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第10話 それぞれの旅立ち

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--そして。事件が解決した昼過ぎのこと。

マ-テリーはマ-ク博士から強化を終えたグリフォンを迎え入れ次の旅に出かける時になった。



「マ-ク博士。彼の調子は問題ありません」

マ-テリーが彼というのは、迎えた仲間のグリフォンのこと。

「それは良かったわい! --マ-テリー、もう少し此処に居っても良いんじゃよ?」

「マ-ク博士、それだと皆さんに迷惑をかけてしまいます。それに僕にはまだまだ続く旅がありますから。気持ちだけ有難く受け取っておきます」

そうマ-テリーが言うとマ-ク博士は珍しくも落ち込んだ顔を見せる。
それはマ-ク博士の研究所がポンコツ研究所と言われ始めた当初、マ-テリーを含めた数人の勇者達は決してそう言わなかったからだ。

初めてマ-ク博士が預かっていたモンスターを逃がしてしまった時のこと。
それは瞬く間に街や村、その他の研究所、アストリア大陸に広まり批判の対象として定着してしまった。
そしてそれが仇となり、マ-ク博士の研究所はポンコツという名の出来ないレッテルがつけられてしまい、今も批判の対象として度々話題に上がる。

それでもマ-ク博士の研究所にモンスターの生態調査や能力開発の依頼が来るのは、それが何の意味も持たない批判と知っている一部の人達がいるからだ。

実のところマ-ク博士の研究所は他の研究所には引けをとらない程優秀で、その事を知っている一部の人間達が批判を広めていると言っても過言ではなかった。

勿論、それはマ-ク博士自身も感じていることで、孫のレナ、研究所に実習生として来たフランとラックも知ったことだった。

マ-テリーは当然それを理解しており、勇者として旅する中マ-ク博士の研究所にお世話になっていることを常々思っている。

「そうかぁ寂しくなるのう。またいつでも来るんじゃよ」

マ-ク博士は手を出してマ-テリーと握手を交わした。

すると握手を終えたタイミングを見計らって、フランが前に出て何かを言いたげだ。

「なんじゃ? フラン」

マ-ク博士が言った言葉と同じように、レナ、ラック、マ-テリーも思う。

「マ-テリーさん、ほんっとうにいきなりなんですけど、俺も旅に一緒に連れて行ってくれませんか?」

「な、な、何を言うとるんじゃフラン!? マ-テリーはな、開拓の勇者として直々に未開拓の地に足を運んでいるんじゃ! それにお主はこの研究所の実習生じゃろうに! 」

学生寮で過ごした多くの生徒は、こうしてフラン達のように研究所に実習生として来るか街に働きに行く。
中には育った村に帰る者もいるがそれは極少数。

「マ-ク博士! 俺は行きますからね!」

何故いきなりそんなことを言い出したのか、マーク博士とレナも疑問に思う。

フランはマ-ク博士に想いの目を向け、それが本気だということがひしひしと伝わってくる。

「むむ……しかしなフラン。いくらお前がそうは言うても、それはマ-テリーが決める事じゃ」

「そうよフラン! 何でいきなりそんなこと言うの!?」

レナは突然言い出したフランの言動が理解出来なかった。

ラックはただ呆然とフランの真意を待つ。

「ははははは! 面白い子だ! 僕と旅に行きたいだって? 訳を聞かせてもらえるかな?」

「マ-テリー!」

マ-ク博士は意外にもポジティブな反応を見せるマ-テリーに驚いた。

マ-テリーはマ-ク博士をなだめつつ、何かを話したそうにしているフランの言葉を待つ。



「マ-ク博士聞いてください。レナ、ラックも。--俺は--」

フランは自身の思いの丈を話し始めた。


--フラン・ハ-ト。

幼くして母を亡くした彼は、ある日勇者になることを決意する。
それは突如として押し寄せたモンスターの大群によって、育った村を潰されてしまい、不甲斐ない自分を強くしたいという思いからだった。

しかしフランの心には当時のことが強くトラウマとして残り、数多のモンスターと出会う勇者という道を自らの手で閉ざすことになった。

そしてフランと同じく勇者を目指していたのが、当時から親友のラックだった。
彼もまたフランと同じ村の出身であり、強く当時のことが心に残っている。

間も無くフラン達は村からそう遠くはない学生寮に住むことになり、勉学に励む。
その期間3年と短いものではあったが、フラン達は無事卒業を迎え今のマ-ク博士の研究所にお世話になっている。

ただフランは学生寮にいた時、勇者という道に進むかどうか迷っていた時期もあり、それは今研究所に来てからもだった。

現在フランは14という歳で、勇者の道に進むのには丁度良い年齢。
しかし本来、現在活躍している勇者達の多くは、幼少期からその道を目指していた者が殆ど。

その為、トラウマという形で勇者の道を閉ざしたフランにとってはそれが如何に難しい事か重々承知の上だった。

それでも勇気を出してマ-テリーに声をかけたのは、過去のトラウマを払拭するには前に進むしかないと心の奥底で理解していたからだ。

しかし今、勇者として何の経験も無いフランがおいそれと勇者になるのは難しいというレベルでは無い。

才能。勿論そうした事を生かし勇者になる者もいるが、それはフラン自身感じてはいない。
ましてや野生のモンスターと対峙するなど、生半可な覚悟では出来ないこと。

それでもフランがマ-テリーに声をかけたのは、今この瞬間は自分にとって最良の選択であると思ったからだった。

フランがレナからマ-テリーの名を聞いた時、偶然にも彼は当時村がモンスターの大群によって崩壊してしまった後、援護部隊として来た1人だったからだ。

一昨日の食卓でもラックは知らなかったようだったが、フランは母を亡くした直後、優しく接してくれたマ-テリーの名を覚えていた。
顔も当時の面影が残っており、それは昨日挨拶した時に気付いていたことだった。


「ーーそうだったのか……。君はあの時の子」

マ-テリーは当時、村の人達の救護にあたり、自身にとっても体験したことの無い大惨事で住人の顔や名前を覚えるのは手一杯だった。

「マ-テリーさん。俺どうしても勇者になって、それでまたあんなことが起こらない為にも強くなりたいんです!」

今まで勇者になることを逃げて来た自分を奮い立たせるように、フランはマ-テリーに思いの丈を伝えた。

「フラン、お主の気持ちも分からなくも無い。--じゃがな。お主が行ってしまったら研究所に残ったレナやラックはどうするんじゃ? 儂はいいとしても、2人はお主にとっての仲間じゃろう」

それはレナとラックも感じたことだった。

「フラン君、僕は一向に構わないよ。だけどマ-ク博士が言うように、レナちゃんとラック君の気持ちも考えないといけない」

「……レナ、ラック」

フランは2人にそう言葉をかけるしかなかった。

何とか言葉を振り絞り2人と話したかったフランだったが、こういう時程うまく言葉が浮かばなかった。

「フラン行って来いよ」

「そうよ。フラン本当は勇者になりたかったんでしょ? フランが居なくなったら寂しくなっちゃうけど大丈夫! 何とかやっていけるから! ねっ! ラック!」

ラックに背中を押されたフランは少しばかり寂しそうな表情をする。本当は止めてほしかった。そんな気持ちが彼に残っていたのかもしれない。

ラックはレナに背中をバシッと叩かれ躓きそうになる。

心中ではレナもラックも、フランに研究所にいて欲しかったがそれよりも応援したいという気持ちの方が強かった。

「てて! そうそうフラン! 俺達は大丈夫! フランはフランの道を行けばいい!」

ラックは体制を整えてフランに伝える。

「フラン君。良い仲間を持ってるね」

「はい。ありがとう、レナ、ラック」

そう言われた2人は照れ臭そうにする。

「それで本当に僕と来るのかい?」

多くを聞かないマ-テリーは、その言葉の中に勇者としてやっていく覚悟、数多押し寄せる困難、そして時として残酷な現実。
それらの意味をフランに問いた。

「はい!」

マ-テリーは躊躇を見せないフランに対して昔の自分を思い出した。


「即答だね。--出発は明日。それまで僕は待ってあげる」

「そんな時間要りません! 今直ぐに出発しましょう!」

フランはマ-テリーに詰め寄った。

「--フラン君。今君が下した決断が本気なのは分かる。だけどいいかい? 勇者になるということは何も良い面ばかりじゃない。寧ろ危険なことの方が多い。それを、君は理解してる?」

マ-テリーが勇者になって数十年、彼は数多くの経験をした。

功績。そう讃えられることもあれば、妬み、嫉妬、疑心、そうした勇者に対する人間達の視線、言葉もある。
それは時としてモンスターより厄介なものであり、マ-テリー自身それを見て来た。

だからこそ生半可な目的を持って勇者になるなど、必ずそうした人間達に負けてしまうことを知っていた。
それはマ-テリーが勇者として見て来た現実であり、モンスターより人間達によって勇者の道を閉ざした者達もいる。

未開拓の地そうではない地に生息している野生のモンスターは元より、そうした人間達もいるということをマ-テリーはフランに知ってほしかった。




--そしてその夜。フランはマ-テリーの言葉を深く受け止めレナとラックと話していた。


「そうかぁ~フラン行ってしまうのか。寂しくなるけど自分で決めたことだもんな」

「そうよラック! いつまでそんなこと言ってるのよ! フランが決めたことに私達がとやかく言うことじゃない!」

フランが勇者になる為に研究所を出ると聞いてからラックは何処か上の空。

「ラック、もっと早く言っておけば良かったな」

「……それはそうだけど。俺も薄々は感じていたさ。フラン言ってたろ? 勇者になりたいって」

それはタルマンの森に行く前日のこと、フランは勇者になりたいとラックに話していた。

「……勇者、か。フラン余計なことかもしれないけど、あの時・・・のことで私達が責任を感じる必要は全く無いのよ」

「それは分かってるよレナ。俺は何もあの時、村を襲って来たモンスター達を許せない訳じゃない。--ただ自分の弱さを許せないだけ」

「フラン! それを責任感じてるって言うの!」

当時、フラン達の村を襲って来たモンスター達の行方は知れず、噂では何処ぞの誰かが討伐してしまったらしい。

それでもフランの心の中に残るのは、救えなかった母のこと。
その時の自分にもっと力があればと思うのは自然な感情の流れだった。

「--そうだな。そうかもしれない。あの時の自分の弱さが本当に悔しい。でもだからって俺はそんな復讐の為に勇者になるわけじゃない」

「じゃあ何で!?」

それは、やはりフランが研究所を出てしまうことが寂しいレナの必死の言葉だった。

「--時々な、村に居た頃の夢を見るんだよ。それで其処にはレナやラックも居て母さんもいる。でも起きると母さんは居なくて……。それでも今こうして目の前にレナとラックがいることは本当に、本当に良かった」

フランは当時のことがフラッシュバックするように、まだ懐かしい頃の夢を見ていた。

「フラン……」

当時同じ村で育ったレナとラックにとって、フランは家族同然。同じ境遇にいた3人にとって今は無き村は思い出深い場所。

「俺が勇者になりたい理由。今はただ誰かを守れるような、なんて立派な目的偉そうに思ってるけど、本当は母さんに心配かけたく無いんだ」

それは夢を見る度に、母であるティア・ハ-トがフランに優しく接していたからだった。

「夢に出て来てまで心配するなんて、俺しっかり生きなきゃなって思って。だから勇者になるっていうのは違う話だけど。--自分が行きたい道を行く。それが俺に出来ることだと思うから」

フランがそれを強く思い始めたのは自分の行く道に迷いがあった時からだった。

学生寮に住んでいた頃から勇者としての道では無く、研究所で働いていくことをぼんやりと決めていた。

それでもフランの心は勇者になりたい自分もいたことも事実で、それが夢となって母が出て来た理由かもしれない。

『くよくよしないで』

母が夢に出て来る度にそんな風に言っているのではないか、フランはそう思っていた。




--そして翌日の朝。フランは身支度を整え研究所の入り口にマ-ク博士達といた。

「マ-ク博士。俺のわがままで迷惑かけてしまって--」

「やめい! 出発の朝だというのに儂に謝られても困る! それはフランが決めたことじゃろう!?」

マ-ク博士はフランの言葉を遮ってそう言った。

「--みんな本当にありがとう。俺いつかまたこの場所に戻って来るから」

「当たり前でしょ! もし戻って来なかったら私、私……」

それは今になって唐突に決まったことが受け入れられないレナの素直な感情だった。

「フラン、俺は信じてるぜ。また戻って来いよな」

「--ああ」

拳を突き出したラックに合わせてフランも突き出した。

「--それでは」

フランがグリフォンに乗ったことを確認して、マ-テリーはマ-ク博士、レナ、ラックに別れの言葉を言った。

そしてグリフォンに合図を出し、勇者見習いフランと開拓の勇者マ-テリーは空高く飛んで行った。





「--行ってしまったのう」

マ-ク博士はまだ見えるフラン達を見ながら呟いた。


「さあ! 私達は私達のことをしましょう! ラック! 庭の花に水やりと草むしり、それからモンスター達にご飯をお願い!」

「!? レナちょっとくらい感傷に浸る時間を--」

「そんな暇は無いわ! フランが行ってしまったことで研究所に欠員が出たのよ!? そこんとこ理解してる!?」

「そんな……欠員って。俺ともう行ったフランはまだ実習生なんだぜ?」

「いいから! ほらっ! さっさと動く!」

「とほほ……。こんなことなら俺もフラン達についていけば……」

「何か言った? ラック!」

レナはまるで自分の気持ちを見せないようにラックに当たった。しかしそれはフランが行ってしまったことで沸いて来た寂しさからだった。

(フラン。お前にはいつか帰って来てもらわにゃいかん。いつでも良い。そしてまた3人で笑って過ごせるように……)

そんなレナを見ていたマ-ク博士は、人一倍彼女の気持ちを理解していた。もう空の彼方に行ってしまったフランに心の中でそう思うと共に、彼の今後を応援した。




--そして。事の一件が収束した3日後、商人ストライトによって置かれた全ての捕獲装置は撤去された。
しかも、本来なら必要だった撤退費用はかからずに。

それはストライトの裏の顔を知らずに商人仲間だったリトルが掛け合ってくれたおかげだった。
リトルは意外にも商人としての輪を持っており、そんな彼が唯一出来ることだと自ら率先して動いてくれたようだ。

間も無く研究所の事件を聞いた街の住人、捕獲装置専門商人により寄付という形で新しい捕獲装置がマーク博士の研究所に設置された。

ただ依然としてマ-ク博士の研究所の借金は残っており、それはどうすることも出来ないということだった。

自身の甘さによって逃がしてしまったモンスター達は一部は勇者達の元に帰って来たようだったが、それはほんの少しだけ。
まだまだ勇者達の元に帰らないモンスター達は多く、今回研究所の事件を聞いた数人の勇者達は情けからお金を返さなくても良いということになった。

それでも勇者達への返金、研究所で生態調査をした費用などを含めるとマ-ク博士が負っている借金は多い。

そしてその一件が広まってしまい、以前に比べてマ-ク博士の研究所はやっぱりポンコツだなどと言われることが多くなった。

中にはそういう者達に事情を説明してくれた親切な人達もいたようだが、そうそう広まってしまったものは消えない。

しかしポンコツ研究所の名は、以前より興味の尽きない研究所となっていった。
それはもしかすると、今何処か旅をしているフランが研究所のことを話してくれているとマ-ク博士達は思った。

そしてラックは兄であるグレイを探しに行くとマ-ク博士に伝えて、資金を貯めながら今も研究所でせっせと働いている。

レナはそんなラックと、今何処かにいるフランを思いながら毎日を過ごしている。

マ-ク博士はというと、より一層モンスターの生体調査、研究に勤しむようになり、新たに『モンスター触れ合い所』というものを作ったそうだ。
主に危険性の無いモンスターのみで、意外にも盛況しているとマ-ク博士は喜んでいる。




そしてフランはマ-テリーと共に旅を続けて、勇者としての道を少しずつ歩み始めていくーー


                      
-おしまい-
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