ヴィーナスは微笑む

蒼井 結花理

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一章

第10話 作戦開始

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その日の午後5時頃、舞は瑞穂と別れた後、家から徒歩10分程度のところにあるカフェに来ていた。


考え事をする時や頭の中を整理したい時はよく立ち寄っている。


決してオシャレではないが、お客も少なく、落ち着いた雰囲気が舞は好きだった。


いつものように一番奥の窓際の席に座ると、お冷を持ってきた店員にアイスカフェオレを頼んだ。


舞はテーブルに肘をつき、窓から行き交う人々を観察する。



まもなく、目的の人物はここを通るはずだ。


そのことは、事前にこっそり尾行をして確認済みだった。



心臓が飛び出てしまうのではないかと思うくらいに脈を打ち、呼吸が浅くなる。


それを抑えるように、舞は胸に手を置いて、深呼吸をした。


目の前にあったお冷を口に含み、緊張で乾いた口内を潤す。




しっかりするのよ、舞。


これはもう決めたことなんだから。


今更怖くなってどうするの。


これは、瑞穂のためなんだから。




奮い立たせるように頬っぺたを軽く手のひらで叩くと、ちょうど店員がアイスカフェオレを運んできたところだった。


どうぞごゆっくり、と営業スマイルを向けてきた店員が去るのを確認し、ほぅ、と大きくため息をついた。


カフェオレを口に運ぶと、ちょうど良いコーヒーの苦みとミルクの甘味が口の中にじんわりと広がっていく。


馴染みのある味が、ほんの少しだけ波打った心を落ち着けてくれた。



その時、何気なく窓の外を眺めていた舞は目を見開いた。




来たーーーーーーー




目的の人物を見つけると、まだ飲み切っていないカフェオレをそのままに、椅子に引っかけてあったジャンパーと伝票を引っ掴んでレジへと向かった。





*********





その人物は、ちょうど近くにあったコンビニに入るところだった。


舞はすかさず追いかけて、その背中に声をかける。




「新谷友樹くん。」


新谷はビクッと肩を軽く揺らして、ゆっくりと振り返る。


そして、困惑した表情で下から上へと視線を走らせた。



「…………七瀬?」


「そうだよ。話すのは初めてだよね?」


「…あ、あぁ。」



新谷は初め、なぜ自分が声をかけられたのか分からないといった表情で舞を見ていたが、すぐに顔を赤らめるとふぃっと目を背けた。



舞は、思わずにやけそうになるのを必死で堪える。


新谷の反応は、舞を十分満足させるものだった。


これこそが、まず第一関門だったのだから。ここが失敗なら、舞のしてきた努力とせっかく何日も寝ずに考えてきたその後の作戦はすべて水の泡ということになってしまうところだったからだ。




「突然声かけてごめんね。新谷くんのことは前からかっこいいって思ってたしずっと声かけたいなって思ってたんだけど、なかなか話しかける勇気もなくって。で、たまたま見かけたから…チャンスかなって。」


舞はわざと上目使いで新谷を見上げる。


「ね。良かったら、どこかでお話しない?」



それに対する返事は、もう分かりきっていた。


新谷の鼻の下は、すでにだらしなく伸び切っていたからだ。
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