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第71話 カディアフォレスト

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翌日の朝、食事を済ませた俺たちは、道具店で回復薬や持ち運びに便利なサバイバルアイテムなどを購入した。

この先、カサルの地に行くためにはバタリアの東にある関所を通らなければ行けない。
関所を抜けてもバタリアやブルッフラのような街は当分ない。おそらく村はあるとは思うが、流石にあてには出来ない。

「ねえシン、本当にこの道しかなかったの?」

「ない事はない。この先を北にずっと進んで行けば山は超えられる」

「じゃあ!」

「ダメだメア」

メアはムスッと嫌な顔をする。

「なんでー?」

セシルは小岩の上をぴょんぴょんと跳ねて移動しながらそう聞いてくる。

「俺たちが今歩いているこのカディアフォレストは、世界でも2番目に広い森なんだ。そんな森を北に進んでみろ。いくら向かう方向が分かっていても迷うのが目に見えるよ。最悪野垂れ死んでもおかしくない」

カディアフォレストは約600エーカーあると言われており、別名、迷いの森と呼ばれている。
600エーカーとは240万㎡。おおよその広さを示す数値。
それほどの広さを持つ森がカディアフォレストだ。

当然、カディアフォレストには魔物も生息し、数百もの種がうようよいる。
これでも世界で2番目の広さの森というから驚きだ。1番の広さの森なんて想像も出来ない。

「それは確かに嫌ね。だけど、それでも出口がある森には変わりないでしょ?」

「距離の問題だ。東をずっと進んで行けば関所に着く。何事も無かったら、の話だけどな」

「やめてよもう! それじゃあまるで、何か起こるって言ってるようなものじゃない!」

カディアフォレストを何も起こらずに抜けられるなんて、そんな甘い話があるわけがない。
森は魔物にとって格好の住処であり、迷い込んだ人間を餌にするには絶好の場所。

「大丈夫メア! セシルがやっつけてあげるから!」

セシルが飛び移っていた小岩を蹴り上げて木の幹に捕まって回転し着々する。

「心強いな。メアも少しはセシルを見習ったらどうだ?」

「そ、そうね! 私も勇者! 魔物の10匹や20匹、どうってことないわ! 弱気になるなんて私らしくない!」

メアはフルフルと顔を左右に振った後、立ち姿が先程よりシャキッとした。

その後、魔物と遭遇することなくしばらくの間歩みを東の方角へと進めて行った。





東へ歩みを進める中、落ちていた天然の魔石を数個ばかり拾った。
魔石は魔物に強大な力を与えるが、殆どの魔物は魔石に触れることすらしない。魔物も生きる命は惜しいのだろう。
背水の陣まで追い込んでまで魔石を食らうことはまあない。
オルフノットバレーにいた巨大オークは俺が手を下すことなく最後は朽ち去った。
オークの知能指数を考えれば誤飲してしまったのだろう。

魔石が魔物に対して与える力はまだはっきりと分かっていない。

そうして、森道の中に忽然と現れたのは七色に光る花々。

「わあっ! 綺麗!」

「セシル油断するなよ」

その光景はカディアフォレストにいることを忘れてしまうほど。
幾つもの花々が風に揺られている。

セシルは七色に光る花の前でしゃがみこんでじっと見ている。
人差し指でつんつんと触ってみたり、匂いを嗅いだりしている。
興味津々なご様子だ。

「どうしたのセシル?」

すると、セシルは急に立ち上がってあたりを警戒するように耳を立てる。

「何か来る」

メアは両手を両耳に当ててあたりをぐるりと回るが首を振る。
セシルには聞こえているようだが、俺には聞こえない。

「こっち!」

ただ、セシルには聞こえているようで俺とメアを誘導するように七色に光る花々の先を進んで行った。
俺たち3人は移動して木の影から辺りを見ていた。

「あいつらは……」

数分後、その音の正体がわかった。

「く、臭い」

セシルが自分の鼻をぎゅっと両手で抑える。
匂いに敏感な獣人にとってその魔物の匂いは相当きついだろう。

七色に光っていた花々が一気に黒くなっていく。
そして黒くなってしまった花々をかき分けて進んで来るのは、緑色に腐敗した皮膚を持ち、木か何かの棍棒を持った魔物の大群。20体くらいいるだろうか。
俺はその魔物を知っていた。

「げ……ゴブリンゾンビじゃない」

メアが引きつった表情をしてそう言った。
そう、今黒くなってしまった花々の間を進み棍棒を振り回しているのは、俺がシーラ王国の第五兵団第三部隊に捕まる前に遭遇したゴブリンゾンビの群れ。
あの時のゴブリンゾンビの群れではないと思うが、しつこさだけで言ったら魔物の中でも割と上あたりにいる。

すると、そのゴブリンゾンビの大群の中の数体が顔を上げて匂いを嗅いでいる。

「こっち来る!」

もう少し離れて様子を見ていれば良かったな。
ゴブリンゾンビの大群は明らかに俺たちが隠れて見ている木の方へと近づいて来る。
別にゴブリンゾンビ程度どうってことはない。俺1人でも問題ない。
だが、問題は別のところにある。

「どうする!? シン!」

セシルはゴブリンゾンビの匂いに耐えられないようで、ずっと両手で鼻を抑えている。

「慌てるな。そうだな……俺が囮になるから、この場所を動くなよ」

コクコクと早く頷くセシル。

「分かったわ! セシルは私に任せて!」

「頼んだ!」

そう言って、ゴブリンゾンビの大群の前に大胆に飛び出た。
気づいたゴブリンゾンビの大群は一斉に俺の方を向いて襲って来た。

「見れば襲う。穢らわしい魔物は斬るに限る」

鞘に手をかけーーそして、宝剣アスティオンを抜いた。
ゴブリンゾンビの大群の間を駆け抜ける。

「ギョオウ!?」

「ギャギャッ!?」

倒れたゴブリンゾンビたちを見て、他のゴブリンゾンビが怒ったような声を荒げる。

「まずまず」

クランの持つ宝剣ルークスと俺のアスティオンが交わったことで、魔物特攻特性が失われているのは明らかだった。
討伐した感触がまるで違う。
数日ばかりアスティオンを手放していたが、長きを共にした剣の特性を分からないはずもない。
だが、それでも討伐出来るのはゴブリンゾンビの弱さと言ったところだ。

俺は残りのゴブリンゾンビからメアとセシルを離す為、反対の方角へと走って行った。
残っているゴブリンゾンビは全て俺について来ている。

そして少し開けた場所でゴブリンゾンビが集まったところで斬撃波を放って掃討した。
別にゴブリンゾンビくらいいちいち離れなくてもその場で討伐出来たのだが、騒ぎを聞いた他の魔物が押し寄せる方が厄介。
カディアフォレストは何も左右だけでなく、上も下も警戒するべき場所。
今、相手がゴブリンゾンビだから良かったものの、当然高レベルの魔物も生息しているのがこのカディアフォレスト。

急いでメアとセシルの元に戻ると2人の血相が何故か青かった。
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