ヴィーナスは微笑む

蒼井 結花理

文字の大きさ
上 下
11 / 111
一章

第11話 一番大事なもの

しおりを挟む
「で、なんで俺にいきなり声かけてきたんだよ?俺だって暇じゃないんだけど。」


正面に座る新谷友樹が、目の前にあるオレンジジュースを口に含みながら、そわそわと膝の上で手を遊ばせながら訊ねてくる。



舞と友樹は、そのまま近くにあった喫茶店へ足を運んだ。


作戦はあっさりと成功し、友樹は何の疑いもなく、まるで犬がしっぽを振るように舞に付いてきた。


暇じゃないんだけど、なんて口では言いながらもさっきからニヤつきを抑えられていない。



こんなに単純だったとは。


あんなに、瑞穂に異常なほど執着していたくせに。



舞は心の中で苦笑した。



「特に何もないよ。前から新谷くんのこと気になっていて、声かけたいなって思ってたって言ったでしょう?でも、声かけてもあんなに人気者の新谷くんだから、私なんかと一緒にお茶してくれるなんて思ってなかったけど。ホントに嬉しい。」



注文したブレンドコーヒーのカップを両手で包み込むように持ちながら上目遣いで言うと、友樹はゴクリと喉を鳴らした。まぁいいけどよ、と小さく呟くと舞から顔を背ける。



「ね、新谷くんのことよく知らないからさ、この機会に色々教えてよ。新谷くんて、兄弟とかはいるの?」


あぁ、とコップをテーブルに置きながら友樹は頷く。


「妹がいるぜ。一つ下の学年で高1。二組にいるんだ。愛美って言ってさ。」



舞は頭の中で、妹…新谷愛美…とメモをする。



「そうなんだ、全然知らなかったよ。新谷くんかっこいいから、妹さんもきっと相当可愛いんだろうね。」


にっこりと笑って見せると、新谷は”まぁな!”とそれまでの表情を一気に崩すと、自分のことでもないのになぜか胸を張ってふんぞり返った。


妹のことをさぞかし可愛がっているだろうことが、その表情から読み取れた。



「愛美ちゃんて言うのかぁ。可愛い名前ね。」


「だろ!名前だけじゃなくて中身も可愛いんだぜ。ガキの時なんかよ、”おっきくなったらお兄ちゃんと結婚するの!"なんて言っちゃって。バカだよな、あいつ。兄妹で結婚できるわけないのに。今でもふざけてそんなこと言ったりするんだぜ。でもそういうバカなところも可愛いって言うか。俺んとっちゃ一番大事なやつだからな。」



一番大事、と舞は口の中で復唱する。


その後も、隠しもせず堂々とシスコンぶりを露わにする友樹を適度に相槌を打ちながらあしらいつつ、舞は右手を挙げて店員を呼び、コーヒーのお代わりを注文した。



今後に必要なこととは言え、本当ならばこんな奴と一緒の空間にいるというだけで居心地が悪かった。


できれば関わりたくもない。


けれど、その気持ちは瑞穂のために必死に飲み込んだ。



瑞穂を救いたい。


せっかく私を頼って、あんなに言いづらいことを打ち明けてくれたのだ。私だけに。


だから絶対に、私が瑞穂を守る。


私にしか、瑞穂は守れない。




「それでよ、愛美が……七瀬?」


友樹が話を止めて顔を覗き込んでいた。


だいぶ怖い顔つきをしていたのだろう、さっきまで楽しそうに妹の話をしていた友樹の表情も、さすがに訝しいものに変わっていた。



「ごめんなさい、ちょっとだけ考え事していて。…そうね、私も一度愛美ちゃんに会ってみたいわ。今度、紹介してもらえる?」


優しく微笑んで見せると、友樹はまたしてもだらしなく鼻の下を伸ばした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

バージン・クライシス

アーケロン
ミステリー
友人たちと平穏な学園生活を送っていた女子高生が、密かに人身売買裏サイトのオークションに出展され、四千万の値がつけられてしまった。可憐な美少女バージンをめぐって繰り広げられる、熾烈で仁義なきバージン争奪戦!

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

7月は男子校の探偵少女

金時るるの
ミステリー
孤児院暮らしから一転、女であるにも関わらずなぜか全寮制の名門男子校に入学する事になったユーリ。 性別を隠しながらも初めての学園生活を満喫していたのもつかの間、とある出来事をきっかけに、ルームメイトに目を付けられて、厄介ごとを押し付けられる。 顔の塗りつぶされた肖像画。 完成しない彫刻作品。 ユーリが遭遇する謎の数々とその真相とは。 19世紀末。ヨーロッパのとある国を舞台にした日常系ミステリー。 (タイトルに※マークのついているエピソードは他キャラ視点です)

白羽の刃 ー警視庁特別捜査班第七係怪奇捜査ファイルー

きのと
ミステリー
―逢魔が時、空が割れ漆黒の切れ目から白い矢が放たれる。胸を射貫かれた人間は連れ去られ魂を抜かれるー 現代版の神隠し「白羽の矢伝説」は荒唐無稽な都市伝説ではなく、実際に多くの行方不明者を出していた。 白羽の矢の正体を突き止めるために創設された警視庁特捜班第七係。新人刑事の度会健人が白羽の矢の謎に迫る。それには悠久の時を超えたかつての因縁があった。 ※作中の蘊蓄にはかなり嘘も含まれています。ご承知のほどよろしくお願いいたします。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

マイグレーション ~現実世界に入れ替え現象を設定してみた~

気の言
ミステリー
いたって平凡な男子高校生の玉宮香六(たまみや かむい)はひょんなことから、中学からの腐れ縁である姫石華(ひめいし はな)と入れ替わってしまった。このまま元に戻らずにラブコメみたいな生活を送っていくのかと不安をいだきはじめた時に、二人を元に戻すための解決の糸口が見つかる。だが、このことがきっかけで事態は急展開を迎えてしまう。 現実に入れ替わりが起きたことを想定した、恋愛要素あり、謎ありの空想科学小説です。 この作品はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...