43 / 56
4.地獄に墜ちた月が掴むのは
41話
しおりを挟む
「っくそ、くそ、くそ!」
地に這いつくばり、両腕を後ろで縛られた男は、怨嗟に飲み込まれた声で悪態をつく。赤い炎の揺らめきに、血走った目がぬらぬらと照らされる。
ぎろりと獲物である月音を捕らえると、手負いの獣ごとく歯をむき出し、吠えた。
「お前のせいで、お前のせいで!」
フラッシュバックした記憶、耳の奥で幻聴が聞こえる。
祖父母だ、まるで同じ恨み言に月音は嗤いそうになった。嬉しいとは異なる、自分でも形容しがたい複雑な感傷からこぼれた。
何かが体の奥底でぎしりと軋み、悲鳴を上げた気がする。どろりと黒く侵食されるような不快感が込み上げた。
「どうせ月花に裏切られたお前に、救いはこねぇよ!」
負け惜しみとでも言うのか。
激昂に冷静さをかけた男に月音は、あえて近づいた。ずりずりと引きずって息すら触れる距離に顔を寄せれば、鼻が歪に折れ曲がった男が固まる。
明かりなどなくとも認識できる、眼前で月音は美しく微笑んだ。わざとらしくゆったりとした口調で、
「月花は、本当に私を裏切ったのですか?」
囁きは、静かなる海風に紛れず辺りに響いた。
この場にいる全ての人間が月音の問いかけに集中するのを感じる。
ああ、やはり、そうなのだ。
確信して月音は睫を震わせて、思考をまとめる。時間稼ぎに使える材料は今のところこれだけ。話を終えてしまえば、殺される。
彼らにとって月音の生死は重要ではない、死体でもおそらくかまわないのだ。
物言わぬ死体の方が管理が楽なのだから。
「気になってる点、まずあなた方が侵入時の血まみれの男について」
脳裏に焼き付く攫われる直前、暗がりでも分かった。致死量の血液を流した人間、うめき声すらあげない様子から今頃、もう。
さすがに顔まで判別がつかなかったが、侵入時で争ったならば行き着く答えはひとつだ。
「あれは、見張りの月花の人間ではありませんか」
こんなのは推理ではない。
事実の確認を男たちは静観する。
「本当に月花が裏切り、私の場所まで案内したなら、見張りを殺す必要はありません」
「……確かにな。だが、そいつが人殺しに躊躇して怖じ気づいた可能性はどうだ」
思わず吹き出しそうになった月音に、男は舌打ちをこぼす。
今更倫理観を語る資格は、この場の誰にもない。
そんな人間は組織には入らないし、もっと正義感あふれる人間ならば町から出て行っている。
「月花が私を売ったのならば、彼が怖気付いた理由がありません。まさか『子供を殺せない』と、まともなことを言って、怖じ気付くような人間なのですか?」
「……」
「ただ、あのセキュリティを突破して私のところまで来るのに手助けがなくては不可能かもしれません」
一度だけ通ったエントランスから部屋までの道のりを思い出す。
一般的なマンションとは異なり、赤いカーペットやシャンデリアで飾られており豪華で華やかさであふれていた。
マンションというよりホテルの方が似合っている。しかしそれもまた違うと思わせたのは、その強固なセキュリティであった。
指紋認証、虹彩認証、暗証番号、パスワード、鍵。堅牢なそれらは間違いなくマンションではない。
誰かを守るか、それとも収監する鳥籠のようである。月音が外に出ようと思わなかった理由の一つだ、あれでは外出は不可能。
入るにも出るにも月花泰華が必要なのである。
泰華がいれば問題ないが、ならば見張りの彼が死ぬ必要はない。親たる泰華の命令ならば小娘ひとり、喜んで捧げるはずだ。
それが出来なかったならば。考えられるのは。
「あのセキュリティ解除には月花泰華か、権限を一時的に与えられた極限られた上層部だけ」
つまり。
泰華が関与してないならば。
「月花内部――上層部の単独行動、裏切り」
一拍。
風の音すらかき消えた終わり、目の前の男は喉を鳴らす。
緩慢な動きで両手を持ち上げると、演劇が終わって演者に喝采を捧げるように拍手をした。
空気を裂く音は不快極まりなく、場違いなほど浮いていた。
男は月音を見下して、歪んだ嗤いをこぼした。
「正解だよ、汚らしいガキ」
吐き捨てられた言葉に、月音はただ黙って睨み返すしかなかった。
地に這いつくばり、両腕を後ろで縛られた男は、怨嗟に飲み込まれた声で悪態をつく。赤い炎の揺らめきに、血走った目がぬらぬらと照らされる。
ぎろりと獲物である月音を捕らえると、手負いの獣ごとく歯をむき出し、吠えた。
「お前のせいで、お前のせいで!」
フラッシュバックした記憶、耳の奥で幻聴が聞こえる。
祖父母だ、まるで同じ恨み言に月音は嗤いそうになった。嬉しいとは異なる、自分でも形容しがたい複雑な感傷からこぼれた。
何かが体の奥底でぎしりと軋み、悲鳴を上げた気がする。どろりと黒く侵食されるような不快感が込み上げた。
「どうせ月花に裏切られたお前に、救いはこねぇよ!」
負け惜しみとでも言うのか。
激昂に冷静さをかけた男に月音は、あえて近づいた。ずりずりと引きずって息すら触れる距離に顔を寄せれば、鼻が歪に折れ曲がった男が固まる。
明かりなどなくとも認識できる、眼前で月音は美しく微笑んだ。わざとらしくゆったりとした口調で、
「月花は、本当に私を裏切ったのですか?」
囁きは、静かなる海風に紛れず辺りに響いた。
この場にいる全ての人間が月音の問いかけに集中するのを感じる。
ああ、やはり、そうなのだ。
確信して月音は睫を震わせて、思考をまとめる。時間稼ぎに使える材料は今のところこれだけ。話を終えてしまえば、殺される。
彼らにとって月音の生死は重要ではない、死体でもおそらくかまわないのだ。
物言わぬ死体の方が管理が楽なのだから。
「気になってる点、まずあなた方が侵入時の血まみれの男について」
脳裏に焼き付く攫われる直前、暗がりでも分かった。致死量の血液を流した人間、うめき声すらあげない様子から今頃、もう。
さすがに顔まで判別がつかなかったが、侵入時で争ったならば行き着く答えはひとつだ。
「あれは、見張りの月花の人間ではありませんか」
こんなのは推理ではない。
事実の確認を男たちは静観する。
「本当に月花が裏切り、私の場所まで案内したなら、見張りを殺す必要はありません」
「……確かにな。だが、そいつが人殺しに躊躇して怖じ気づいた可能性はどうだ」
思わず吹き出しそうになった月音に、男は舌打ちをこぼす。
今更倫理観を語る資格は、この場の誰にもない。
そんな人間は組織には入らないし、もっと正義感あふれる人間ならば町から出て行っている。
「月花が私を売ったのならば、彼が怖気付いた理由がありません。まさか『子供を殺せない』と、まともなことを言って、怖じ気付くような人間なのですか?」
「……」
「ただ、あのセキュリティを突破して私のところまで来るのに手助けがなくては不可能かもしれません」
一度だけ通ったエントランスから部屋までの道のりを思い出す。
一般的なマンションとは異なり、赤いカーペットやシャンデリアで飾られており豪華で華やかさであふれていた。
マンションというよりホテルの方が似合っている。しかしそれもまた違うと思わせたのは、その強固なセキュリティであった。
指紋認証、虹彩認証、暗証番号、パスワード、鍵。堅牢なそれらは間違いなくマンションではない。
誰かを守るか、それとも収監する鳥籠のようである。月音が外に出ようと思わなかった理由の一つだ、あれでは外出は不可能。
入るにも出るにも月花泰華が必要なのである。
泰華がいれば問題ないが、ならば見張りの彼が死ぬ必要はない。親たる泰華の命令ならば小娘ひとり、喜んで捧げるはずだ。
それが出来なかったならば。考えられるのは。
「あのセキュリティ解除には月花泰華か、権限を一時的に与えられた極限られた上層部だけ」
つまり。
泰華が関与してないならば。
「月花内部――上層部の単独行動、裏切り」
一拍。
風の音すらかき消えた終わり、目の前の男は喉を鳴らす。
緩慢な動きで両手を持ち上げると、演劇が終わって演者に喝采を捧げるように拍手をした。
空気を裂く音は不快極まりなく、場違いなほど浮いていた。
男は月音を見下して、歪んだ嗤いをこぼした。
「正解だよ、汚らしいガキ」
吐き捨てられた言葉に、月音はただ黙って睨み返すしかなかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
織りなす楓の錦のままに
秋濃美月
キャラ文芸
※鳴田るなさんの”身分違いの二人企画”に参加しています。
期間中に連載終了させたいです。させます。
幕藩体制が倒れなかった異世界”豊葦原”の”灯京都”に住む女子高生福田萌子は
奴隷市場に、”女中”の奴隷を買いに行く。
だが、そこで脱走した外国人の男奴隷サラームの巻き起こしたトラブルに巻き込まれ
行きがかり上、彼を買ってしまう。
サラームは色々ワケアリのようで……?
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
SM女王様とパパラッチ/どキンキーな仲間達の冒険物語 Paparazzi killing demons
二市アキラ(フタツシ アキラ)
キャラ文芸
SM女王様とパパラッチ/どキンキーな仲間達の冒険物語(Paparazzi killing demons)。
霊能のある若手カメラマンと、姉御ニューハーフと彼女が所属するSMクラブの仲間達が繰り広げる悪霊退治と撮影四方山話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる