あおいたまきのSS集

あおい たまき

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片想い章

話したい

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「今日、部活なしだって」
「あーあれか。サッカー部明日から、GW合宿だから休んどけってことかな」
「あ、でも他の部も今日は休みって言ってたよ」
「マジ?やりぃ。じゃあ違う部の奴も誘って、ぱーっとゲーセンでも行こうぜ」
「俺パス。自主練するわ」

 片想いの彼、奥谷くんは、ネットに入ったサッカーボールを、何度も高く蹴りあげながら廊下を歩んでいく。



 サッカー大好きだもんね



 私は高校三年生。一、二年のとき彼と私は、同じクラスだった。だから、何かしらチャンスはあって、毎日、チャンスを拾っては話しかけてきた。


 最後のクラス編成で一組と三組にクラスが離れてしまったのが、私の運の尽きだったんだろう。

 毎日毎日、話しかけるきっかけを探す。だけどなかなか見つからない。授業を受ける彼の真剣な姿も、見られなくなってしまった。



 クラスが離れるって残酷だ。




 一組の教室を覗きにいく勇気もない私の休み時間はいつも、この廊下だった。彼を見つけられるかもしれないから。でも、どんどん欲深くなっていく。


 見つけられたら、視界に入りたい。視界に入ったら、今度は話したい。そんな風に。そんな自分が、嫌になっちゃう。


 明日はGWのはじまり。つまり今日しか会えない。しばらくは会えなくなる。ぎゅっと掴まれたように、胸が痛くなった。

 話しがしたい。話しかけよう。次に見かけたら絶対「合宿、頑張ってね」って、言うんだ。

 だけど、あっけなくタイムアウト。それっきり、一度も会えないまま、放課後になってしまった。


「バイバーイ」
「GWあそぼーな」
 こだましていた生徒の声が、聴こえなくなっていく。下校していく生徒たちの姿も、ひとつ、またひとつと見えなくなっていった。

 私は夕日が差し込む教室の窓辺に、椅子をおいて座り込む。さっき彼は自主練習をすると言っていた。だったら、ここから見えるはずだ。

 話せないのなら、ひとめでもいい。姿を見たい。見つめていたい……。




***
「や、うそ」
 辺りは薄暗くなっていた。どうやら、眠ってしまっていたらしい。暗くて、心細くて、ううん、それより彼の姿が見られなかった。明日からしばらく会えないのに……。眠るだなんて私の馬鹿。

「ううー……」
 目からぽとぽと涙が溢れだす。こんなに辛いのに、どうして私は恋なんかしたんだろう。

 情けなくて、苦しくて、暗くなり続ける教室のすみにうずくまり、声をあげて泣きはじめた、その時だ。





「誰かいんの?」
 ガラッと教室の戸が開く。肩をふるわせて、そちらを見ればもう帰ったと思っていた彼が、丸い目をして、立っていた。


「なんだよ、佐藤か。幽霊かと思って、びっくりすんじゃん」

 私の名字を呼んで、笑いかけてくれてる……あの頃みたいに。

「うわああああん」
 こどもみたいに泣いた。彼が驚くのも構わずに、大きく泣いた。嬉しくて、泣いた。

「おい、待て待て。ちょ……どうしたんだよ、佐藤」
 彼は私に近づいて、しゃがみこむ。

「なあ、俺が泣かせてるみたいじゃん」
 そうだよ、私がこんなに泣くのは、あなたのことだけなんだよ。そんな思いは胸にしまい、涙を拭いながら、彼に言う。

「うんごめんね……奥谷くん。私……」
「うん」
「奥谷くんに言いたいことあったんだ」
「おう」

 私、話せてる。彼と、おしゃべり出来てる。そのことが何より、嬉しい。だから、彼に伝えたい。


「……明日からの合宿っ、頑張ってね」
 しばらく会えなくなるのは辛いけど、最後の高総体が待ってる。頑張ってほしい。次に進んでほしい。


「頑張って……ほしいんだ」
 そう口に出したとたん、恥ずかしさが込み上げて
「あ、ほら私……サッカー、好きだから」と、ごまかした。

  彼は、そんな私の気持ちを知ってか知らずか
「うん」と返したあと、しばらく無言を貫いて、そして笑う。


「サンキューな」
「うん」


 出来た。話せた。眠っちゃったけど、
泣いちゃったけど、彼が笑ってくれた。言葉をちゃんと交わせてる。じんわりと心の中があたたかい。その温もりを抱えるように胸を押さえる。


 すると彼が私にこう持ちかけた。
「暗くなったから、送ってってやるよ」
あ、今私、死んだんじゃないだろうか。一瞬、呼吸が出来ず、めまいを覚えた。でも、甘えられない。彼は明日は合宿だ。

「奥谷くんの家、私のうちと反対だし、自転車でしょ。私、歩きだし。合宿も朝の7時集合だったよね、嬉しいけど悪いから」
「ふーん」

 彼は、何か考え込むようにしてから
「じゃあさ、俺の質問、答えてくれる?」と、私に尋ねる。訳もわからずにうなずく私に、彼はこう言った。

「どうして……俺のこと、そんなに詳しいの?」
わずかだけ、いたずらっぽい笑みを浮かべて。

さあ、どうしよう。
こんな展開、考えてもいなかった。了。
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