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八章 衝撃の過去
何気ない朝
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*ねんしょ……ないんでしょ
*いらすぐね……かわいくない
***
「おはよー……」
「あんた、今何時だと思ってっちゃ。何度声かけても起きねえんだから」
翌日は土曜日だった。昨夜、遅くまで蔵にいた紗英が、頭をかきながら起きてきたのは正午を回る頃だ。
紗英の母、恵子が台所で昼食の支度をしながら、紗英をたしなめるも、本人は全くといっていいほど聞いていない。あくびをひとつ。ちゃぶ台の前のいつもの席に腰を落ち着け、テレビをかけた。
「朝っぱらからテレビやめてけろ」
「朝でねんしょ」
紗英は、恵子の言葉を逆手にとった。そう、時計の針は昼時をさしている。
「ああ言えばこう言う……いらすぐねっちゃ」
やれやれと息をついた母は、再び昼食の支度に精を出す。
「お父ちゃんとじいちゃは浜さいんの?」
紗英が聞くと、恵子は、「んだ」と頷く。この時間、祖父と父が居ないのはいつものことだがふと気がつけば祖母の姿も見えない。
「ばあちゃは」
「老人会の会合さ出掛けたよ」
と、言うことは、母ちゃんと二人きりか。紗英は納得してテレビに目を向けた。
紗英の住んでいる集落のあたりでは考えられないほど、きらびやかな東京の風景が画面に映し出されている。スクランブル交差点、信号が青になると、ひとがひしめき合って、さまざまな方向に動き出す。小さな頃、蟻の列を脅かした時の様だなと紗英は思った。ぼんやりと惰性で、テレビを見つめる。まだ夢の中にいるように頭が重い。
次第に紗英は、考えていく。海神様のことを。海神様のはじまりであるおつるや、イチは一体、どの時代を生きていたんだろうか。イチの時代と、紗英の時代の違いはどれ程開きがあるのだろう。
「イチに聞いてくるんだったな……また会えるべか」
紗英は、小さく呟いた。
「何か言ったか」
恵子が台所で聞いた。
「んーん。なんでもね」
紗英はそう言い返したが、はたと思い付いて恵子に告げ直した。
「母ちゃん、そういえばさ」
「んー?なんさ」
カチャカチャと瀬戸物をぶつける音、水道から勢いよく水が出る音が聴こえる中、紗英は、こう問いかけた。
「母ちゃんはさ、清三さんって人知ってる?」
それは静香の欄のばつ印の男の名だった。
「誰そいづ」
恵子は、洗い物をしていた手をとめて、居間へと歩み寄る。横目で恵子の様子を窺えば、怪訝そうな顔をしていた。
蔵に入ったことがばれたら大目玉だ。紗英は焦って言葉数を多くした。
「あー……あのね、おばばが生きてる頃、聞いたの。おばばの、古い友達だって。すごく思い入れの深い人みたいだったから、どんな人なのかなと思っただけさ」
すると、恵子はますます眉間にしわを寄せて何やら考え込む。紗英は、蔵に忍び込んだことがばれたのかと肝を冷やしたが、やがて恵子が口にした言葉に驚いた。
「……紗英、おばばの話やめねか」
恵子の様子は、まるで思い詰めているようだ。
*いらすぐね……かわいくない
***
「おはよー……」
「あんた、今何時だと思ってっちゃ。何度声かけても起きねえんだから」
翌日は土曜日だった。昨夜、遅くまで蔵にいた紗英が、頭をかきながら起きてきたのは正午を回る頃だ。
紗英の母、恵子が台所で昼食の支度をしながら、紗英をたしなめるも、本人は全くといっていいほど聞いていない。あくびをひとつ。ちゃぶ台の前のいつもの席に腰を落ち着け、テレビをかけた。
「朝っぱらからテレビやめてけろ」
「朝でねんしょ」
紗英は、恵子の言葉を逆手にとった。そう、時計の針は昼時をさしている。
「ああ言えばこう言う……いらすぐねっちゃ」
やれやれと息をついた母は、再び昼食の支度に精を出す。
「お父ちゃんとじいちゃは浜さいんの?」
紗英が聞くと、恵子は、「んだ」と頷く。この時間、祖父と父が居ないのはいつものことだがふと気がつけば祖母の姿も見えない。
「ばあちゃは」
「老人会の会合さ出掛けたよ」
と、言うことは、母ちゃんと二人きりか。紗英は納得してテレビに目を向けた。
紗英の住んでいる集落のあたりでは考えられないほど、きらびやかな東京の風景が画面に映し出されている。スクランブル交差点、信号が青になると、ひとがひしめき合って、さまざまな方向に動き出す。小さな頃、蟻の列を脅かした時の様だなと紗英は思った。ぼんやりと惰性で、テレビを見つめる。まだ夢の中にいるように頭が重い。
次第に紗英は、考えていく。海神様のことを。海神様のはじまりであるおつるや、イチは一体、どの時代を生きていたんだろうか。イチの時代と、紗英の時代の違いはどれ程開きがあるのだろう。
「イチに聞いてくるんだったな……また会えるべか」
紗英は、小さく呟いた。
「何か言ったか」
恵子が台所で聞いた。
「んーん。なんでもね」
紗英はそう言い返したが、はたと思い付いて恵子に告げ直した。
「母ちゃん、そういえばさ」
「んー?なんさ」
カチャカチャと瀬戸物をぶつける音、水道から勢いよく水が出る音が聴こえる中、紗英は、こう問いかけた。
「母ちゃんはさ、清三さんって人知ってる?」
それは静香の欄のばつ印の男の名だった。
「誰そいづ」
恵子は、洗い物をしていた手をとめて、居間へと歩み寄る。横目で恵子の様子を窺えば、怪訝そうな顔をしていた。
蔵に入ったことがばれたら大目玉だ。紗英は焦って言葉数を多くした。
「あー……あのね、おばばが生きてる頃、聞いたの。おばばの、古い友達だって。すごく思い入れの深い人みたいだったから、どんな人なのかなと思っただけさ」
すると、恵子はますます眉間にしわを寄せて何やら考え込む。紗英は、蔵に忍び込んだことがばれたのかと肝を冷やしたが、やがて恵子が口にした言葉に驚いた。
「……紗英、おばばの話やめねか」
恵子の様子は、まるで思い詰めているようだ。
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