10 / 56
1.死を纏う毒華と、生に縋り付く月
8話
しおりを挟む彼は微笑みを崩さず、別の話題へと移行した。
「そんなに生きたいのならば、しばらくはここにいろ。全てに片がつくまで」
「な、に」
重い身体を引きずり、かすれた声をぶつける。
猛獣が獲物を捉えた鋭利な輝きが、彼の瞳に灯る。
ぞくりと寒気が走り、心臓が痛いほど脈打った。
「俺が解決するまで、ここにいたら安全だ」
「……それは」
助かる。
彼は彼のすべきことのために、秩序を乱す虎沢秀喜を捕まえるのが目的。
だが月音はまだ信用しきれず、じわりと心を侵食する疑いを吐露した。
「あなたがあの男に用事があるのは理解しました。しかしそれは、私を助ける理由にはならない。……一般人が襲われるのは、この町では日常茶飯でしょう」
虎沢秀喜の餌食になろうと、奴さえ捕まえれば彼にとって問題ないはずだ。月音を囲うなどお荷物だ。
一般人を守るのは彼らの義務というのは少し違う。
彼らは、自分たちのルールを犯す反逆者を排除するのが義務だ。
「私の死は関係はない。重要なのは捕まえることだから」
「……きみは、案外頭がいいな。そうだ、一般人に手を出すなというルールを破った人間に制裁するのが大切であり、はっきり言えば、その過程で一般人が死のうが関係はない。大事なのはルールを守るのであって一般人を守るのではないからな」
「なら」
ならば、何故。月音を匿うのか。
「言っただろう、きみが欲しいと」
「どうして」
「好きだからだが」
月音は目を丸くした。時間が止まる錯覚に陥ってしばらく。
「な、に」
乾いた唇を動かすも、こぼれたのは意味もない言葉だけだ。
真っ白になる頭を無理矢理動かして、じっと彼の真意を読み取ろうと探る。
だが泰華は穏やかな底知れぬ微笑みをたたえるのみであった。
言葉通りに受け取るには抵抗がある。
さきほど出会ったばかりで、厄介を持ち寄る女に好印象を抱くなど。月音には想像もできない。むしろ面倒で悪印象だろうに。
訝しむ月音を心底楽しそうに見る泰華に、嗜虐的な色が浮かぶ。
猫がネズミと遊ぶような、無邪気で残酷な愉悦。
「庇護下にいれば、必ず助ける。命を救おう――さぁ、人生は選択の連続だ。きみはどうする」
出会いと同じく、芝居かかった動作で手を差し伸べる。
あくまで月音が歩み寄るのを待つ姿勢は、紳士的にも見えた。
正反対に惑う姿を見下して楽しむようにも。
彼は。羽無町を支配する二大組織の内ひとつ、月花の頭領だ。
泰華を頼るというのは、暗く煌びやかで、血生臭い道に踏み込むということ。
今更だが、月音はまだ勇気が出なかった。
――ひとを、殺す覚悟はあるくせに。
本当に後戻りできない考えなのに、我ながら笑えると自嘲をこぼした。
泰華が、もし追っ手の仲間だったら。
不安は消えない。
それでも、残されたのはひとつ。最初から決まっている。
選べ、というが、そんな気はさらさらないのだろう。
結果をわかった上で、高みの見物――ずいぶんと高尚な趣味だ。
「どうぞ、よろしくおねがします」
既に表情を作るのさえ億劫だ。
鉛のように重いのを隠して、綺麗に口角をつり上げた。
手を握れば、泰華は満足そうに月音の髪を撫でた。
「この腐った世界の歩きかたを教えよう。矛盾だらけで、かわいいきみを愛しているよ」
からん、とナイフが地面に落ちた。
泰華は月音の膝裏に腕を回して、ひょいっと軽々と抱き上げる。重さを感じない足取りで、隣の部屋に入った。怪我の痛みすら見せない、完璧な微笑みのままで。
恭しくベッドの上に寝かせると、丁寧に掛け布団をかぶせた。
久しぶりの寝床、痛みが麻痺して疲れがどっと押し寄せる。
食事も睡眠もままならず、手酷い暴行。身体はとっくの昔に限界を迎えていた。
それでもすり減らした精神と気合いで立っていたのだ。
月音はそれでも彼を見上げて「あの」と唇を噛む。
眠るわけには、彼を信用していいか、まだ。
「今必要なのは休息だ。ここにいるかぎり、俺がきみを守る」
さぁ――おやすみ。
寝かしつける声。
ふわりとベッドから、ラベンダーの甘い匂いがして眠気を誘う。月音は彼の腕を掴むが、無駄だと嘲笑うように視界はぼやけていく。
やがて意識は闇へと沈んでいった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
織りなす楓の錦のままに
秋濃美月
キャラ文芸
※鳴田るなさんの”身分違いの二人企画”に参加しています。
期間中に連載終了させたいです。させます。
幕藩体制が倒れなかった異世界”豊葦原”の”灯京都”に住む女子高生福田萌子は
奴隷市場に、”女中”の奴隷を買いに行く。
だが、そこで脱走した外国人の男奴隷サラームの巻き起こしたトラブルに巻き込まれ
行きがかり上、彼を買ってしまう。
サラームは色々ワケアリのようで……?
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる