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第144話 使い時は突然に

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仮宿泊施設で夜を過ごし、まだ眠気も覚めない中、俺たちは既に活動を始めていた。
昨日、コンセットから引き受けた魔物討伐依頼を含め、予想外の事態もあって仮宿泊施設についたのは夜が明ける数時間前のこと。
なので俺の隣で眠そうに歩く2人の様子を見ても、仕方がないと思わざるを得ない。

コンセットが会釈する様子が見えた。
ウェストランド前で朝から待っていたコンセットに逢い、遠慮しながらも息子のルイの想いを知れたと報酬を貰った。

ウェストランドでの用事はそれだけ。
フィラは朝からフィールドに出ているようで、それはウェストランドの受付嬢に聞いた。

その後は、まだ何も食べていない胃にエネルギーを補給する為、ウェストランドの向かいにある店に入った。

「ご馳走さま~。このお店の料理、すっごく美味しかったわ!」

「だな。……」

端の一つテーブルにぽつり。何か視線を感じると思って見てみると、余所余所しくしてまた食事を始める。
服装こそ違っていたが、フードを被っていた時に見えた薄紅色の髪や顔が同じ。兵士たちに犯罪者と間違われ、一緒にいた女にラピスと呼ばれていた者。

「何じろじろ見てんのよ? 気になるの? あの子」

「そんなんじゃない」

兵士たちも兵士たちだ。犯罪者と勝手に決めつけられたラピスもたまったものではないだろう。

ラピスの方へ歩いて行く者。
ラピスを連れて家に匿っていた女だ。
まだ兵士たちに犯罪者と疑われているラピスと共に朝食とは呑気だな。
まあ、俺には関係のないことか。

会計を済ませて店外に出ると、店の中から何やら声が聞こえて来る。
聞き取れないが、こんな清々しい朝から騒ぎなんてやめてくれよ。

「セシル」

店の中を気にする様子のセシルに、俺は首を振った。
人の揉め事だとすれば、わざわざ自分から首を突っ込むなんてそんな面倒なことはしない。

「いいの?」

「……」

メアまで。行きたきゃどうぞ、そう言いたいところだったが、俺たちは3人で旅を進めている。
最も、どうでもよさそうなことにいちいち首を突っ込んでいては進む旅も進まないのだが……
いかんせん、メアと出逢って旅をして来て、俺の考えも緩くなっているところがある。

また、店の扉を開いた。

「離してよ! これ以上私たちを疑うって言うのなら」

「兵士でも呼ぶか? ぎゃははは! 呼べよ、呼べるもんならなあ!」

いかにも頭の悪そうな面の男。その男はラピスと共にいた女の腕を掴んでいる。
お洒落な雰囲気漂う店内に似合わない風貌。
どこのチンピラだと思うほどの身なり。じゃらじゃらとした鎖を携え、穴の空いた奇怪な模様のジャケットを羽織る。

すると女の側にいた薄紅色の髪の持ち主ラピスが辺りを見渡している。

「お願い! あの人を助けて!」

ラピスは俺たちの元に駆け寄って来るなりそう言った。

ほうら、面倒ごとに巻き込まれた。俺も、そういう星の元に生まれたと思わざるを得ないところもあるが、まるで磁石に引き寄せられるようにして起こる面倒ごとはもはや起こるべくして起こっているのか。

「ここにいろ」

目の前で不安そうに見つめるラピスにそう伝えた。

店の中は数人の客しかいない。店主はというと、カウンターから顔上半分だけ覗かせて何もしようとしない。
まったく、こういうチンピラが出るかもしれないから国の兵士たちが街中にいるというのに。肝心な時にまるで頼りにならない。

「なんだ? お前。善人気取りってか? 言っとくけどな、この女は犯罪者と一緒にいた、いわば共犯。つまりこれ!」

ぐぐっと掴む腕もろとも、手錠に捕まった時にする動作をチンピラは男する。
そして見せる不細工な微笑面。
殴りたくなるな。

「共犯? 犯罪者? 何か、証拠でもあるのか?」

「ないな、でもそんなものはいらねー。何故なら! 兵士たちの手によって既に犯罪者として指名手配されているからだ! 分かったか善人気取りめ!」

折れた歯を見せ、しかも汚いつばが飛んで来た。これだから猿は嫌いだ。

チンピラ男に腕を掴まれ、痛そうな様子を見せる女。
ユリアはずっとチンピラ男の手から逃れようとしている。

俺はチンピラ男の腕を掴んだ。

「離してやれ」

「ぶわーか! 離すわけないだろ、金だぞ? 金! てめえこそその手を離せ!! ーーは?」

「あっ!!」

ラピスが口を覆う。

「……痛えな」

久々に、人間に殴られた。真正面からチンピラ男のストレート。痛いと言ったのは嘘ではない。勇者の俺に痛いと言わせるとなると、ただの一般チンピラ男ではなかったか。

「ユリア!」

ラピスがユリアの名前を呼ぶ。
ユリアは俺が殴られると同時にチンピラ男の背後へと移動させた。

回り抜け、擬。
つまり俺の能力なのだが、あまりにも使い所がなかったが為に、旅の道中では使用する機会がなかった。
だが、こんなところで役に立つとは。

本来、回り抜けは俺自身が触れて認識した対象の背後へと移動する能力。
そして今回発動したのは俺ではなく、触れた対象自身に起きる。
簡単に説明すると、俺がチンピラ男の腕に触れた際、ユリアの腕にも触れていた。
つまり、俺がチンピラ男に触れている状態で発動した回り抜け擬によって、ユリアがチンピラ男の背後に移動したということ。

「シン、そんなことも出来たのね」

「関心してないで、そいつらを連れて店を出てろ」

俺がそう言うと2人を連れてメアとセシルは店を出た。

「おっまえ! 俺の金を逃したな! 覚悟は出来てんだろうな!? 勇者ランク4の俺に逆らったからにはただじゃおかねえぞ!」

勇者ランク4、というかこいつ勇者だったのか。
犯罪者と疑われた女を捕まえて、店の中で他の客や店主に迷惑をかける。世も末だなまったく。

「やめてくれええ! 店が壊れちまうよ!」

店主が悲痛の叫び声を上げる。

「うるせえ! こんな辛気臭え店、壊れた方がいいってものよ!」

俺から離れたチンピラ男は、あろうことか店内で武器を手にした。ナイフより大きい、短剣といったところ。

「……はぁ」

勇者を倒しても、勇者ランクに影響しないのは言わずもがな。ましてや、ステータスの上昇が起こるわけでもない。

「うっ……」

斬りかかって来たチンピラ男の背後に移動し、首の側面を手刀一閃。首の側面には頸動脈と頸静脈が通っており、強い衝撃を加えればたちまち相手の意識を奪うことが可能。
もちろん相手にもよるが、チンピラ男程度、勇者であってもどうってことはない。

チンピラ男は店の床に倒れた。

店主と店内の客たちが唖然とした様子を見せる中、俺は店を出た。




「どうなったの?」

メアが俺に問いかける。

「片付いたよ」

「シン! 頬赤いよ!?」

セシルが駆け寄って来て、赤くなった頬に触れる。

大丈夫、そうセシルに言って、チンピラ男に絡まれていた2人の元に行く。

「ありがとう、助かったよ」

「ありがとうございます。私、なんてお礼したらいいか」

薄く蒼みがかった瞳に、真っ白な肌。一見すると美少女なのは間違いないのだが、以前俺が盗み聞きした話のせいで疑問が拭えない。

ラピスの話によれば、共に旅をしていた他の勇者たちと逸れたそうで、その後、犯罪者と間違われることになる村に着いた。
俺が解せないのは、ラピスをこうして間近で見ても、武器を振り回して戦う勇者には到底見えないし、そもそも、武器らしきものすら持っていない。

「お礼なんていいーーただ、代わりにって言ったら何だが、あんた自身のことを教えてくれないか?」

「……はい」

どうやら、意外にもすんなりと話してくれるようだ。


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