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第十一章 戦線に立つ
一話
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砂漠帯に雪が降った。
珍しいことではなかったが、夜通し続いた降雪により、砂地には白い膜ができた。吐き出す息も白い。本格的な冬の到来だ。
「ユーレン、傷はもういいのかよ」
「あら、心配してくれるのね。もう平気よ」
室内では、暖のために火を焚いていた。
その番をしながら、ギニーはユーレンをちらりと見る。
三度の銃弾を浴び、それでも彼女は生還を果たした。皮肉にも、敵である北軍によって、高度な治療を受けたからだ。リハビリも順調であり、すっかり以前の活気を取り戻している。
「あんたも、作戦に参加すんだろ?」
「ええ」
「オレは、反対だぜ。動けるっつったって、完治とまではいかねえ」
「わたしが、そう望んだのよ。そして、認められた。意見があるのなら、ブロイエンに言ってちょうだい」
ギニーは唇を尖らせると、視線を横にずらした。
文字や記号が書かれた地図を広げ、考え込んでいたブロイエンが、それに気付いて顔を上げる。
「ジャックスに言ってくれ」
その言葉に応えたのか、入口の布をくぐり、頭領が遅れてやって来た。
「待たせたな。すげえ雪だ」
火を囲み、四人は互いに向かい合う。
南北の会談が差し迫り、すでに彼らの動きは決まっていた。ジャックスやユーレンにとっては、身体を休めるのに十分な時間だった。
今回の集合は、最終確認だ。
「取りあえず、北は大将さえ捕れれば、十分なんだがな……」
「奴が、独りになるとは思えない。人が減るとしたら、会談中か?」
目標は、南ガラハン宮殿。なぜならば、道中の警備は、これまで以上に厚いはずだからだ。彼らの脅威はレジスタンスであり、おそらく固めてくるだろう。
「いっそのこと、国に残ってる公妃を狙った方が、よかったんじゃねえの?」
組んだ脚に肘を乗せ、ギニーが口を挟む。
ブロイエンがすぐさま、首を横に振った。
「それは、最初に考えた。だが、一月前から、そいつの情報が途切れたんだ」
オルウォ妃は、国内で開かれた謝肉祭にも、姿を現さなかったようだ。国民にも説明がないまま、長く経っている。役人の間では、体調を崩したとの情報が回っているが、真意は定かではない。
そもそも、南北の会談に彼女が来るのか、まったく分からない。あくまで軍事会談であり、国のトップが会うわけではない、との話も聞く。
頭を掻いたジャックスが、口を開いた。
「計画通りに進める。表と裏に分かれて、レイゼルマン一点狙いだ」
「苦しい戦いになるな……」
「ああ……オレが一仕事終えるまで、耐えてくれよ、ブロイエン」
「なあ。お前の言ってた、南北の共通の弱みってなんだ?」
敵を大人しくさせるには、力だけでは足りない。黙らせられるほどの、弱みが必要だ。──ジャックスは以前、そう話していた。それに心当たりがある、とも。
ギニーの問いに、ブロイエンもユーレンも、ジャックスを見つめた。
当の本人は、火の点いていない煙草を指に挟み、にっと笑う。
「ペテル・ヴギとの取引さ」
「はあ? 連中が、カルテルと関わってるってのか?」
「正確には、関わってた……だな。政府の中でも、上だけが知ってる。それを軍は知らねえんだ。滑稽だろ? おそらくこれは、北だけの問題じゃねえよ。麻薬は、南にも流れてる。つつけば、ほこりなんていくらでも出るさ」
「それで公国軍が、オーガステロの屋敷を捜査していたのね。ペテル・ヴギの方にも、取引の証拠が、残っているかもしれないから」
「探ってたと同時に、守ってたんだろうな」
共和国での一件は、北軍がノーディスを追って、起きたわけではなかった。たまたま衝突してしまったのだ。運が悪かったのは、相手がユーレンを知っている、ローガス少佐だったこと──
「でもよ、確実に証拠は見付かるのか?」
ギニーが再び、水を差す。彼は意外にも慎重派であり、故の指摘ではあるが、それでよく、ジャックスの機嫌を損ねさせた。
「北は……手が早えからな。とっくに棄ててるだろ。オレが動いてると気付いて、すぐに。だからこの機会に、南に頼るしかねえんだ」
「もしなかったら?」
「見付けてやるよ。あとは、ブロイエンの部隊と連中の、耐久戦だな。それで無理なら……」
そこまで答えて、ジャックスは急に言葉を切る。
──突然、入口に影が差した。
立っていたのは、ジュノーだった。
すぐに動いたのはブロイエンで、取り押さえようと掴み掛かる。彼にとって黒猫は、まだ敵であるという認識だった。
「落ち着け、ブロイエン」
「こいつ、俺たちの話を──…」
「ああ、聞いていた」
何かを決心したような顔で、ジュノーは頷いた。
ジャックスに制され、ブロイエンは相手の胸倉を離す。
「こいつ、お前に腹を刺されてから、恨んでんのさ」
からかうギニーだったが、きつく睨まれ、少し小さくなった。
思いがけない人物の登場で、場は一瞬だけ騒然としたが──ブロイエンがジュノーから距離を取ると、元の落ち着きを取り戻した。
しばらくの沈黙を破り、ジャックスが首を傾ける。
「……で、聞いたお前は、どうするって? 昔の同僚にでも、密告に行くか? うまくいけば、名誉を返されるかもな。名誉か、それとも……」
相手を試すように、言葉を続けた。
「ガキの戸籍か」
ジュノーの表情が、ぴくりと動く。そのような考えが、浮かばないわけではないが、指摘されるとは思わなかったのだ。ここにいる四人は、全員敵に違いない。そこへ乗り込んで、何を答えようとしていたのか。無意識に、深く息を吐いた。
珍しいことではなかったが、夜通し続いた降雪により、砂地には白い膜ができた。吐き出す息も白い。本格的な冬の到来だ。
「ユーレン、傷はもういいのかよ」
「あら、心配してくれるのね。もう平気よ」
室内では、暖のために火を焚いていた。
その番をしながら、ギニーはユーレンをちらりと見る。
三度の銃弾を浴び、それでも彼女は生還を果たした。皮肉にも、敵である北軍によって、高度な治療を受けたからだ。リハビリも順調であり、すっかり以前の活気を取り戻している。
「あんたも、作戦に参加すんだろ?」
「ええ」
「オレは、反対だぜ。動けるっつったって、完治とまではいかねえ」
「わたしが、そう望んだのよ。そして、認められた。意見があるのなら、ブロイエンに言ってちょうだい」
ギニーは唇を尖らせると、視線を横にずらした。
文字や記号が書かれた地図を広げ、考え込んでいたブロイエンが、それに気付いて顔を上げる。
「ジャックスに言ってくれ」
その言葉に応えたのか、入口の布をくぐり、頭領が遅れてやって来た。
「待たせたな。すげえ雪だ」
火を囲み、四人は互いに向かい合う。
南北の会談が差し迫り、すでに彼らの動きは決まっていた。ジャックスやユーレンにとっては、身体を休めるのに十分な時間だった。
今回の集合は、最終確認だ。
「取りあえず、北は大将さえ捕れれば、十分なんだがな……」
「奴が、独りになるとは思えない。人が減るとしたら、会談中か?」
目標は、南ガラハン宮殿。なぜならば、道中の警備は、これまで以上に厚いはずだからだ。彼らの脅威はレジスタンスであり、おそらく固めてくるだろう。
「いっそのこと、国に残ってる公妃を狙った方が、よかったんじゃねえの?」
組んだ脚に肘を乗せ、ギニーが口を挟む。
ブロイエンがすぐさま、首を横に振った。
「それは、最初に考えた。だが、一月前から、そいつの情報が途切れたんだ」
オルウォ妃は、国内で開かれた謝肉祭にも、姿を現さなかったようだ。国民にも説明がないまま、長く経っている。役人の間では、体調を崩したとの情報が回っているが、真意は定かではない。
そもそも、南北の会談に彼女が来るのか、まったく分からない。あくまで軍事会談であり、国のトップが会うわけではない、との話も聞く。
頭を掻いたジャックスが、口を開いた。
「計画通りに進める。表と裏に分かれて、レイゼルマン一点狙いだ」
「苦しい戦いになるな……」
「ああ……オレが一仕事終えるまで、耐えてくれよ、ブロイエン」
「なあ。お前の言ってた、南北の共通の弱みってなんだ?」
敵を大人しくさせるには、力だけでは足りない。黙らせられるほどの、弱みが必要だ。──ジャックスは以前、そう話していた。それに心当たりがある、とも。
ギニーの問いに、ブロイエンもユーレンも、ジャックスを見つめた。
当の本人は、火の点いていない煙草を指に挟み、にっと笑う。
「ペテル・ヴギとの取引さ」
「はあ? 連中が、カルテルと関わってるってのか?」
「正確には、関わってた……だな。政府の中でも、上だけが知ってる。それを軍は知らねえんだ。滑稽だろ? おそらくこれは、北だけの問題じゃねえよ。麻薬は、南にも流れてる。つつけば、ほこりなんていくらでも出るさ」
「それで公国軍が、オーガステロの屋敷を捜査していたのね。ペテル・ヴギの方にも、取引の証拠が、残っているかもしれないから」
「探ってたと同時に、守ってたんだろうな」
共和国での一件は、北軍がノーディスを追って、起きたわけではなかった。たまたま衝突してしまったのだ。運が悪かったのは、相手がユーレンを知っている、ローガス少佐だったこと──
「でもよ、確実に証拠は見付かるのか?」
ギニーが再び、水を差す。彼は意外にも慎重派であり、故の指摘ではあるが、それでよく、ジャックスの機嫌を損ねさせた。
「北は……手が早えからな。とっくに棄ててるだろ。オレが動いてると気付いて、すぐに。だからこの機会に、南に頼るしかねえんだ」
「もしなかったら?」
「見付けてやるよ。あとは、ブロイエンの部隊と連中の、耐久戦だな。それで無理なら……」
そこまで答えて、ジャックスは急に言葉を切る。
──突然、入口に影が差した。
立っていたのは、ジュノーだった。
すぐに動いたのはブロイエンで、取り押さえようと掴み掛かる。彼にとって黒猫は、まだ敵であるという認識だった。
「落ち着け、ブロイエン」
「こいつ、俺たちの話を──…」
「ああ、聞いていた」
何かを決心したような顔で、ジュノーは頷いた。
ジャックスに制され、ブロイエンは相手の胸倉を離す。
「こいつ、お前に腹を刺されてから、恨んでんのさ」
からかうギニーだったが、きつく睨まれ、少し小さくなった。
思いがけない人物の登場で、場は一瞬だけ騒然としたが──ブロイエンがジュノーから距離を取ると、元の落ち着きを取り戻した。
しばらくの沈黙を破り、ジャックスが首を傾ける。
「……で、聞いたお前は、どうするって? 昔の同僚にでも、密告に行くか? うまくいけば、名誉を返されるかもな。名誉か、それとも……」
相手を試すように、言葉を続けた。
「ガキの戸籍か」
ジュノーの表情が、ぴくりと動く。そのような考えが、浮かばないわけではないが、指摘されるとは思わなかったのだ。ここにいる四人は、全員敵に違いない。そこへ乗り込んで、何を答えようとしていたのか。無意識に、深く息を吐いた。
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