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名前を呼んでくれてありがとう
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皆に注目される中、エリシアは震える声を落ち着かせる為に大きく息を吐くと、静かに話し始めた。
「ごめんなさいユーレット。一方的に自分の気持ちを押し付けて・・・あなたに迷惑をかけてるって、私・・・、本当は分かっていたの。でも、このままではいけないと思いながらも、どうしてもあなたのそばにいたくて・・・一日、また一日と延ばしてしまった」
そして、涙を零さぬように軽く上を見上げた彼女は、震える口元に笑みを浮かべながら今度はリーシャに向き直った。
「あなたのおかげでようやく気持ちを切り替える勇気が持てました。嫌なことを言わせてしまってごめんなさい。・・・はっきり言ってくれて、ありがとう」
エリシアの言葉からは不快なものなど一切感じられなかった。言い争いを覚悟していたであろうリーシャがまるで拍子抜けしたように、その場に呆然と立ち尽くしている。
彼女のあまりにも悲痛な言葉ひとつひとつが、ユーレットには酷く恐ろしいものに感じた。それはまるで、恐怖が足元からじわじわと這い上がってくるようにも思える。
「ちがう、いやっ、これ、は―――」
咄嗟に口から出てしまった声にユーレットは自分でも驚いた。慌てて両手で口を塞いだけれど、その時にはもう、美しい黒曜石の瞳に情けなく狼狽える自分の姿がはっきりと映ってしまった後だった。
背筋をピンと伸ばし、酷く真面目な顔をしたエリシアが大きく息を吸った。
「ご迷惑と知りながらも、あなたの優しさに甘え続けてしまったわたくしをどうかお許しください。学ぶことでしか自分の価値を見い出せなかったわたくしに、こうして光を与えてくださったこと・・・わたくしはこの先も・・・決して忘れません。親切にしていただき本当にありがとうございました」
普段とはまるで違う他人行儀な言葉遣いが、これからの二人の距離を物語っているように感じた。
『私はあなたが大好きです!』
そう言って隣でにこにこと微笑んでいた彼女が、とうとう自分に見切りをつけて去って行くのがわかる。
エリシアの気持ちを迷惑だなんて思ったことはない。だからリーシャの言っていることは間違っている。本当はエリシアに好意を寄せられて嬉しかった・・・。ただ、自分に自信がなかっただけだ・・・。彼女があまりにも綺麗な人で、頭もいいから。とても心の優しい人で、侯爵家の令嬢だから。
だから、どうしても卑屈な気持ちが邪魔をして何一つ素直に自分の気持ちを伝えられなかった。
早く何か言わなくては取り返しのつかないことになってしまう。分かっていながらも、ずっと素直になれなかったユーレットの口はうまく動いてくれない。
静かに頭を下げた彼女の瞳から、ポトリと地面に落ちた一粒の雫をユーレットは、ただ黙って見ていることしかできない。
涙を見せないように手で顔を隠しながらくるりと背を向けた彼女に、ようやく絞り出したユーレットの言葉は自分でも驚く程に小さく、しかも情けなく震えていた。
「ま・・・って・・・・、エ・・・リシア・・・、まっ」
あまりに頼りない囁くような声だったけれど幸いにもエリシアには届いたようだった。ピタリと足を止めた彼女が、静かに振り返った。
「・・・嬉しいな・・・。私の名前、知ってたのね。・・・それだけで私は、もう充分だよ。最後に名前を呼んでくれて・・・本当にありがとう」
そうして、両目からたくさん涙をこぼしながらにっこり笑ったエリシアを見た時、ユーレットは自分がそれまで彼女の名前すら呼ばなかったことをはじめて知ったのだった。
泣きながら友人のもとへ駆けて行ってしまうエリシアをユーレットはもう呼び止めることができなかった。
「ごめんなさいユーレット。一方的に自分の気持ちを押し付けて・・・あなたに迷惑をかけてるって、私・・・、本当は分かっていたの。でも、このままではいけないと思いながらも、どうしてもあなたのそばにいたくて・・・一日、また一日と延ばしてしまった」
そして、涙を零さぬように軽く上を見上げた彼女は、震える口元に笑みを浮かべながら今度はリーシャに向き直った。
「あなたのおかげでようやく気持ちを切り替える勇気が持てました。嫌なことを言わせてしまってごめんなさい。・・・はっきり言ってくれて、ありがとう」
エリシアの言葉からは不快なものなど一切感じられなかった。言い争いを覚悟していたであろうリーシャがまるで拍子抜けしたように、その場に呆然と立ち尽くしている。
彼女のあまりにも悲痛な言葉ひとつひとつが、ユーレットには酷く恐ろしいものに感じた。それはまるで、恐怖が足元からじわじわと這い上がってくるようにも思える。
「ちがう、いやっ、これ、は―――」
咄嗟に口から出てしまった声にユーレットは自分でも驚いた。慌てて両手で口を塞いだけれど、その時にはもう、美しい黒曜石の瞳に情けなく狼狽える自分の姿がはっきりと映ってしまった後だった。
背筋をピンと伸ばし、酷く真面目な顔をしたエリシアが大きく息を吸った。
「ご迷惑と知りながらも、あなたの優しさに甘え続けてしまったわたくしをどうかお許しください。学ぶことでしか自分の価値を見い出せなかったわたくしに、こうして光を与えてくださったこと・・・わたくしはこの先も・・・決して忘れません。親切にしていただき本当にありがとうございました」
普段とはまるで違う他人行儀な言葉遣いが、これからの二人の距離を物語っているように感じた。
『私はあなたが大好きです!』
そう言って隣でにこにこと微笑んでいた彼女が、とうとう自分に見切りをつけて去って行くのがわかる。
エリシアの気持ちを迷惑だなんて思ったことはない。だからリーシャの言っていることは間違っている。本当はエリシアに好意を寄せられて嬉しかった・・・。ただ、自分に自信がなかっただけだ・・・。彼女があまりにも綺麗な人で、頭もいいから。とても心の優しい人で、侯爵家の令嬢だから。
だから、どうしても卑屈な気持ちが邪魔をして何一つ素直に自分の気持ちを伝えられなかった。
早く何か言わなくては取り返しのつかないことになってしまう。分かっていながらも、ずっと素直になれなかったユーレットの口はうまく動いてくれない。
静かに頭を下げた彼女の瞳から、ポトリと地面に落ちた一粒の雫をユーレットは、ただ黙って見ていることしかできない。
涙を見せないように手で顔を隠しながらくるりと背を向けた彼女に、ようやく絞り出したユーレットの言葉は自分でも驚く程に小さく、しかも情けなく震えていた。
「ま・・・って・・・・、エ・・・リシア・・・、まっ」
あまりに頼りない囁くような声だったけれど幸いにもエリシアには届いたようだった。ピタリと足を止めた彼女が、静かに振り返った。
「・・・嬉しいな・・・。私の名前、知ってたのね。・・・それだけで私は、もう充分だよ。最後に名前を呼んでくれて・・・本当にありがとう」
そうして、両目からたくさん涙をこぼしながらにっこり笑ったエリシアを見た時、ユーレットは自分がそれまで彼女の名前すら呼ばなかったことをはじめて知ったのだった。
泣きながら友人のもとへ駆けて行ってしまうエリシアをユーレットはもう呼び止めることができなかった。
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