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第3章 ペンションにて

センパイ

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 しばらくして亜紀が、キッチンワゴンを押しながら戻って来た。 

 そのキッチンワゴンには4枚の大皿が載せられている。
 3枚の上にはライスとハンバーグと目玉焼き、たっぷりとデミグラスソースがかけられている。 
 最後の皿には山盛りのサラダ。レタス、ニンジン、キュウリ、ミニトマト。桃色のオーロラソースと切り分けられたキウイやパイナップルが添えられて、鮮やかな彩りを描いていた。 

「量は少なめだけど、間に合いそうか?」 
「わーぉ。すっごい! 美味しそう。十分です!」 
「余り物にはとても見えません。これはパーティーですか?」 
「あー、気にするな。適当、てきとう。あたいが食いたいものを、かーちゃんに作らせただけだから」 
「もしかして、私のことを考えて――」 
「違う! あたいが食いたいの‼」 
「はぅ。……耳が痛いです」 
「あー、うるさかったわ。わりぃ。さ、余計なことを言わんで、いいから黙って食え。はい、いただきます!」 
「申し訳ありません。いただきます」 
「いただきまぁす!」 

 亜紀はどっかりと椅子に座り、フォークをハンバーグに突き刺して2人を見渡しながら言葉を投げる。 

「いいか、今日は体力を付けて、明日はがっつり親探ししろ。あたいは昼に仕事があるから付いて行けねぇ。ちょっと怪しいやつが手伝いに来てくれるから、ネットのことはそいつに聞け。わかったか?」 
「亜紀さん、ありがと。大好き」 
「ぉー……。ってか、みづきさん。キミは自分で思ってるよりもアレだから、そういうことを気軽に言わんほうがいいぞ」 
「あれ、ってなんですか?」 
「んー……何でもねぇ。忘れろ」 
「はい? ……はい。ところでその、怪しい方ってどんな人です?」 
「んー、あたいも出会ったのが前すぎて何とも言えんのだが……あえて言うなら、キモかわ系? よくわからんやつなんだけど、いつもアタイの視界の端っこにいるんだよな。話しかけてくるわけでもないし、近づくと逃げる。でも、よく見かける。そんなやつ」 
「キモかわ、気持ち悪いけれど、可愛い……よくわからないです。不気味な姿なのでしょうか」 
「いや、見た目なら悪くはねぇよ? 喋らなければ、だがな」 
「わかりました。では、亜紀さんとはどんな関係なのですか」 
「そうだな。幼稚園から小中高とずっと同じ学校。幼馴染みってやつ。そういや、昔はよく遊んだなあ」 
「えぇと、大丈夫なの?」 
「人を食うことはないから安心しろ。多分」 
「大丈夫なのかなぁ……」 
「わかりました。では、お名前を教えて下さい」 
「ほたる。小夜啼2蛍24歳おんな。集合時間と場所は明日までに決めておく。ちょいと待っていてくれ」 
「その方と同級生ってことは、亜紀さんも24歳なのですね」 
「しまった、バレたか。あーそうだよ、大学を卒業しても定職に就かないでフリーターをやってて、趣味で車をちょいといじってるっていう適当な女だ。ちなみにあいつの仕事はわからん。高校の途中でいなくなったからな。ほら、みづきさん。野菜とフルーツをちゃんと食え。ビタミン摂らねーと大人になってからシミだらけになるぞ、凜霞さんを見習いなさい。……っていうか、ああ、もう面倒くさい! 君達、呼び捨てでいい?」 
「だって、酸っぱいのと苦いのは嫌い……。呼び捨てはもちろん、おっけーだいじょぶです」 
「私は何と呼ばれても構いません」 
「あたいのことも適当に呼び捨てでいいぞ。ほら、食え」 

 亜紀がフォークでキウイフルーツを突き刺して、みづきの開いていない口の隙間を狙って無理やりに押し込んだ。 

「あぅ、んぐ………………。酸っぱい! はぁ……」 
「ほれ、次はパイナップルを行くぞ」 
「えぇ、待って、まってください。せめて飲み物を……って、これにぎゃぃ! お、お砂糖、いいですか」 
「みづき、そんな甘いもんばっかり飲んでるから果物を酸っぱく感じるんだ。お茶はストレートで我慢しろ」 
「はぁーい……わかりました」 

 みづきは紅茶を口に含み、涙目で口を押さえる。だがそれでも容赦なく、落ち着いた頃合いを見て亜紀がすかさずフルーツを口に滑り込ませていく。みづきは声にならない声を漏らし、ブルッと身を震わせて一瞬縮こまったが、再びパッチリと目を開いてはっきりと声をあげた。 

「あんまり酸っぱくないです!」 
「だろ。食い方には順序ってもんがあるんだ。覚えときな」 
「亜紀さんは、色々お詳しいのですね」 
「そりゃまぁ、君達よりは長く生きてるし、ねえ。で、ウチは食いもんには厳しかったから、どうしたら少しでもマシに食えるかを考えたさ。試行錯誤、ってやつ」 

 食事はあらかた終えて、葉物が半分とフルーツが少しだけ残っている。それらを亜紀がサラダトングで集め直しているときに、みづきが再び口を開いた。 

「ところで、亜紀さんの呼び方の話なのですが」 
「おぅ。何か決まったか?」 
「亜紀さんは年上なので、亜紀せんぱいでいいのではないでしょうか」 
「そうですね、これからは亜紀先輩とお呼びします。よろしくお願いします」 

 うぁ! と亜紀が突然叫び声を上げて、片手を挙げて言葉を制する。 

「それだけはやめてくれ。駄目、禁止、ギブアップ。やっぱ『さん』でいいわ」 
「……どうしたんです?」 
「いやなぁ、むかし散々そう呼ばれてたんだわ。次々に先輩、センパイって群がってきてなぁ……面倒くせぇのなんのって。もう、ええわ」 
「わかりました。やっぱり亜紀さんと呼びます」 
「そうしてくれ、頼む。……ところでみづき、野菜をちゃんと食ったか? 食ってるところを見てねえぞ」 
「はぁい……お野菜も食べます」 
「おいこら、苦手なのを除けるんじゃねーよ。全部バランスよく食わんかい」 
「うぅ、お父さんよりも厳しいです……」 
「なんだそれ、甘やかし系か? それともひとりっ子か?」 
「ひとりっ子です。亜紀さんは違うんですか?」 
「あたいには兄がいるよ、もう家を出たけどね。……なるほど、ひとりっ子なら余計に可愛がるか、納得。……だが! 甘やしすぎるのも問題だと思うぜ?」 
「そうなんですよ。私は大丈夫、って言ってるのにあれは駄目、これは駄目って、何にもさせてくれないの」 
「おぅ、そっちか……なるほど、それで『1人旅をやりたい!』ってゴリ押ししたっていう所か」 
「そうです! もう2年前くらいから何度もやりたい! 駄目! の繰り返しで……あ」 

 亜紀に向かって話をしていたみづきの顔が固まり、怒られたかのように恐る恐る凜霞を横目で見ている。 
 対して凜霞はいつもと変わらない表情で、流すようにみづきを見返している。 

「やっぱりそうだったのですね」 
「あ、あの、凜霞ちゃん、その……みづきちゃ、う、嘘、つきました。ごめんなさい……ごめんなさい!」 

 みづきは目を固く閉じて、その端には雫が溢れている。その手が震えて、持っていたフォークがテーブルの上に転がり落ちる。 
 一方で凜霞は表情を変えることなく、体をみづきの方に傾けて腕を伸ばしていく。 
 その腕はみづきのそばを通りすぎ、落ちたフォークをみづきの皿に戻す。 

 カチャリ、と小さな金属音。 

 凜霞は腕を上げて、みづきの目尻に貯まった水滴を拭う。そして、みづきの震える手にゆっくりと手を被せていく。 

「そんなことより……あの約束。みづき先輩のことを教えてくれるっていう話、覚えていますか」 
「怒って、ないの?」 
「私が、みづき先輩に? そんなことは……それに」 
「それに?」 
「みづき先輩の嘘はわかりやすいですから」 
「そっか……うん、ごめんね。それなら……」 

 みづきが落ち着いた表情で答える。 

「約束の話をするから。聞いて、ね」
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