上 下
1 / 25
第一章

第1話

しおりを挟む
「じゃあ、行ってきます。」


栗原千尋(くりはら・ちひろ)はリビングにいる母親に声をかけ、勢いよく玄関のドアを開ける。


青空が広がり、空気はすっかり春の臭いだった。


うーん、と声を出しながら千尋は思い切り息を吸い込み、両手を天に向けて伸びをする。


「頑張らなくっちゃ!」


両手で自分の頬を張り、気合を入れた。



20歳になったばかりの千尋は、今日からある家庭の家庭教師をすることになっていた。


なんでも、母の友人から二人の姉妹の勉強を見てあげてくれないか、と頼まれたらしい。


千尋は大学でも英文科を専攻しており、英語の教員を目指していた。


だから少なからず英語には自信があったのだが、他の科目については人並みにできる程度で人に教えることができるレベルじゃない、と初めは渋っていた。


だったらせめて英語だけでもいいから、と母に食い下がられ、それなら了承したのだ。



働くのは西園寺様というお金持ちのご家庭らしい。


初めての千尋に務まるのだろうかという不安もだったけれど、母は大丈夫大丈夫と豪快に背中を叩いた。


お母さんのお友達なのだから、そんなに気負いしなくていいのよ、と。


母親の友人である西園寺明美(さいおんじ・あけみ)という人は看護婦を、明美さんの旦那さんである道彦(みちひこ)は某有名飲食店の経営者だという。


そして今回千尋が勉強を見ることになった、もうすぐ中学二年になる姉妹だ。


母の話だと、年子で同じ学年だという。


千尋は子供が好きだったし、会えるのが楽しみでもあった。



住宅街を抜けると、小高い丘の上に、一家だけ家が建っていた。


おそらくあれが、西園寺家だろう。


門の目の前まで来たところで、想像以上の大きさに千尋は一瞬たじろぐ。


まるで外国の映画に出てきそうな家だった。


お城みたいだ、と千尋は思った。



ごくりと喉を鳴らしてインターフォンに指を伸ばす。


しばらくすると女性の声がして、名乗ると自動的に門が空いた。


玄関から顔を出して出迎えてくれたのは、40代前半くらいの女性だった。


おそらく、明美だろう。


花柄のワンピースがとてもよく似合い、品があって綺麗な人だなと千尋は思った。



「千尋さんですね?今日はありがとうございます。」


そう言って丁寧にお辞儀をしてきたので、千尋も慌てて倣った。


「はい、栗原千尋と言います。あの、宜しくお願いします!」


「娘たちはあちらです。」


そう言って、明美は千尋を案内してくれた。


リビングに通され、入った瞬間、千尋は息を呑んだ。


ソファーに座った女の子二人の視線が千尋に向けられる。


二人はいきなり入ってきたお客にびっくりしたのだろう、同時にびくりと肩を震わせた。


二人とも、信じられないくらい美しく整った顔立ちだった。


陶器のように肌が白く、鼻筋がすっとしていて、まるでお人形のようだった。


ただ、どちらも美しいが、似ているという感じではなかった。


一人は目がぱっちりしていてフランス人形のような可愛らしい印象、もう一人は切れ長の瞳でどちらかというと可愛いというよりは綺麗という印象だった。



「今日から家庭教師をしてくれる方よ。ご挨拶なさい。」


明美に促され、二人はソファーから立ち上がると頭をぺこりと下げる。


その仕草は洗礼されたかのように、優雅だった。


こんにちは、とそのうちの一人の子が先に前に出てにっこりと微笑んだ。


「私、姉の果穂です!」


子供らしい、無邪気な愛らしい笑顔。そして、果穂の声までもがなんとも可愛らしかった。


まるで天使ではないかと思うほどだった。


「ほら、瑞穂もご挨拶なさい。」


姉の果穂に促されて、もう一人の女の子がおずおずと遠慮がちに前に進み出る。


切れ長で少し吊り上がった目が、千尋を見つめる。


「こんにちは、瑞穂です。」


姉の果穂に隠れるようにして、瑞穂は挨拶をした。


果穂はとても人懐っこい感じがあるが、妹の瑞穂のほうは控えめで、大人しい印象を受けた。



「私、栗原千尋です。今日から宜しくね、果穂ちゃん、瑞穂ちゃん。」


これが私、栗原千尋と二人の美しき姉妹との出会いだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

橋まで

折原ノエル
ミステリー
 橋に間に合って。  私は、彼女を救えるか?

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

アリバイトリック殺人事件

日本のスターリン
ミステリー
 とある有限会社の若社長が殺害される事件が起こった。容疑者に浮上したのは被害者に恨みがある3人だった。その内の一人・個二市根(こにしね)の所有物が犯行現場と死体遺棄現場から発見された。また、犯行現場からは被害者のダイイングメッセージと思われる「KO」という文字も発見された。全ては個二市根が犯人である事を指し示していた。  しかし、新米刑事の杉上はその都合の良さに違和感を覚える。だが、被害者を恨んでいる動機がある人物は容疑者3人の他には居らず、他の2人の容疑者には完璧なアリバイがあった…!  果たして、犯人は本当に個二市根なのか…!?

シンプソンズオリキャラ

さくら
ミステリー
シンプソンズオリキャラの話

hard cage

美斗
ミステリー
東京 新宿歌舞伎町 そこに小さな探偵事務所を構えるリン 相棒、禿鷹(ハゲタカ)と共に明晰な頭脳と行動力で、事件を解決していく それは 【法に触れない完全処刑】

少女の血を少々

龍多
ミステリー
ある山小屋で、女子高生数人が殺された。 凄惨な現場に駆け付けた刑事は生き残りと思われる少女に襲われた。 少女はそのまま、姿を消した… 漫画で描いてる「殺人小説家は奇妙な夢の中」の主人公、三波顕が書いているという体の小説です。 絵の中で文章書くのしんどいからあらかじめ書いておこうという算段と打算。 三波顕自身が荒み気味という前提で描いてるので、ちょっと内容グロいかもしれません。ご注意を。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

処理中です...