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十二章 瀬尾と海平
瀕死
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*けたべ……くれたでしょう
グルグルグルッと唸りをあげて、山の崖の上から、何かが飛び出してきた。
野犬だ。
「紗英っ」
幹太が言うが早いか、野犬は紗英に飛びかかり牙を向く。幹太は助けに向かおうと一歩を踏み出すと、紗英の罵声が遠慮なく飛ぶ。
「かんちゃんっ来ちゃだめ……ッ」
紗英は野犬にいっときの抵抗を見せたが、やがてだらりと腕をおろす。
「何さしてんだ、紗英、危ねえ逃げろ」
幹太が叫ぶも、紗英は「これでいいの」と、抵抗の一切をやめた。
そして、野犬は紗英の首にその鋭い牙を埋めた。
野生の血なのだろう。何度も、何度も噛みついた紗英の首筋を食いちぎろうと、左右に頭を振っている。紗英の口から出でるのは、表しがたい静かな悲鳴だった。
このままでは紗英が、犬畜生に食い殺されてしまう……。幹太は一歩出遅れて、そこらの木の枝を手折ると紗英の元に駆け寄って、野犬を思い切り枝で殴り付けた。勢いづけて吹っ飛ばされた野犬は、きゃんきゃんと声をあげて、再び山へと帰っていった。
溢れる血。襲う痛み。紗英はたまらずに膝をついた。その首からはボタボタと血の滴がこぼれ落ち、紗英の抱えた御神体の片割れに、ひとつ、またひとつと溜まっていった。
紗英は、顔を歪めながらも、首を傾けてその血を御神体へと注ぐ。
「紗英っ、おめ何さしてんだよっ」
幹太はその傷に手のひらを当て、圧迫した。どんなに圧迫しても、指の隙間から紗英の血は、溢れ出す。紗英の顔色がみるみる青ざめていった。
「かんちゃ……だって、大塩の兄ちゃんら助けん……のに、自分犠牲にしたでねえ、か。私に……血っこ、けたべ」
「それとこれとは話が……っ」
胸にもたれかかる紗英を必死に支えながら、幹太は震える声を絞る。紗英は瞬きを繰り返しながら笑った。
「ううん、それと同じ……よ」
その言葉と共に、紗英の口からこぽっと血が溢れる。紗英は霞む視界の中で、幹太を見つめた。
「かんちゃん」
弱々しい声は、紗英のそれではないようだ。
「紗英、もう喋んな。今助け呼ぶ」
紗英はその場を離れようとする幹太の腕をひっしと掴む。
「おねが……い」
揺れる視界。
「なんだ」
幹太の表情も見えない。
「私と御神体を……祠まで、連れてって」
もう、体はなにも、感じない。
「……わかった」
幹太は心を決めて、紗英の体を抱えあげた。力が抜けているのだろう。頼りない紗英の小さな身体はとてつもなく重かった。
腕はだらりと垂れて、幹太が一歩、一歩歩むたび、四肢はふらふらと踊った。幹太の目には涙が浮かぶ。それでも唇をへの字に結び、祠の前に歩み来た。
グルグルグルッと唸りをあげて、山の崖の上から、何かが飛び出してきた。
野犬だ。
「紗英っ」
幹太が言うが早いか、野犬は紗英に飛びかかり牙を向く。幹太は助けに向かおうと一歩を踏み出すと、紗英の罵声が遠慮なく飛ぶ。
「かんちゃんっ来ちゃだめ……ッ」
紗英は野犬にいっときの抵抗を見せたが、やがてだらりと腕をおろす。
「何さしてんだ、紗英、危ねえ逃げろ」
幹太が叫ぶも、紗英は「これでいいの」と、抵抗の一切をやめた。
そして、野犬は紗英の首にその鋭い牙を埋めた。
野生の血なのだろう。何度も、何度も噛みついた紗英の首筋を食いちぎろうと、左右に頭を振っている。紗英の口から出でるのは、表しがたい静かな悲鳴だった。
このままでは紗英が、犬畜生に食い殺されてしまう……。幹太は一歩出遅れて、そこらの木の枝を手折ると紗英の元に駆け寄って、野犬を思い切り枝で殴り付けた。勢いづけて吹っ飛ばされた野犬は、きゃんきゃんと声をあげて、再び山へと帰っていった。
溢れる血。襲う痛み。紗英はたまらずに膝をついた。その首からはボタボタと血の滴がこぼれ落ち、紗英の抱えた御神体の片割れに、ひとつ、またひとつと溜まっていった。
紗英は、顔を歪めながらも、首を傾けてその血を御神体へと注ぐ。
「紗英っ、おめ何さしてんだよっ」
幹太はその傷に手のひらを当て、圧迫した。どんなに圧迫しても、指の隙間から紗英の血は、溢れ出す。紗英の顔色がみるみる青ざめていった。
「かんちゃ……だって、大塩の兄ちゃんら助けん……のに、自分犠牲にしたでねえ、か。私に……血っこ、けたべ」
「それとこれとは話が……っ」
胸にもたれかかる紗英を必死に支えながら、幹太は震える声を絞る。紗英は瞬きを繰り返しながら笑った。
「ううん、それと同じ……よ」
その言葉と共に、紗英の口からこぽっと血が溢れる。紗英は霞む視界の中で、幹太を見つめた。
「かんちゃん」
弱々しい声は、紗英のそれではないようだ。
「紗英、もう喋んな。今助け呼ぶ」
紗英はその場を離れようとする幹太の腕をひっしと掴む。
「おねが……い」
揺れる視界。
「なんだ」
幹太の表情も見えない。
「私と御神体を……祠まで、連れてって」
もう、体はなにも、感じない。
「……わかった」
幹太は心を決めて、紗英の体を抱えあげた。力が抜けているのだろう。頼りない紗英の小さな身体はとてつもなく重かった。
腕はだらりと垂れて、幹太が一歩、一歩歩むたび、四肢はふらふらと踊った。幹太の目には涙が浮かぶ。それでも唇をへの字に結び、祠の前に歩み来た。
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