルに向かってきて、思い切り瑞穂に両手を差し出す。


瑞穂はきょとんとしたように目をしばたたかせた。


「私、河野先輩の大ファンなんです!握手してください!」


まるでアイドルか何かの握手会でもあるかのような口調に、舞は苦笑する。


瑞穂はほんとに別次元だな、と思う。



瑞穂は柔らかく微笑むと、そっと紗耶香の両手を包み込んだ。


まるで大切な宝物を扱うかのように。



「ありがとう。そんな風に言ってもらえるのは嬉しいわ。」


「近くで見ると、本当お人形さんのようです。顔小さくてめちゃくちゃキレイ。」


「困るわ、そんなに褒められると。でもあなたも綺麗よ。黒くて艶のある長い髪…ちゃんと手入れをしているのね。」


瑞穂は手を伸ばすと、そっと紗耶香の髪に触れた。


紗耶香はくすぐったそうに身をよじる。


「憧れの河野先輩にそんなこと言っていただけて光栄です。」


二人のやり取りを見ながら、舞はやはりこの二人は雰囲気が似ているな、と思った。



と、舞のスマホがテーブルの上で震え出した。


液晶画面を見ると、陽菜子からだった。


舞は瑞穂に目配せし、スマホの通話ボタンを押して耳に当てる。



「舞!!」


とたん、悲鳴に似たような甲高い声が鼓膜を揺らした。


「ど、どうしたの?陽菜子。」


舞はスマホを持つ手に力を入れる。


「舞……私今、誰かに車で轢かれそうになった……」


「え?!」


舞の尋常じゃない声に、瑞穂と紗耶香がこちらを振り向いた。


「轢かれそうになったって…どういうこと?」


「細い道で歩いてたら、車が向かってきて。最初はまさかなと思ってたんだけど、いきなり猛スピードで……かろうじてよけたんだけど……まさか、私を、狙って……」


そこまで言って陽菜子は堪えきれなくなったかのか、嗚咽を漏らした。


「陽菜子落ち着いて。今、どこにいるの?」


「〇〇町の…△△書店の前……」


「おーけー。すぐ行くから。そこで待てるね?」


「……うん。」


舞は電話を切り、ご飯の代金だけをテーブルに置いて瑞穂に断ると、店を出て駆け出した。
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