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自分達の置かれた立場
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レナートと別れたアリッサは、ヴィスタを探すために彼の教室の方へ向かった。すると、タイミングよく廊下で友人と話しをしているヴィスタを見つけた。
弟の友人に頭を下げたアリッサは、話があると言ってヴィスタの手を取ると、誰も居ない彼の教室に入って行った。
「ヴィスタ。エステルダ様がおかしくなってしまったわ。」
声こそ出しはしなかったが、ヴィスタの表情は驚きを隠せていなかった。
「私ね、原因はたぶん貴方ではないかと思っているの。心当たりがあるんじゃないかしら?」
「いつから?」
「昨日、学園から戻ってからだって。」
「どんな感じなの?」
「少なくとも、嬉しそうではないわね。・・・まるで人形みたい。らしくないわ・・・。あれでは、ただの綺麗なお嬢様よ。」
アリッサが、つまらなそうに口を尖らせた。
「・・・あまり見ないようにはしていたよ。」
ヴィスタの表情は変わらないけれど、姉のアリッサには、それが返って不自然にも思えた。
「シャナス・ウズベルク侯爵令息が原因?」
すると、唇の端を噛んだヴィスタが少しだけ顔を歪ませた後、微かに頷いた。
「でも、エステルダ様の気持ちは分かっているんでしょう?だって、あんなに率直な人だもの。」
「まあ・・・うん。僕が、いくらそっけない態度を繰り返しても、僕の所に来ていたしね・・・。でも、彼女も話かけて来なかったし・・・。」
ヴィスタの言葉に、アリッサの顔は曇った。それは、自分がヴィスタの立場でもきっと同じことをしてしまうだろうと思ったからだ。ましてヴィスタは、没落寸前の子爵家の嫡男だ。公爵令嬢と侯爵令息を前にすれば、出来ることなんて背中を見せる以外にないことをアリッサとて痛い程分かっている。
「どんなに頑張っても私達には、敵わない相手だものね。」
そう言ったアリッサは、頭を下げて項垂れているヴィスタの頭を優しく撫でた。
「夢を見るのも大変ね・・・。」
「もう泣いた方がいい? 姉さん、一緒に泣いてくれる?」
どこまで本気なのか分からないヴィスタの情けない言葉に、アリッサはふっと笑った。
「大切な弟の為ならば、いくらでも泣いてあげるわ。でも、泣くのはエステルダ様の気持ちを聞いてからにしましょう?諦めることも、泣くことも、とっても簡単なことだって、前に彼女に教わったでしょう?」
「自分でも驚いたよ。彼女が他の男性と居るだけで全然笑えなくなるなんて。」
「うん、気持ちはわかるよ。私もきっとそうなる。」
「これって、嫉妬だよね?」
「たぶんね・・・。」
「身の程知らずだよね。」
「あはっ、本当ね、身の程知らずだわ!・・・でもねヴィスタ、それでエステルダ様がおかしくなったのも事実なのよ?昨日の夜から何も食べていないって・・・。」
「・・・・・。」
「カフェで待ってもらっているの。一緒に行こう?」
アリッサは、返事をしないヴィスタの手を引いた。
「大丈夫。姉さんがついてるから。」
小さい時によく、アリッサがそう言って勇気づけてくれたことを思い出すと、ヴィスタは情けない顔で笑うのだった。
二人が教室を出ようとする前に、ドアをノックする音が聞こえた。
「ああ、直ぐに見つかって良かったです。こんな状態の姉上をあまり連れ回す訳にもいきませんしね。」
騎士科の訓練が終わり、カフェに人が増えてきたからと、レナートがエステルダを連れてきたのだった。そして、相変わらず表情の無いエステルダを椅子に座らせた。
「ほら、座って。」と、アリッサに椅子を勧められたヴィスタが、エステルダの目の前に座ると、今まで人形のようにピクリとも動かなかったエステルダの様子に大きな変化が現れた。
机を挟んで、向かいの席に座ったヴィスタに対し、目を見開き驚いたような様子のエステルダだったが、その青い瞳にはたくさんの涙が溢れていた。声も出さずに涙を零すエステルダを前に、ヴィスタは何も言わず、辛そうに瞳を伏せた。すると、エステルダの隣に座ったアリッサが、取り出したハンカチでエステルダの涙を拭きながら言った。
「エステルダ様、どうか分かってください。私達は、軽はずみに愛を囁けないのです。」
「・・・・・。」
それは、エステルダだけではなく、その隣に座るレナートに向かって言っている言葉でもあった。
「そして、嫉妬する相手に・・・私達は強く出ることができません。」
「嫉妬・・・?」
アリッサの言葉に、頭が追い付かないエステルダは、新たな涙を流しながらヴィスタを見つめた。ヴィスタは、涙に濡れた瞳に視線を移しながら黙って頷いた。
「それと、もう一つ。・・・以前にも申しましたように、私達は高位貴族の手を払いのける力を持っておりません。」
それを聞いたエステルダの脳裏に過去の記憶が蘇った。
「まあ、アリッサ様ったら、そのように男性に色目ばかりをお使いになって、どれだけ必死なのでしょう。」
「いくらたくさんの男性に囲まれたからといって、その先どうこうできるわけでもありませんのにねぇ。」
「・・・でしたら、どなたの名前を出して追い払えばよいか教えてください。」
「まあー、なんて失礼なっ! そもそも貴女が―――」
アリッサの話を聞きながら、こちらを見つめるヴィスタの表情が曇るのが分かった。
(だからアリッサ様もヴィスタ様も、嫌でも我慢して・・・。)
「でしたら、アリッサ様とヴィスタ様のお気持ちはどうなるのですか・・・。」
「仕方のないことですから・・・。」
ここで、初めてヴィスタが口を開いた。そして、アリッサとヴィスタは、その場で辛そうに視線を落とした。
弟の友人に頭を下げたアリッサは、話があると言ってヴィスタの手を取ると、誰も居ない彼の教室に入って行った。
「ヴィスタ。エステルダ様がおかしくなってしまったわ。」
声こそ出しはしなかったが、ヴィスタの表情は驚きを隠せていなかった。
「私ね、原因はたぶん貴方ではないかと思っているの。心当たりがあるんじゃないかしら?」
「いつから?」
「昨日、学園から戻ってからだって。」
「どんな感じなの?」
「少なくとも、嬉しそうではないわね。・・・まるで人形みたい。らしくないわ・・・。あれでは、ただの綺麗なお嬢様よ。」
アリッサが、つまらなそうに口を尖らせた。
「・・・あまり見ないようにはしていたよ。」
ヴィスタの表情は変わらないけれど、姉のアリッサには、それが返って不自然にも思えた。
「シャナス・ウズベルク侯爵令息が原因?」
すると、唇の端を噛んだヴィスタが少しだけ顔を歪ませた後、微かに頷いた。
「でも、エステルダ様の気持ちは分かっているんでしょう?だって、あんなに率直な人だもの。」
「まあ・・・うん。僕が、いくらそっけない態度を繰り返しても、僕の所に来ていたしね・・・。でも、彼女も話かけて来なかったし・・・。」
ヴィスタの言葉に、アリッサの顔は曇った。それは、自分がヴィスタの立場でもきっと同じことをしてしまうだろうと思ったからだ。ましてヴィスタは、没落寸前の子爵家の嫡男だ。公爵令嬢と侯爵令息を前にすれば、出来ることなんて背中を見せる以外にないことをアリッサとて痛い程分かっている。
「どんなに頑張っても私達には、敵わない相手だものね。」
そう言ったアリッサは、頭を下げて項垂れているヴィスタの頭を優しく撫でた。
「夢を見るのも大変ね・・・。」
「もう泣いた方がいい? 姉さん、一緒に泣いてくれる?」
どこまで本気なのか分からないヴィスタの情けない言葉に、アリッサはふっと笑った。
「大切な弟の為ならば、いくらでも泣いてあげるわ。でも、泣くのはエステルダ様の気持ちを聞いてからにしましょう?諦めることも、泣くことも、とっても簡単なことだって、前に彼女に教わったでしょう?」
「自分でも驚いたよ。彼女が他の男性と居るだけで全然笑えなくなるなんて。」
「うん、気持ちはわかるよ。私もきっとそうなる。」
「これって、嫉妬だよね?」
「たぶんね・・・。」
「身の程知らずだよね。」
「あはっ、本当ね、身の程知らずだわ!・・・でもねヴィスタ、それでエステルダ様がおかしくなったのも事実なのよ?昨日の夜から何も食べていないって・・・。」
「・・・・・。」
「カフェで待ってもらっているの。一緒に行こう?」
アリッサは、返事をしないヴィスタの手を引いた。
「大丈夫。姉さんがついてるから。」
小さい時によく、アリッサがそう言って勇気づけてくれたことを思い出すと、ヴィスタは情けない顔で笑うのだった。
二人が教室を出ようとする前に、ドアをノックする音が聞こえた。
「ああ、直ぐに見つかって良かったです。こんな状態の姉上をあまり連れ回す訳にもいきませんしね。」
騎士科の訓練が終わり、カフェに人が増えてきたからと、レナートがエステルダを連れてきたのだった。そして、相変わらず表情の無いエステルダを椅子に座らせた。
「ほら、座って。」と、アリッサに椅子を勧められたヴィスタが、エステルダの目の前に座ると、今まで人形のようにピクリとも動かなかったエステルダの様子に大きな変化が現れた。
机を挟んで、向かいの席に座ったヴィスタに対し、目を見開き驚いたような様子のエステルダだったが、その青い瞳にはたくさんの涙が溢れていた。声も出さずに涙を零すエステルダを前に、ヴィスタは何も言わず、辛そうに瞳を伏せた。すると、エステルダの隣に座ったアリッサが、取り出したハンカチでエステルダの涙を拭きながら言った。
「エステルダ様、どうか分かってください。私達は、軽はずみに愛を囁けないのです。」
「・・・・・。」
それは、エステルダだけではなく、その隣に座るレナートに向かって言っている言葉でもあった。
「そして、嫉妬する相手に・・・私達は強く出ることができません。」
「嫉妬・・・?」
アリッサの言葉に、頭が追い付かないエステルダは、新たな涙を流しながらヴィスタを見つめた。ヴィスタは、涙に濡れた瞳に視線を移しながら黙って頷いた。
「それと、もう一つ。・・・以前にも申しましたように、私達は高位貴族の手を払いのける力を持っておりません。」
それを聞いたエステルダの脳裏に過去の記憶が蘇った。
「まあ、アリッサ様ったら、そのように男性に色目ばかりをお使いになって、どれだけ必死なのでしょう。」
「いくらたくさんの男性に囲まれたからといって、その先どうこうできるわけでもありませんのにねぇ。」
「・・・でしたら、どなたの名前を出して追い払えばよいか教えてください。」
「まあー、なんて失礼なっ! そもそも貴女が―――」
アリッサの話を聞きながら、こちらを見つめるヴィスタの表情が曇るのが分かった。
(だからアリッサ様もヴィスタ様も、嫌でも我慢して・・・。)
「でしたら、アリッサ様とヴィスタ様のお気持ちはどうなるのですか・・・。」
「仕方のないことですから・・・。」
ここで、初めてヴィスタが口を開いた。そして、アリッサとヴィスタは、その場で辛そうに視線を落とした。
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