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第一章

第7話

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「それでね、なんか家の中の空気がぎくしゃくしてるような感じなの。」


千尋は机の上に置かれているトーストを齧りながら、台所にいる母親の美奈子に声をかける。


美奈子は「こら、お定規が悪い。食べながら話さないの。」と注意をしながら、作ったばかりのスクランブルエッグをテーブルに乗せる。


母親の作るスクランブルエッグは絶品だ。


たかが卵料理だが、されど卵料理。


卵はふわふわしていて、仄かに鼻に抜けるバターの香りが食欲をそそる。


千尋が「スクランブルエッグ美味しい」と褒めてから、美奈子は気をよくしたのかちょくちょく朝食にこうしてスクランブルエッグを出すようになったのだった。


だけど、今日ばかりはあまり食欲がなかった。


昨日の出来事をずっと考えていたせいだ。



淹れたばかりのコーヒーを千尋と自分の席に置くと、美奈子も千尋の向かいに座った。


朝のコーヒーは、美奈子にとってルーティンだ。


これがないとしゃきっとしないし、一日が始まらない、らしい。


千尋は朝からコーヒーを飲む気分ではないのだが、こうして美奈子に付き合わされているのだった。


トーストを齧る美奈子を、千尋は黙って見やった。



「なによ、じっと見つめちゃって。」


「だからー、西園寺さんの家のことだってば。なんかね、奥さんとご主人なんとなく余所余所しい感じだし、ご主人に関しては娘の瑞穂ちゃんにはよく構ってるあげてるけど、お姉ちゃんの果穂ちゃんには無関心って感じなのよ。」


「ふーん。」


美奈子はさほど興味がない様子で、スクランブルエッグを口に入れる。


とたんに至福の顔になった。


食べ物一つでここまで笑顔になるなんて、なんて幸せ者だ。


「私は西園寺さんのことよく見てるけど、あのご夫婦はいつも仲睦まじくてそんな感じはしなかったけどねぇ。千尋、あなたの考え過ぎじゃない?」


「そうかなぁ…そんなことないと思うけど。」


千尋はフォークを唇に当てながらうーん、と首を捻る。


自分の勘違いだったのだろうか。


だけど……


昨日の明美の様子が脳裏に浮かんだ。


道彦から前の家庭教師の話が出た時、明美はひどく動揺していた。


道彦は「いつものことだ」と笑っていたが、千尋にはそう見えなかった。


青ざめた顔、そして震えた手。


おそらくその家庭教師とのことで、何かがあったのだろう。


その話をしたが、美奈子はやはり興味がなさそうで、呑気に「気にしすぎよ。」と笑っている。


まぁ、確かに明美と付き合いがある美奈子の方が自分よりよく西園寺家のことを知っているだろう。


私ななんかの直観なんか、当てにならないかもしれない。



千尋は大好きなスクランブルエッグを口に運ぶが、やはり食欲がわかない。


でも、いくら考えていても仕方のないことだ。


これから西園寺家の人達とは長い付き合いになるのだから。


それに、果穂と瑞穂…二人の天使のような顔を思い浮かべると、やはり頬が緩む。


あの二人に会えるのは、素直に嬉しい。



「お母さん今日はお友達と出かけてくるから、遅くなるわね。夕飯は悪いけど自分で何か作ってちょうだい。」


千尋の気持ちも知らず、美奈子は呑気にそんなことを口にした。


「うん、分かった。」


千尋はスクランブルエッグを頬張りながら、もやもやした気分を必死に追い出した。
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