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ハートのクッキー
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二人が別れる姿を物陰からじっと見つめていたレイサスは、フローレンスの待つ、図書室に向かって静かに歩き出した。
レイサスは、フローレンスが婚約者の男と二人で会うのがどうしても嫌だったし、先ほど彼女から聞いた契約と言う言葉も気になっていた。レイサスは、二人と別れた後に、気付かれないように後を追ったのだった。
話を聞く限り、二人の婚約はフローレンスと弟が関係する、なんらかの契約と推測ができた。しかし、契約で結んだはずの婚約だったが、いつしかお互いに恋愛感情が生まれたのだろう・・・。ジルドナを見る限り、今でもフローレンスを好きなのは間違いなさそうだ。だが何を思ったのか、あいつは方法を間違えた。
(フローレンスは、単純にそれを真に受けたのだろう・・・。馬鹿な奴だな。)
「ジル、大好きだったわ・・・。本当に・・・大好きだったわ。」
先ほどのフローレンスの言葉を思い出す。既に過去の話だと分かってはいるが、心が落ち着かない。
(多分、もう大丈夫だとは思うが、念には念を入れておいた方がいいか・・・。)
レイサスは一人呟くと、フローレンスの待つ図書室に急いだ。
図書室のいつもの場所では、フローレンスがノートを広げていたが、窓の外をじっと眺めているだけで、とても勉強をしているようには見えなかった。レイサスは何も言わずに隣の席に座った。レイサスに気付いたフローレンスが、じっとこちらを見て来るが、レイサスは、あえて何も言わずに窓の外を見た。
声をかけてこないレイサスを見て、まだ怒っていると思ったのか、フローレンスも何も言わずに、ノートに視線を落とした。人気のない図書室にフローレンスの字を書く音だけが響いている。
レイサスは夕日に照らされたフローレンスをじっと見つめていた。金色の美しい髪を耳にかけ、黙々と教科書の問題を書き写し始めている。ふと、レイサスの視線に気付いたフローレンスが顔を上げた。レイサスは慌てて視線をまた窓の外へ向けた。すると、視界の隅でフローレンスが、ゴソゴソ動き始めたことに気が付いた。鞄を開けると中から丸っこい瓶を取り出したフローレンスが、瓶の蓋を開け、机の上に置いたまま、ついーっと音を立てレイサスの方へ瓶を滑らせた。
「・・・・・・・・・。」
レイサスは、それを見もしなかった。視線は相変わらず窓の外だ。ピクリとも動かないレイサスをしばらく観察したフローレンスが、また瓶を滑らせた。今度は絶対気付くように、机の上にあるレイサスの手にピタッとくっ付けた。
「・・・・・・・・・。」
それでも無視をするレイサスを見て、ムスッと口を尖らせたフローレンスが、頬をふくらませながら、瓶の中の物を一つ取り、机の上に置かれたレイサスの手の上にちょこんと乗せた。それは、ハートの形の小さなクッキーだった。しかし、それでもレイサスは動きたくなかった。ジルドナを好きだと言ったフローレンスに、まだ気持ちがモヤモヤしていたのだ。
「・・・・・・・・・。」
しかし、フローレンスも負けてはいなかった。無視し続けるレイサスの手に次々とクッキーを置いてゆくのだ。手首までクッキーを敷き詰めて、いよいよ置く所がなくなると、これで最後とばかりにレイサスの口にクッキーを押し付けた。口を開けずに堪えているレイサスに怒りを感じたフローレンスは、更に力を入れて無理やり食べさせようとしたが、レイサスの歯に当たってクッキーはボロボロと机に落ちていった。
「ふぅ・・・・・・・。」
机の上に落ちたクッキーの粉を見つめて、フローレンスは、溜息をついた。そして、仕方がないといった様子で、並べたクッキーを瓶に戻すと、その一つを口に咥えた。そして、そのまま立ち上がってレイサスの口元におそるおそる近づくと、それまでピクリとも動かなかったレイサスの瞳が一瞬鋭く光ったかと思うと、大きな口を開けて、サクッとクッキーに喰いついた。そしてレイサスは、そのまま噛みつくようにフローレンスに口づけをした。動物に噛まれるような恐怖に、肩をビクつかせたフローレンスをレイサスは気にすることもせず、彼女の背中に手を回した。何度も角度を変え、繰り返される口づけの合間にレイサスはフローレンスを問い詰めた。
「あいつが好きだったのか?」
「う・・・・・・・ん。」
「今も・・・なのか?」
「い、え・・・もう、違うわ・・・」
「ちゃんと、別れた・・・のか?」
「うん・・・・・・。」
「今は、・・・誰が・・・好きなんだ?」
「・・・レ・・・イ。」
「もう一度。・・・ちゃんと。」
「レイが好き。」
「もう一度だ。」
「ふっ・・・うん・・・。」
「フローレンス!!」
「レイが好き。」
「うん・・・わかった。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・ぷっ・・・くふふ・・・」
「なんだ?」
ようやく唇を離したレイサスが、笑いを堪えているフローレンスを睨んだ。
「ふふっ、だって・・・私が好きって言ってるのに、うん、わかったって・・・、ふふふ、もう、何よそれ・・・ふふっ。レイはどうなの?私のことどう思ってるの?」
「・・・・・・・・・・。」
「レイ!?」
「愛してる・・・。」
真っ赤な顔のレイサスは、それを隠すようにフローレンスをきつく抱きしめた。
「噛みつかれるかと思った・・・。」
「ふざけた真似をするからだ。」
「はい・・・。」
レイサスは、フローレンスが婚約者の男と二人で会うのがどうしても嫌だったし、先ほど彼女から聞いた契約と言う言葉も気になっていた。レイサスは、二人と別れた後に、気付かれないように後を追ったのだった。
話を聞く限り、二人の婚約はフローレンスと弟が関係する、なんらかの契約と推測ができた。しかし、契約で結んだはずの婚約だったが、いつしかお互いに恋愛感情が生まれたのだろう・・・。ジルドナを見る限り、今でもフローレンスを好きなのは間違いなさそうだ。だが何を思ったのか、あいつは方法を間違えた。
(フローレンスは、単純にそれを真に受けたのだろう・・・。馬鹿な奴だな。)
「ジル、大好きだったわ・・・。本当に・・・大好きだったわ。」
先ほどのフローレンスの言葉を思い出す。既に過去の話だと分かってはいるが、心が落ち着かない。
(多分、もう大丈夫だとは思うが、念には念を入れておいた方がいいか・・・。)
レイサスは一人呟くと、フローレンスの待つ図書室に急いだ。
図書室のいつもの場所では、フローレンスがノートを広げていたが、窓の外をじっと眺めているだけで、とても勉強をしているようには見えなかった。レイサスは何も言わずに隣の席に座った。レイサスに気付いたフローレンスが、じっとこちらを見て来るが、レイサスは、あえて何も言わずに窓の外を見た。
声をかけてこないレイサスを見て、まだ怒っていると思ったのか、フローレンスも何も言わずに、ノートに視線を落とした。人気のない図書室にフローレンスの字を書く音だけが響いている。
レイサスは夕日に照らされたフローレンスをじっと見つめていた。金色の美しい髪を耳にかけ、黙々と教科書の問題を書き写し始めている。ふと、レイサスの視線に気付いたフローレンスが顔を上げた。レイサスは慌てて視線をまた窓の外へ向けた。すると、視界の隅でフローレンスが、ゴソゴソ動き始めたことに気が付いた。鞄を開けると中から丸っこい瓶を取り出したフローレンスが、瓶の蓋を開け、机の上に置いたまま、ついーっと音を立てレイサスの方へ瓶を滑らせた。
「・・・・・・・・・。」
レイサスは、それを見もしなかった。視線は相変わらず窓の外だ。ピクリとも動かないレイサスをしばらく観察したフローレンスが、また瓶を滑らせた。今度は絶対気付くように、机の上にあるレイサスの手にピタッとくっ付けた。
「・・・・・・・・・。」
それでも無視をするレイサスを見て、ムスッと口を尖らせたフローレンスが、頬をふくらませながら、瓶の中の物を一つ取り、机の上に置かれたレイサスの手の上にちょこんと乗せた。それは、ハートの形の小さなクッキーだった。しかし、それでもレイサスは動きたくなかった。ジルドナを好きだと言ったフローレンスに、まだ気持ちがモヤモヤしていたのだ。
「・・・・・・・・・。」
しかし、フローレンスも負けてはいなかった。無視し続けるレイサスの手に次々とクッキーを置いてゆくのだ。手首までクッキーを敷き詰めて、いよいよ置く所がなくなると、これで最後とばかりにレイサスの口にクッキーを押し付けた。口を開けずに堪えているレイサスに怒りを感じたフローレンスは、更に力を入れて無理やり食べさせようとしたが、レイサスの歯に当たってクッキーはボロボロと机に落ちていった。
「ふぅ・・・・・・・。」
机の上に落ちたクッキーの粉を見つめて、フローレンスは、溜息をついた。そして、仕方がないといった様子で、並べたクッキーを瓶に戻すと、その一つを口に咥えた。そして、そのまま立ち上がってレイサスの口元におそるおそる近づくと、それまでピクリとも動かなかったレイサスの瞳が一瞬鋭く光ったかと思うと、大きな口を開けて、サクッとクッキーに喰いついた。そしてレイサスは、そのまま噛みつくようにフローレンスに口づけをした。動物に噛まれるような恐怖に、肩をビクつかせたフローレンスをレイサスは気にすることもせず、彼女の背中に手を回した。何度も角度を変え、繰り返される口づけの合間にレイサスはフローレンスを問い詰めた。
「あいつが好きだったのか?」
「う・・・・・・・ん。」
「今も・・・なのか?」
「い、え・・・もう、違うわ・・・」
「ちゃんと、別れた・・・のか?」
「うん・・・・・・。」
「今は、・・・誰が・・・好きなんだ?」
「・・・レ・・・イ。」
「もう一度。・・・ちゃんと。」
「レイが好き。」
「もう一度だ。」
「ふっ・・・うん・・・。」
「フローレンス!!」
「レイが好き。」
「うん・・・わかった。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・ぷっ・・・くふふ・・・」
「なんだ?」
ようやく唇を離したレイサスが、笑いを堪えているフローレンスを睨んだ。
「ふふっ、だって・・・私が好きって言ってるのに、うん、わかったって・・・、ふふふ、もう、何よそれ・・・ふふっ。レイはどうなの?私のことどう思ってるの?」
「・・・・・・・・・・。」
「レイ!?」
「愛してる・・・。」
真っ赤な顔のレイサスは、それを隠すようにフローレンスをきつく抱きしめた。
「噛みつかれるかと思った・・・。」
「ふざけた真似をするからだ。」
「はい・・・。」
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