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やるせない気持ち

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「駄目だ、ロステル!乱暴に触れるな。とりあえず大丈夫だ、生きてる・・・二人共呼吸はしている。ただ、とても危険な状態に違いはない・・・と思う」

 仲間に両腕を拘束され、これはどういうことだと苦しげに顔を歪ませているロステルを前に、第一騎士団の団長が自信のない様子で語尾を小さくした。

「すまない。こんなの見たことがないんだ。中の二人がどうなるか分からない限り下手なことはできない。しかも二人から魔力が感じられないんだ。なのにこうして魔法が維持されている。俺達ができることは、このままの状態で王宮の魔法省に持って行くことだけだ」

持って行く―――その言葉通りだった。今の二人を「連れて行く」とは言えないだろう。

ジョナスを守るようにしっかりと胸に抱くヤソック。二人はジョナスの魔法によって水でできた大きな球体の中にふわふわと浮かんでいるように見える。しかし、よく見ると水の中は空洞で中には空気があるようだ。意識のない二人の胸は規則的に動いている。呼吸をしているのだ。

二人の髪が常に揺れているところを見ると、どうやら水の膜で覆われた球体の中には風が巻き起こっているようだ。あらぬ方を向いて力なく揺れているジョナスの右手と右足は完全に折れているのが分かる。

二人共、体中傷だらけであったが不思議と患部はきれいに乾いている。ジョナスの水が泥を落としヤソックの風が乾かしたのだろうか・・・球体の隅には乾いた土や小石が風に吹かれてサラサラと動いていた。
顔にいくつもすり傷を残し、着ている制服もズタズタになっているが、穏やかに眠る二人は、まるで透明なガラスの中に閉じ込められた一対の人形のように美しかった。

「ジョナス!起きろ、ジョナス!! おい、ジョナス、頼むから起きてくれ」

ジョナスは生きていた。だが、目の前に彼女がいるというのに助けるどころか指一本触れることもできない。
ロステルは何もできない無力な自分がやるせなかった。本来、妻を助けるのは夫である自分のはずなのに、実際に彼女の命を救ったのは、目の前で彼女をしっかりと抱きしめているヤソックだった。

ただでさえジョナスに誤解を与えたまま、どうすることもできずに時間だけが過ぎてしまっている状態だった。
仕事だから仕方がない、帰って来るのを待つしかないと、いくら自分に言い聞かせてもロステルは気が気ではなかった。

少し前ならこんな心配はいらなかった。二人はいつも一緒だったし、お互いの愛情を少しも疑うことがなかった。どんなことがあっても自分達夫婦は大丈夫だという絶対的な自信があった。

だから・・・自分に愛想をつかして去って行くジョナスの後ろ姿なんて想像することもなかった。

こんな水の玉なんて、力づくで今直ぐ壊してしまいたい。ヤソックの腕を払いのけ妻に触れるなと彼女を力いっぱい抱きしめたい。

(ジョナスは俺のものだ)

しかし、ロステルの悲痛な叫び声がジョナスに届くことはなかった。



 いつ割れるかも分からない大きな水風船を慎重に荷馬車に乗せると時間をかけて王宮まで運んだ。

魔法に精通した者ならば二人を救うことができると誰もが期待していた。だが、残念なことに魔法省の人間ですら見たことのない目の前の事例にどう対処したものかと手をこまねいている始末だった。

古い文献の中に、魔力の融合という言葉がある。そこには、城が魔物に襲われ死を悟った王と王妃が互いの魔力の融合によって一晩で魔物を消滅させたと記載されている。
しかしそれは、火と雷の融合は強大な攻撃魔法になるという話であって、今回のジョナスとヤソックがその魔力融合だと分かったところで、それが問題の解決に繋がる訳ではなかった。

無理に壊すことができないのならと外から回復魔法を試みるも、それによって中の二人の傷が回復することはなく、痛々しいジョナスの骨折どころか小さな切り傷にすら効果は見られなかった。
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