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メリーの決意
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ミスター・ゴードンと再会したその日の夜、メリーは早速、両親に彼から受けたオファーの話をすることにした。
「ねぇ、ミスター・ゴードンのこと、覚えてる?」
「あぁ、もちろん覚えているさ。アメリカンボードからどこか遠い国へ派遣されたんだったよな。確か、奥さんも一緒に」
父が、懐かしい名前を聞いた、と答える。
「そう、とても遠い、日本という国で活動しているんですって。彼がこちらに一時帰国したというので、今日お会いしてきたの」
「あら、そうなのね。私も教会で何度かお会いしたことがあるわ。お元気だった?」
編み物の手を動かしながら母親が言う。
「ええ、とてもお元気そうだったわ。それに、希望に満ちた目をしてらした。日本で、日本の若者たちにキリスト教の教えや英語を教育しているらしいの」
この先の話を、両親はどういった反応で聞いてくれるのか、メリーには想像が出来ていた。
自分自身を落ち着かせるため、フゥ、と一呼吸おき、本題に入った。
「これから女子教育にも力を入れていくらしいんだけど……実は、一緒に日本で教育者として活動しないか、と誘われたの」
母は、目を止めジッとメリーの顔を見た。
父は開口一番、
「あり得ない話だな。お前はこの国、この地で既に教育者としての礎を築いているんだ。わざわざそんな遠い異国に行く必要はないじゃないか」
と、馬鹿げた話だ、と言わんばかりに否定した。
メリーにとっては予想通りの展開だった。
「でもね、お父さん。私はこれは、天から与えられた使命ではないかと思っているの。日本の若者はとても熱心にキリスト教の教えを学び、私たちの言語を習得しているらしいの。でも、まだ女子が受ける教育のレベルが低いんですって。女子にも教育を受ける機会を与え、日本に新しい風を起こしたいのよ!」
「そんな事を言っても、可愛い我が子を、文化も言語も違う遠い国に、はいそうですか、と行かせる親は居ない!何かあってもすぐに助けに行けないんだぞ。それに、今の仕事にだって誇りを持って取り組んでいるだろう?!大切な教え子たちを放り出してまで、そんな異国の若者の面倒を見るってのか?!」
その後は、メリーと父の押し問答が続くのみだった。
父親と同じく、メリーの勤務先の同僚たちからも、あり得ない選択だと大いに反対された。
「ミス・デントン、あなたが非常に熱心な教育者であることは、一緒に働いている私たちが一番よくわかっているつもりです。その情熱を向けるべき相手は、異国の知らない若者たちではなく、今目の前にいる生徒たちではありませんか?!」
同僚教師の弁に、メリーは冷静に反論した。
「そうね、確かに今目の前にいる生徒たちに情熱を向けることは大切よ。でも、彼らに情熱を向けられるのは、私一人じゃない。あなただって、その情熱を彼らに向けているでしょう?では、日本の若者には?私が向けなかったら、誰か情熱を向けて教育してくれる人がたくさんいるのかしら?」
反対していた同僚たちが、グッと黙った。
「ここには私以外にも優秀な教育者が何人もいるわ。でも、日本にはまだいない。あなたたちの言う、熱心な教育者にとって、これは天から与えられた使命に思えるのよ」
こうして、家族や同僚の反対を半ば押し切る形でメリーが日本に旅立ったのは、一八八八年の秋のことだった。
「ねぇ、ミスター・ゴードンのこと、覚えてる?」
「あぁ、もちろん覚えているさ。アメリカンボードからどこか遠い国へ派遣されたんだったよな。確か、奥さんも一緒に」
父が、懐かしい名前を聞いた、と答える。
「そう、とても遠い、日本という国で活動しているんですって。彼がこちらに一時帰国したというので、今日お会いしてきたの」
「あら、そうなのね。私も教会で何度かお会いしたことがあるわ。お元気だった?」
編み物の手を動かしながら母親が言う。
「ええ、とてもお元気そうだったわ。それに、希望に満ちた目をしてらした。日本で、日本の若者たちにキリスト教の教えや英語を教育しているらしいの」
この先の話を、両親はどういった反応で聞いてくれるのか、メリーには想像が出来ていた。
自分自身を落ち着かせるため、フゥ、と一呼吸おき、本題に入った。
「これから女子教育にも力を入れていくらしいんだけど……実は、一緒に日本で教育者として活動しないか、と誘われたの」
母は、目を止めジッとメリーの顔を見た。
父は開口一番、
「あり得ない話だな。お前はこの国、この地で既に教育者としての礎を築いているんだ。わざわざそんな遠い異国に行く必要はないじゃないか」
と、馬鹿げた話だ、と言わんばかりに否定した。
メリーにとっては予想通りの展開だった。
「でもね、お父さん。私はこれは、天から与えられた使命ではないかと思っているの。日本の若者はとても熱心にキリスト教の教えを学び、私たちの言語を習得しているらしいの。でも、まだ女子が受ける教育のレベルが低いんですって。女子にも教育を受ける機会を与え、日本に新しい風を起こしたいのよ!」
「そんな事を言っても、可愛い我が子を、文化も言語も違う遠い国に、はいそうですか、と行かせる親は居ない!何かあってもすぐに助けに行けないんだぞ。それに、今の仕事にだって誇りを持って取り組んでいるだろう?!大切な教え子たちを放り出してまで、そんな異国の若者の面倒を見るってのか?!」
その後は、メリーと父の押し問答が続くのみだった。
父親と同じく、メリーの勤務先の同僚たちからも、あり得ない選択だと大いに反対された。
「ミス・デントン、あなたが非常に熱心な教育者であることは、一緒に働いている私たちが一番よくわかっているつもりです。その情熱を向けるべき相手は、異国の知らない若者たちではなく、今目の前にいる生徒たちではありませんか?!」
同僚教師の弁に、メリーは冷静に反論した。
「そうね、確かに今目の前にいる生徒たちに情熱を向けることは大切よ。でも、彼らに情熱を向けられるのは、私一人じゃない。あなただって、その情熱を彼らに向けているでしょう?では、日本の若者には?私が向けなかったら、誰か情熱を向けて教育してくれる人がたくさんいるのかしら?」
反対していた同僚たちが、グッと黙った。
「ここには私以外にも優秀な教育者が何人もいるわ。でも、日本にはまだいない。あなたたちの言う、熱心な教育者にとって、これは天から与えられた使命に思えるのよ」
こうして、家族や同僚の反対を半ば押し切る形でメリーが日本に旅立ったのは、一八八八年の秋のことだった。
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