上 下
17 / 25

自惚れてはいけません

しおりを挟む
恥を忍んで頭を下げるユーレットに、彼女達は意地悪く微笑んだ。

「あなたの気持ちは分かりましたが、私達はあくまでもエリシアの味方です。ですので、決して勘違いしないでください。私達は彼女を幸せに導く行動しか取りません。あなたがエリシアに見合った人間ではないと判断した時は直ぐにでもあなたを切り捨てて他の男性を紹介し始めます」

「そうね。私達はエリシアに幸せになってほしいと思っているの。彼女は純粋でとても優しい人だから・・・辛い思いはしてほしくないのよ。・・・まあ、それはあなたが誰よりも知っていることでしょうけれど?」

ユーレットは、その言葉に無言で頷いた。

「仕方ないわね。エリシアがあなたを好きでいるうちは、私達も協力してあげるわ。まあ、せいぜい頑張ってちょうだい。ああ、そのうち私の兄を連れてくるわ。女性の扱いには慣れているからきっと参考になるでしょう」

こうしてユーレットは、この日より新たな協力者を得ることとなったのだ。


 罵倒されない日などなかった。毎日怒られ、罵られ、呆れられた。
注意を受ける度に自分の常識が他とかけ離れていることに驚いた。そして、最後には必ずこう言われるのだ。

「考え方が幼稚すぎる」

それが今まで面倒に思い、家族や友人との会話を避けてきたツケであった。家族だけではなくエリシアの友人にも似たようなことを言われているのだから、ユーレットには反論の余地もなかった。どうやら精神とは、ユーレットが最も煩わしいと思っていた人間関係の上で成長するものだったようだ。

「おい、嘘だろう・・・エリシア嬢はこんな程度の低い男が好みだったのか!?」

信じられないと、口元を押さえる兄の姿にユーレットの胸も痛んだ。自分の性格を否定される度にエリシアとの会話を思い出す。彼女は、ろくに視線も合わせない自分にいつもニコニコと微笑みながら話しかけてくれた。自分が返事をしなくても怒ったことなど一度もなかったし、何を考えているのか分からない相手にいつだって素直な気持ちを伝えてくれていたのだ。
彼女は自分と違って随分と大人だったのだ。

大人だったのはきっと彼女だけではない。自分が返そうと思っていた本を勝手にエリシアに返してしまったユーレットの友人も、今思えば自分の気持ちに素直になれる大人だったことが分かる。見栄や体裁を気にしていては欲しいものは得られない。きっと友人はそれを知っていたのだろう。



「エリシアに会いたい」

 自分の気持ちを素直に言葉に出せるようになった頃、周りよりも低めだったユーレットの身長は本人の希望通りの成長を見せ始めた。そして成長したのは彼の身長だけではなかった。それまでとは真逆の柔らかな笑みを身につけたユーレットは、誰に対しても丁寧な対応を心掛けていた。そのせいなのか今まで見向きもされなかった女性に話しかけられることが多くなってきた。

顔の半分を隠していた鬱陶しい前髪を切り、清潔感のある落ち着いた優しい男を意識したユーレットは、思いのほか女性からの受けが良かったようだ。

もちろんエリシア以外の女性に興味はなかった。しかし、興味がなくてもあらゆる女性と会話をすることで接し方を学びなさいと、兄達の教えにユーレットは忠実に従っていた。
そうして気が付いた時には、常に女性に囲まれるほどの礼儀正しく紳士的な男が完成したのだった。

いくら女性に好意を寄せられてもユーレットがエリシア以外の女性になびくことはなかった。それは、彼がエリシア以外の女性に興味がないというだけではなく、自分の人気がエリシアあってのものだということをしっかりと教育されていたせいもあった。

エリシアが未だに誰とも婚約せずにユーレットを待っていること。エリシアと結婚するためにユーレットが必死に変わろうと努力していること。
それは本人達がどんなに口を閉ざしていても、いつの間にか漏れ伝わってしまうものである。

「いいですか?勘違いして自惚れてはいけませんわよ!あなたのような爵位も持たない次男坊など、本来女性から相手になどされるわけがないのですから」

「そうよ、顔や態度だけでちやほやされるのなんて学生のうちだけ。彼女達の目的なんてコットワール侯爵家に決まってるじゃない」

「だからっ!みんな知ってるのよ。あなたが卒業したらエリシアに婚約を申し込むってことを。目的は第二夫人なのか愛人なのか・・・、もしくはただ単にコットワール侯爵家と家同士の縁を深めたいのか・・・。まあ、どちらにしてもあなたが練習に利用しているのと同じように、彼女達もそれなりの理由を持っているってことね」

「はっきり言いますが、将来平民にしかなれないあなたの所に!嫁に来たいと思う貴族女性など存在しませんから!」

(そうだ。自分を本当に愛してくれるのはエリシアただ一人・・・)

こうしてエリシアの友人達に厳しく洗脳・・・ではなく、教えられたユーレットは決して自惚れることなくエリシアの為だけを思って努力を続けたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

喋ることができなくなった行き遅れ令嬢ですが、幸せです。

加藤ラスク
恋愛
セシル = マクラグレンは昔とある事件のせいで喋ることができなくなっていた。今は王室内事務局で働いており、真面目で誠実だと評判だ。しかし後輩のラーラからは、行き遅れ令嬢などと嫌味を言われる日々。 そんなセシルの密かな喜びは、今大人気のイケメン騎士団長クレイグ = エヴェレストに会えること。クレイグはなぜか毎日事務局に顔を出し、要件がある時は必ずセシルを指名していた。そんなある日、重要な書類が紛失する事件が起きて……

処理中です...