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第187話 疑心

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この日、俺たちはカサルの地を急遽出発することになった。
テールはボルティスドラゴンのことをかなり驚いた様子で、まだ信じてくれていない。まあ、それが普通の反応だとは思う。

「なあ、やっぱり今日はカサルの地に戻った方がよくないかい?」

「ダメよ。シンも言ってたけど、宿泊所の人たちも警戒していたでしょ?」

テールにボルティスドラゴンのことを話した後に宿泊所に戻ったのだが、えらく警戒された目で見られてしまった。
カサルの地に着く随分手前でボルティスドラゴンを降りさせたつもりだったが、どうも他の勇者にも見られてしまっていたらしい。

「しかし信じられない……魔竜を一人で瀕死状態まで追い詰める勇者なんて……」

どうも、テールに疑心を持たせてしまった。
それを解消する為にも、実際にボルティスドラゴンを呼びたいところだが、まだカサルの地を出たばかり。
そうだな……あの森を抜けた先で呼んでみるとしようか。

俺たちの眼前には背の高い樹々が見える森がある。
そして北東を見れば、フィールドにぽつりと明るい家。今日の昼間、俺と交戦したバルトの家。
その時居なかったメアたちにも説明すると、宝剣を持つ勇者の考えは分からないなどと言いながら、メアは俺を見る。
俺がバルトと同じにするなと言うと、ラピスが何故か笑い出す。
何がおかしいんだ? とラピスに聞けば、やっぱり宝剣を持つ勇者の人は変わっていると言ってまた笑う。

「ラピス、宝剣を持った勇者に会ったことがあるのか?」

「うん、ずっと昔……一度だけ」

宝剣を持つ者がこの世に何人いるか定かではないが、今まで俺以外に宝剣を持った勇者が現にいたことを考えると何らおかしくはない話。

「そいつはーーいや、何でもない」

ラピスの言ったその勇者も気になるところではあるが、それを聞いたところでと思い俺は言うのを躊躇う。
宝剣を持つ勇者が魔王の城を目指すことは、他の勇者たちと同様に義務でも何でもない。ただ、宝剣を持っているというだけで魔王の城を目指すのもどうかとは思うし、だが、闇の勢力である魔物に対抗する宝剣を持っている勇者の存在はそれだけで人類にとって心強い。
それだけで十分、それ以上は俺が知る必要はないと思い話を中断した。


ややあって、巨人が住むような巨大な森の中を進んでいると、夜の魔物の声が何処からともなく聞こえて来る。
メアは強がりを言って平気と言うが、実際の所は怖いのだろう。その証拠に、俺の右腕をがっしりと両手で掴んで身体を付けて来る。
セシルは平気そうだと言うのに、メアはこういう暗い森が苦手なようだ。だったら何故、サギニの森で一人で居たのかとそういう疑問も出て来るのだが、1番長くメアとはいるが素性を多くは知らない。

森の中を進む途中、川が流れていたので、水分補給がてら寄ってからまた歩き始める。魔物の声は止むことなく、時折、叫びのような声も聞こえて来る。
カサルの地からそう遠くはない森。だが、それでもカサルの地に被害が及ばないのは、バルトの存在やカサルの地に住む勇者たちの存在もあるから。

カサルの地には四方に監視塔が立っており、それぞれに見張り役がいる。カサルの地を出発する前、宿泊所にいた一部の者たちが俺たちを警戒していたのも、ボルティスドラゴンの姿を監視塔を通して知っていた可能性もある。
そう考えると、さっさとカサルの地を出発して良かったのかもしれない。

「こ、コイツは!? スネイクタイタン!」

テールが背の長弓を手に掲げ、矢を射る体制に入る。


「フシュウウウウウ」


スネイクタイタン
LV.86
ATK.152
DEF.93


観察眼は習慣のように表示する。
およそ、10メートル近くあるだろう大樹に負けず劣らずの体長。
スネイクタイタンは本体合わせて見下ろすように6つの目を俺たちに向ける。

「俺一人でやる、お前ら、手出すな」

「手出すなって……正気かい!?」

テールは声を荒げるように冷静さを保てていない。

「シャアアアアアアア!!」

蛇の頭が飛んで来る。

スネイクタイタンの両手は文字通り蛇を宿らせており、その牙の力は勇者の斬撃を噛み切った事例もあるほど。

だが、所詮は事例。レベルも高いことは高いがーー。

「フシャアアアアアアア!!?」

叩っ斬ることなど造作もない。

スネイクタイタン本体と左手の蛇の頭が叫んだ。もう一つ飛んで来た右手の蛇の頭は俺の軽やかな斬撃波によって切断されて吹き飛んで行った。

怒ったスネイクタイタンは、叫びと共に倒れるように向かって来る。

「斬った!?」

テールのそう言う声が聞こえた。

一閃。
またしても俺の軽やかな斬撃波により、スネイクタイタンは割れるように真っ二つ。少々、撃技+5を乗せてみた。ヴィンスとの半年間にも及ぶ鍛錬を経て、レベル80代の魔物が弱く感じてしまう。

「……まだ、右手が生きてるな」

スネイクタイタン本体は息絶えたが、そこから動こうとする右手の蛇の頭が威嚇の声をあげる。

「シャアッ!? ……」

スネイクタイタンの右手の蛇の頭を貫いた一本の矢。振り返って見れば、弓を構えていたテールの姿。

「片腕くらいなら」

そう言って、テールは弓を背にかけた。
弓の勇者テール、その実力はまだ定かではないが、遠距離戦を得意とする勇者が仲間に入ったことは言うまでもなく心強い。
この魔物時代、様々なスタイルで旅をする勇者たちが多いが、やはり近距離、遠距離、といった撃技などを含めた攻撃側、一部の魔法、守技といった守備側、そうしたバランス体制を整えている勇者一行が生き残りやすいのも過去の話からも分かる。

そして今、俺を含めた仲間がこの状態にあることは特に意識してこうなったのではない。
魔王の城を目指す中、旅の道中で誰かを仲間にしようと思っていたが、こうも皆が俺の仲間になってくれるとは有難いことこの上ない。

その後も、レベル70代から90代とランダムに出て来る魔物を討伐しては森を抜けるべく俺たちは進みを止めない。





「この辺で呼んでみよう」

場所は森を抜けた広大なフィールドの一端。魔物共も追って来ておらず、静かな状況。
広大なフィールドに鳴り響く指笛は、かの魔竜の元まで聞こえているだろうか。

「……何も来ないじゃないか」

「シッ、黙って」

テールの言葉にメアが言う。

ややあって、俺たちはまだ其処を動かないでいた。
背後、数十メートルには進んで来た森が騒ついているように見える。吹く風の音がそうさせているのか、はたまた森にいる魔物の動きがそうさせているのか。どちらにせよ、夜になった森というのは不気味だ。

「見て!」

セシルが西の夜空を指さした。

「来たか」

さっきまで東から吹いていた風が緩やかに止まり、西からやや強い風が吹き始める。
それが暴風竜の力か定かではないが、現に今、西から俺たちの方へと上空を飛んでいるのは魔竜その姿だった。

「ま、ま、魔竜! 本当に!?」

テールは後退りするほどに驚いているようだ。

「だから言っただろ? 俺は嘘なんかつかない」

というのは嘘……この状況は嘘ではないが、時と場合によっては俺も嘘くらい付くことはある。
そうして俺たちの遙か上空まで来た影はボルティスドラゴンそのものだった。
声を上げないというのが、利口な魔竜だ。本来であれば叫びそうなものだが、『血の契約』を俺としたことで理性が働いているのだろう。
さすが、魔物の中でトップクラスの知能指数を持っている魔竜は違う。

『血の契約』、つまり俺の血を介して得た情報は、従属関係だけを成したわけではなかったということだろう。

「やっぱりな!」

そう言って、森の中から勢いよく飛び出して来て持つ剣をボルティスドラゴンに向ける者。

「バルト!」

バルトは自身の持つ宝剣グラディウスを回転させ、それに連動するように青い電波のようなものをボルティスドラゴンにむかって発生させる。
バルトは地上は駆けて行き、一気に跳び上がった。

「斬る気かい!?」

テールがそう叫ぶ。

グラディウスの周りに見える赤い光。あれは撃技を解放した時に見られるもの。
バルトが魔竜に対してどのような感情を持っているのかは、昼間会った時の話の内容から薄々感じていた。
それはバルトの今の行動の通り、ネガティヴな感情なのだろう。

バルトはボルティスドラゴンを斬る。
だが、対するボルティスドラゴンは両翼を上げたと同時に暴風の咆哮をバルトに浴びせた。
それによって地上に減り込むほどに激突したバルト。

ボルティスドラゴンは第二波を撃とうとしている。

「やめろ! バルトもお前も!」

ボルティスドラゴンに俺の声が届いたようで、撃とうとしていた暴風の咆哮が引いていく。バルトはそんな様子を見て、持つグラディウスを鞘に収めた。

「……事情を説明するまで俺は帰らんからな」

ただそう言って、バルトは俺たち……いや、俺の言葉を待つ。
まったく、宝剣を持つ勇者は本当に……
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