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2.すぎた幸福を噛みしめるように
25話
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鉄さびの臭気が漂う、誰も使っていない倉庫。
月明かりは入らない。
ろうそくの僅かな光源が足下に転がる男と、机の上にあるトレーに並べられた器具を照らした。
闇にのまれかけている男の歯がかちかちと不愉快に鳴る。耳障りだが、指摘してやるほど厳しい人間ではないと自負していた。
誠司は――自称、裏社会でもっとも優しい男。である。
誰も認めてはくれないが。
とりあえず話しやすいように環境を整えてやるか、と動き出そうとして。
暗闇の中で、こつこつと革靴の音が響く。
それを背後で聞いた誠司は面倒になると、大げさにため息をついた。
「首尾はどうだ?」
「……尻尾を捕まえるまで、お互い会わないようにするんじゃなかったのかよ」
「はは。今回は事情が変わったからな。家の前で薄汚いドブネズミがうろついていたら、誰だって嫌だろう?」
それも、人のものをかじる不届き者を無視するほど俺は優しくない。
赤い唇が艶を含ませた笑みをかたどる。しかし細められた瞳には鋭利で、明確な殺意の光が宿っていた。
泰華は目的のためならば、平気で人をだまして残酷な方法で人を殺す。笑顔のまま、躊躇わず残虐非道を行う。
それが誠司の知っている『月花泰華』だ。
そんな彼が、彼女にどんな顔で接しているか想像もつかない。女とはいえ容赦をしないのがこの男だ。
ルールさえ犯さなければ一般人を、町を守る。
だが敷かれた道を外れたものには。
「おっおれは、頼まれただけなんだ! たのむ、なにもしらない、言わないからッだから」
「――発言を許した覚えはないんだがなぁ」
予備動作などなく。
泰華の長い足がしなやかに振り抜かれた。
風を切る音と同時。這いつくばった男の顔面が地面にめり込み、ぼきりと折れた音と呻き声。
「どうでもいいことばかり言うなら、その喉はいらないか」
両手を後ろで縛られ身動きを封じられている男は、激痛と一気に冷えた空気に圧倒されたらしく、ぐずぐずと鼻を鳴らすにとどまっている。
誠司は隣の泰華を盗み見る。
瞳孔が開ききった、獲物をいたぶる――裏社会の上に立つものの目だ。蔑みとは違う、冷酷に冷静にゴミを排除する顔。
ずいぶんと、キレているな。
誠司はやはり面倒な事態だと、再度出そうになったため息を飲み込んで、口を挟んだ。
「まだ情報、吐ききってないから待って。そのあとの処分は月花ですればいいから」
「情報を聞くくらい、俺のところでも良かったんだが」
「だめだって。今、表だって月花に動かれるのは困る。そんなのおまえだってわかってんだろ」
ただでさえうちの連中は当主を殺しかけたのは、虎沢と月花だ、裏切りだと殺気立っている。
必死に抑えている身にもなってほしいと苦言を呈した。
泰華は逡巡の後、足を上げて一歩下がった。
さも不満そうな顔は幼い少年のようだ。これだから顔がいい人間というのはずるい。
心は鬼のくせに顔面のおかげで緩和されている。
「あーあー可哀想に。ほんっと容赦ないよなぁ泰華は。鼻が折れてるぞ、これ。ちょっとは僕の優しさを見習えよ」
「昔、誠司のとこの部下が「うちの若とあなた様は似ていらっしゃる」って言ってたぞ」
「誰だそいつ。舌抜くから名前教えろよ」
「そういうところが似てるんじゃないか」
半分冗談で軽口をたたけば、泰華は鼻で笑った。
「俺より情報聞き出すのがうまい時点で、優しくはないだろう」
彼の視線が向けられた。
うつ伏せで倒れた男の指はすべて赤く染まっている。先ほどまで施していた痕跡。
何が言いたいのか誠司には察せられない。
失礼な話だ。泰華とは違い、優しく接して喋りやすくなるようにと整えただけだというのに。
月明かりは入らない。
ろうそくの僅かな光源が足下に転がる男と、机の上にあるトレーに並べられた器具を照らした。
闇にのまれかけている男の歯がかちかちと不愉快に鳴る。耳障りだが、指摘してやるほど厳しい人間ではないと自負していた。
誠司は――自称、裏社会でもっとも優しい男。である。
誰も認めてはくれないが。
とりあえず話しやすいように環境を整えてやるか、と動き出そうとして。
暗闇の中で、こつこつと革靴の音が響く。
それを背後で聞いた誠司は面倒になると、大げさにため息をついた。
「首尾はどうだ?」
「……尻尾を捕まえるまで、お互い会わないようにするんじゃなかったのかよ」
「はは。今回は事情が変わったからな。家の前で薄汚いドブネズミがうろついていたら、誰だって嫌だろう?」
それも、人のものをかじる不届き者を無視するほど俺は優しくない。
赤い唇が艶を含ませた笑みをかたどる。しかし細められた瞳には鋭利で、明確な殺意の光が宿っていた。
泰華は目的のためならば、平気で人をだまして残酷な方法で人を殺す。笑顔のまま、躊躇わず残虐非道を行う。
それが誠司の知っている『月花泰華』だ。
そんな彼が、彼女にどんな顔で接しているか想像もつかない。女とはいえ容赦をしないのがこの男だ。
ルールさえ犯さなければ一般人を、町を守る。
だが敷かれた道を外れたものには。
「おっおれは、頼まれただけなんだ! たのむ、なにもしらない、言わないからッだから」
「――発言を許した覚えはないんだがなぁ」
予備動作などなく。
泰華の長い足がしなやかに振り抜かれた。
風を切る音と同時。這いつくばった男の顔面が地面にめり込み、ぼきりと折れた音と呻き声。
「どうでもいいことばかり言うなら、その喉はいらないか」
両手を後ろで縛られ身動きを封じられている男は、激痛と一気に冷えた空気に圧倒されたらしく、ぐずぐずと鼻を鳴らすにとどまっている。
誠司は隣の泰華を盗み見る。
瞳孔が開ききった、獲物をいたぶる――裏社会の上に立つものの目だ。蔑みとは違う、冷酷に冷静にゴミを排除する顔。
ずいぶんと、キレているな。
誠司はやはり面倒な事態だと、再度出そうになったため息を飲み込んで、口を挟んだ。
「まだ情報、吐ききってないから待って。そのあとの処分は月花ですればいいから」
「情報を聞くくらい、俺のところでも良かったんだが」
「だめだって。今、表だって月花に動かれるのは困る。そんなのおまえだってわかってんだろ」
ただでさえうちの連中は当主を殺しかけたのは、虎沢と月花だ、裏切りだと殺気立っている。
必死に抑えている身にもなってほしいと苦言を呈した。
泰華は逡巡の後、足を上げて一歩下がった。
さも不満そうな顔は幼い少年のようだ。これだから顔がいい人間というのはずるい。
心は鬼のくせに顔面のおかげで緩和されている。
「あーあー可哀想に。ほんっと容赦ないよなぁ泰華は。鼻が折れてるぞ、これ。ちょっとは僕の優しさを見習えよ」
「昔、誠司のとこの部下が「うちの若とあなた様は似ていらっしゃる」って言ってたぞ」
「誰だそいつ。舌抜くから名前教えろよ」
「そういうところが似てるんじゃないか」
半分冗談で軽口をたたけば、泰華は鼻で笑った。
「俺より情報聞き出すのがうまい時点で、優しくはないだろう」
彼の視線が向けられた。
うつ伏せで倒れた男の指はすべて赤く染まっている。先ほどまで施していた痕跡。
何が言いたいのか誠司には察せられない。
失礼な話だ。泰華とは違い、優しく接して喋りやすくなるようにと整えただけだというのに。
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