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第十二章 集結
三話
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ジャックスは、ジュノーの胸倉を掴むと、近くに引き寄せた。
「オレはここで、離脱するからな。お前はしばらく、書斎を探れ」
早口でそう伝えると、机の下の空間にジュノーを押し入れる。
「不自然なんだ。建物の造りからして、この下に空間があるはずだ。風も来てる。どうにかして、それさえ見つかれば……」
その瞬間──ドアに、外から強い衝撃が与えられた。
蹴破ろうとしている。
ジュノーにマッチの箱を投げると、ジャックスは身を起こした。入口を睨み、不敵に笑う。逃げも隠れもしない──できないのだ。正面から迎え入れる他、取れる手段はなかった。丸腰の状態で、ドアの前に立つ。幾度かの衝撃で、壊れかけたノブを回し、自ら敵前に姿を見せた。
突然開いたドアに、南ガラハン軍の兵士が、一瞬だけ呆然と立ち尽くす。
両手を挙げたジャックスは、口元を歪めた。
「抵抗なんてしねえよ。さ、お前らのボスのところへ、連れてってくれ」
問答無用で、撃ち殺される可能性も、わずかに考えた。──が、その様子はない。どうやら、生け捕りにするよう、命じられているのか。
それは、こちらにとっても好都合だ。
彼らは、無抵抗の標的を囲み、連行していった。
しばらく、息を殺して待つ──
置き去りにしてきた過去の記憶が、ふっと蘇る──
しかし、心が乱れることはない。ジュノーの頭は、やけに冷静だった。独りにはなったが、むしろ先ほどより、落ち着きが戻ってきたようだ。
さらに三つ数える。若かった頃──死と隣り合わせの局面で、習慣にしていた呼吸法は、まだ忘れていない。
不思議なほど、静かだ。
ジュノーは立ち上がり、書庫へと歩み寄る。
──…以前、この部屋の住人だった男が、残していったものだ。
テオの言葉が、何かを開ける鍵のように、脳裏に響く。影の小隊長である彼らに、そう話したのは、もう十年以上も前のこと。それでも鮮明だ。
一心不乱に、本棚に並べられていた書物を、引き抜いていった。煤の掛かったものや、埃や蜘蛛の巣に塗れたもの、かびの生じたもの。目にしたこともない、異国の文字が並ぶ表紙もあったが、ジュノーの視界には一切入らなかった。床に置いた書物に、危うく足を取られそうになりながら、全ての段を空にしていく。
──そして、手が止まった。
前髪が、微かな風に揺れる。棚に薄く積もった埃が、なびいている。
音を立てないよう気を付け、本棚を壁側に押してずらした。腕に力を込めるジュノーの額に、汗の粒が浮かんだ。
床に現れたのは、人一人が通れるほどの、昇降口──
ジュノーは息を呑み、扉の端に指を掛けた。体重を後ろにやり思い切り引くと、大きく軋みながら、真っ暗な空間が口を開いた。
「……ただいま、テオ」
肩で息をしながら、目を細めて呟く。初めて、秘密に触れてしまった後悔が生まれた。
梯子を伝って下りると、広い空間が広がった。当たり前だが、光は一筋さえない。部屋から拝借した吊りランタンに、火を点し、それだけを頼りに奥へ進む。
道がどこへ続いているのか、出口はあるのか、何もかも見当が付かない。しかし、歩を止める気は起きなかった。
「……ん?」
入り組んでいた空洞の壁に、凹みがあることに気付き、ジュノーは立ち止まった。触れると、細かな土に覆われている。叩くように手を動かすと、人工の木彫りの紋様が見えた。土煙にむせながら、表面にこびり付いた土を除けていった。
扉だ。
しかし、ドアノブらしきものが見当たらない。
全体像がある程度見えてから、ジュノーは勢いを付け、扉を蹴り倒した。直後──すぐにその場所を離れ、衝撃で地下道が崩れないか、様子を調べる。
思いの外、反響音が大きく、先まで壁伝いに響いていく。
それが収まると、ようやく隠し部屋へと足を踏み入れた。まずは、ぐるりと室内を見回す。
ランタンの灯りに照らされた空間は、上の書斎の半分ほどの狭さだった。足元は、舗装されていない地面のようで、家具や棚のような置物は、一つもなかった。正面奥に、石碑のような物体が立てられていた。
心臓の鼓動が、少しリズムを乱す。ジュノーはわずかに迷った後、意を決したように、石碑の前へと歩いた。
紛れもなく、それは墓──しかも、素人の手で造られた、簡素な。
──…分かるさ。私の子も、お前と同じ境遇だ……。
あの日、向けられた哀れみの言葉が、脳で反芻される。
「ハインズ」
石碑に刻まれた名を、ジュノーは静かに読んだ。
耳にしたこともない、顔も知らない名。それでもかつて、確かにこの世に生を受けた、一人の人間。そのわずかな文字しか、表面にはなかったが──理解するのにはそれで十分だった。
テオの息子の墓だ。
彼の生い立ちは、誰にも分からない。しかしおそらく、陽の下で幸せに生きることは、困難であっただろう。ひっそりと、埋葬しなければならなかったように。
ジュノーは片膝を着き、ランタンを置いた。──そしてふと、石碑のすぐ側の地面に、布のようなものが埋まっていることに気が付いた。手で少し掘り返してみると、硬い布製の箱が地表に出てくる。爪に土が詰まることを物ともせず、蓋が動くほどまで掘り出す。
そして、両手で箱を開いた。遺骨かと考えたが、ジュノーの予想は外れていた。
そこに入っていたのは、古い手帳だった。質のあまりよくない紙の束が、紐で綴じられている。表紙は朽ちかけており、特有のにおいがした。
ジュノーはそれを取り、紙をめくる。テオの文字だ。懐かしさに、思わず息が零れた。丁重に扱わなければ、擦れた紙が崩れてしまいそうだが、内容にはなんとか目を通すことができた。
それこそ、彼らの捜していた宝だったのだ──
「オレはここで、離脱するからな。お前はしばらく、書斎を探れ」
早口でそう伝えると、机の下の空間にジュノーを押し入れる。
「不自然なんだ。建物の造りからして、この下に空間があるはずだ。風も来てる。どうにかして、それさえ見つかれば……」
その瞬間──ドアに、外から強い衝撃が与えられた。
蹴破ろうとしている。
ジュノーにマッチの箱を投げると、ジャックスは身を起こした。入口を睨み、不敵に笑う。逃げも隠れもしない──できないのだ。正面から迎え入れる他、取れる手段はなかった。丸腰の状態で、ドアの前に立つ。幾度かの衝撃で、壊れかけたノブを回し、自ら敵前に姿を見せた。
突然開いたドアに、南ガラハン軍の兵士が、一瞬だけ呆然と立ち尽くす。
両手を挙げたジャックスは、口元を歪めた。
「抵抗なんてしねえよ。さ、お前らのボスのところへ、連れてってくれ」
問答無用で、撃ち殺される可能性も、わずかに考えた。──が、その様子はない。どうやら、生け捕りにするよう、命じられているのか。
それは、こちらにとっても好都合だ。
彼らは、無抵抗の標的を囲み、連行していった。
しばらく、息を殺して待つ──
置き去りにしてきた過去の記憶が、ふっと蘇る──
しかし、心が乱れることはない。ジュノーの頭は、やけに冷静だった。独りにはなったが、むしろ先ほどより、落ち着きが戻ってきたようだ。
さらに三つ数える。若かった頃──死と隣り合わせの局面で、習慣にしていた呼吸法は、まだ忘れていない。
不思議なほど、静かだ。
ジュノーは立ち上がり、書庫へと歩み寄る。
──…以前、この部屋の住人だった男が、残していったものだ。
テオの言葉が、何かを開ける鍵のように、脳裏に響く。影の小隊長である彼らに、そう話したのは、もう十年以上も前のこと。それでも鮮明だ。
一心不乱に、本棚に並べられていた書物を、引き抜いていった。煤の掛かったものや、埃や蜘蛛の巣に塗れたもの、かびの生じたもの。目にしたこともない、異国の文字が並ぶ表紙もあったが、ジュノーの視界には一切入らなかった。床に置いた書物に、危うく足を取られそうになりながら、全ての段を空にしていく。
──そして、手が止まった。
前髪が、微かな風に揺れる。棚に薄く積もった埃が、なびいている。
音を立てないよう気を付け、本棚を壁側に押してずらした。腕に力を込めるジュノーの額に、汗の粒が浮かんだ。
床に現れたのは、人一人が通れるほどの、昇降口──
ジュノーは息を呑み、扉の端に指を掛けた。体重を後ろにやり思い切り引くと、大きく軋みながら、真っ暗な空間が口を開いた。
「……ただいま、テオ」
肩で息をしながら、目を細めて呟く。初めて、秘密に触れてしまった後悔が生まれた。
梯子を伝って下りると、広い空間が広がった。当たり前だが、光は一筋さえない。部屋から拝借した吊りランタンに、火を点し、それだけを頼りに奥へ進む。
道がどこへ続いているのか、出口はあるのか、何もかも見当が付かない。しかし、歩を止める気は起きなかった。
「……ん?」
入り組んでいた空洞の壁に、凹みがあることに気付き、ジュノーは立ち止まった。触れると、細かな土に覆われている。叩くように手を動かすと、人工の木彫りの紋様が見えた。土煙にむせながら、表面にこびり付いた土を除けていった。
扉だ。
しかし、ドアノブらしきものが見当たらない。
全体像がある程度見えてから、ジュノーは勢いを付け、扉を蹴り倒した。直後──すぐにその場所を離れ、衝撃で地下道が崩れないか、様子を調べる。
思いの外、反響音が大きく、先まで壁伝いに響いていく。
それが収まると、ようやく隠し部屋へと足を踏み入れた。まずは、ぐるりと室内を見回す。
ランタンの灯りに照らされた空間は、上の書斎の半分ほどの狭さだった。足元は、舗装されていない地面のようで、家具や棚のような置物は、一つもなかった。正面奥に、石碑のような物体が立てられていた。
心臓の鼓動が、少しリズムを乱す。ジュノーはわずかに迷った後、意を決したように、石碑の前へと歩いた。
紛れもなく、それは墓──しかも、素人の手で造られた、簡素な。
──…分かるさ。私の子も、お前と同じ境遇だ……。
あの日、向けられた哀れみの言葉が、脳で反芻される。
「ハインズ」
石碑に刻まれた名を、ジュノーは静かに読んだ。
耳にしたこともない、顔も知らない名。それでもかつて、確かにこの世に生を受けた、一人の人間。そのわずかな文字しか、表面にはなかったが──理解するのにはそれで十分だった。
テオの息子の墓だ。
彼の生い立ちは、誰にも分からない。しかしおそらく、陽の下で幸せに生きることは、困難であっただろう。ひっそりと、埋葬しなければならなかったように。
ジュノーは片膝を着き、ランタンを置いた。──そしてふと、石碑のすぐ側の地面に、布のようなものが埋まっていることに気が付いた。手で少し掘り返してみると、硬い布製の箱が地表に出てくる。爪に土が詰まることを物ともせず、蓋が動くほどまで掘り出す。
そして、両手で箱を開いた。遺骨かと考えたが、ジュノーの予想は外れていた。
そこに入っていたのは、古い手帳だった。質のあまりよくない紙の束が、紐で綴じられている。表紙は朽ちかけており、特有のにおいがした。
ジュノーはそれを取り、紙をめくる。テオの文字だ。懐かしさに、思わず息が零れた。丁重に扱わなければ、擦れた紙が崩れてしまいそうだが、内容にはなんとか目を通すことができた。
それこそ、彼らの捜していた宝だったのだ──
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