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第5章 要塞へと
鋼鉄の棺
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階段を上って3階に上がり、右に曲がってエントランスの丁度真上の場所に移動した。
窓の外は闇。
時折強風で雨が叩きつけられる以外には、何も映してはいない。
その反対側の壁には手術室の入り口が立ちはだかっている。
鋼鉄の3枚引き扉が口を開けていて、半端なままの姿で刻を止めている。
その直上には、横長で重厚な黒いパネルがある。
不意に立ち入る人間に対して警告を行う物だが、もはや機能することもなく野ざらしになっている。
開口部から懐中電灯で内部を照らしてみたが、金属製のベッドや丸いランプのような物がチラリと見えただけで、全貌はわからない。
床にはケーブルともパイプともわからない物が蛇のように曲がりくねって散らばり、漏水なのだろうか、遠目にも水たまりがそこかしこに見られている。
壊れて、のたうち回った機械を内包する、少しだけ口を開けた、巨大な鋼鉄の棺。
それが、廊下から覗き見る手術室の姿だった。
「ここで間違いはないんだが……すげぇ、入りづれぇな」
「です、ね……」
「何してるんだよ、蛍。お前、ここに入院してたんだろ? 先に入れよ」
「え、ええ⁉ ぼ、僕は喘息で入院しただけで、手術室に入ったことはないんだよぅ……みづき君は、どう?」
「み、み、みづきちゃんは! その、でも」
「私が行きます。みなさんはここで待っていて下さい」
「あ。待って、行かないで……ってば」
ごん、と金属の扉にぶつかる音と共に、みづきはへなへなと床に崩れ落ちた。
「はぅ」
「みづき君。頭、大丈夫?」
「みづき先輩、怪我はないですか。私は大丈夫なので、ここにいて下さいね」
「でも! それ、は」
「凜霞君、ちょっと待ってよ。僕だって一緒に行きたいけど……足が動かないんだよ」
「ですから、私が1人で中に入れば――」
「凜霞、聞け。そうじゃねぇんだよなぁ」
「……そうなのでしょうか」
「お前を助けたいんだよ。その気持ち、ちょっとはわかってやれって」
「助けたい、ですか。私はもう十分に助けられていますので、これ以上は必要ないと思うのですが」
「んー、わかった。休憩! メシだ、飯食うぞ。シート広げっからみんな手伝え」
亜紀がリュックサックからお座敷シートを取り出して適当に投げだし、それを全員で広げる。
全員がシートの上に座り、足を投げ出して、飴やクラッカーなどのちょっとしたお菓子を中央に広げる。
そして、亜紀は鋼製の自動扉を見上げながらつぶやいた。
「しかしアレだな。手術室の前でピクニックっていうのはちょっと、風情がないというか。ある意味ではあるというか」
「だから僕は、場所を変えた方がいいんじゃないかと思ってたんだよ……」
「気づいてたんなら先に言わんかい」
「いた、痛い。や、やめてよ、ごめん」
亜紀が、隣に正座で座っている蛍の頭を小突き回している。
「あの! 蛍さんが痛そうです」
「あぁん? またケツ触んぞ、みづきぃ」
「え、え。でも、それで蛍さんをつっつくのを止めてくれるなら……」
「みづき君、待って! ぼ、僕は平気だから。亜紀が僕のことを構ってくれているだけだから、気にしないで」
「イヤじゃないの?」
「殴られても、亜紀になら。嫌だけど……嫌じゃないよ」
「おいおい、あたいのことをDV野郎みたいに言わんでくれる? え、ん、か、つ、なコミュニケーション、ってやつだろうがよ」
「亜紀さん。それの意味、わかってます?」
「あー、それはだな。あたいが楽しければいい、って意味だ。違いねぇ」
「ちょっと子供みたいじゃないですか? もう大人なのに。みづきが恥ずかしいです」
「みづき君。それは亜紀も気にしてることだから言わない方がいいよ……」
「えぇ! そうだったんですか? なら、亜紀さん。みづきと一緒に大人になりましょう!」
「ぐぐ……なんも言えん……。見た目が小学生の奴に言われると余計にキツい……」
亜紀が飴玉を目の敵にして、口に放り込んではガリガリとかみ砕いていく。
数個口の中に葬って気が晴れたのか、表情を戻して改めて凜霞の方を向いた。
「なんだ。凜霞、まだ浮かねぇ顔をしているな」
「納得のいく答えがみつからないのです。私は、何がいけなかったのでしょうか」
「そうだなぁ、『壁を取っ払え』と言われてもわからんだろうし……ん。そうだ」
亜紀が自らの膝をパン、と勢いよく叩く。
「お前達の昔話も聞いたことだし、ついでにあたいの昔話も聞いておけ。凜霞にもまったく関係ないわけじゃないし、損はしないと思うぜ」
窓の外は闇。
時折強風で雨が叩きつけられる以外には、何も映してはいない。
その反対側の壁には手術室の入り口が立ちはだかっている。
鋼鉄の3枚引き扉が口を開けていて、半端なままの姿で刻を止めている。
その直上には、横長で重厚な黒いパネルがある。
不意に立ち入る人間に対して警告を行う物だが、もはや機能することもなく野ざらしになっている。
開口部から懐中電灯で内部を照らしてみたが、金属製のベッドや丸いランプのような物がチラリと見えただけで、全貌はわからない。
床にはケーブルともパイプともわからない物が蛇のように曲がりくねって散らばり、漏水なのだろうか、遠目にも水たまりがそこかしこに見られている。
壊れて、のたうち回った機械を内包する、少しだけ口を開けた、巨大な鋼鉄の棺。
それが、廊下から覗き見る手術室の姿だった。
「ここで間違いはないんだが……すげぇ、入りづれぇな」
「です、ね……」
「何してるんだよ、蛍。お前、ここに入院してたんだろ? 先に入れよ」
「え、ええ⁉ ぼ、僕は喘息で入院しただけで、手術室に入ったことはないんだよぅ……みづき君は、どう?」
「み、み、みづきちゃんは! その、でも」
「私が行きます。みなさんはここで待っていて下さい」
「あ。待って、行かないで……ってば」
ごん、と金属の扉にぶつかる音と共に、みづきはへなへなと床に崩れ落ちた。
「はぅ」
「みづき君。頭、大丈夫?」
「みづき先輩、怪我はないですか。私は大丈夫なので、ここにいて下さいね」
「でも! それ、は」
「凜霞君、ちょっと待ってよ。僕だって一緒に行きたいけど……足が動かないんだよ」
「ですから、私が1人で中に入れば――」
「凜霞、聞け。そうじゃねぇんだよなぁ」
「……そうなのでしょうか」
「お前を助けたいんだよ。その気持ち、ちょっとはわかってやれって」
「助けたい、ですか。私はもう十分に助けられていますので、これ以上は必要ないと思うのですが」
「んー、わかった。休憩! メシだ、飯食うぞ。シート広げっからみんな手伝え」
亜紀がリュックサックからお座敷シートを取り出して適当に投げだし、それを全員で広げる。
全員がシートの上に座り、足を投げ出して、飴やクラッカーなどのちょっとしたお菓子を中央に広げる。
そして、亜紀は鋼製の自動扉を見上げながらつぶやいた。
「しかしアレだな。手術室の前でピクニックっていうのはちょっと、風情がないというか。ある意味ではあるというか」
「だから僕は、場所を変えた方がいいんじゃないかと思ってたんだよ……」
「気づいてたんなら先に言わんかい」
「いた、痛い。や、やめてよ、ごめん」
亜紀が、隣に正座で座っている蛍の頭を小突き回している。
「あの! 蛍さんが痛そうです」
「あぁん? またケツ触んぞ、みづきぃ」
「え、え。でも、それで蛍さんをつっつくのを止めてくれるなら……」
「みづき君、待って! ぼ、僕は平気だから。亜紀が僕のことを構ってくれているだけだから、気にしないで」
「イヤじゃないの?」
「殴られても、亜紀になら。嫌だけど……嫌じゃないよ」
「おいおい、あたいのことをDV野郎みたいに言わんでくれる? え、ん、か、つ、なコミュニケーション、ってやつだろうがよ」
「亜紀さん。それの意味、わかってます?」
「あー、それはだな。あたいが楽しければいい、って意味だ。違いねぇ」
「ちょっと子供みたいじゃないですか? もう大人なのに。みづきが恥ずかしいです」
「みづき君。それは亜紀も気にしてることだから言わない方がいいよ……」
「えぇ! そうだったんですか? なら、亜紀さん。みづきと一緒に大人になりましょう!」
「ぐぐ……なんも言えん……。見た目が小学生の奴に言われると余計にキツい……」
亜紀が飴玉を目の敵にして、口に放り込んではガリガリとかみ砕いていく。
数個口の中に葬って気が晴れたのか、表情を戻して改めて凜霞の方を向いた。
「なんだ。凜霞、まだ浮かねぇ顔をしているな」
「納得のいく答えがみつからないのです。私は、何がいけなかったのでしょうか」
「そうだなぁ、『壁を取っ払え』と言われてもわからんだろうし……ん。そうだ」
亜紀が自らの膝をパン、と勢いよく叩く。
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