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2 ルチアーノ

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レイラと『私』は似ているようでやはり少し違った。
かわいいと思うものも、憧れるものも共通するが、微妙な部分で差異がある。


それは例えば、食の好み。

『私』は偏食ぎみで嫌いなものも多かったが、レイラは貴族ゆえか、苦手なものはあれど食べられないほど嫌いなものはほぼない。

一方で『私』はスイーツに目がなかったのに、レイラはそこまで執着がない。
それはこの世界のデザート状況がまだ発展途上だということも理由のひとつだろう。


あとは、人の好み。

『私』は穏やかで優しい人が好きだった。
言い換えればそれは優柔不断なダメ男というやつで、色白で細身の儚げな(それでいてワガママだったり、他に女がいたりする)相手に、貢いだり養ったり…していた。うん、していた。


だけどレイラは違うのだ。



「婚約者、ですか?」

「そう。以前から話に上がっていたサルヴァティーニ公爵の御令息と話がまとまったよ」

父に呼び出され、婚約者の話を聞いたレイラは「そうですか」と頷いた。


サルヴァティーニ公爵は王宮で宰相を勤めており、大臣であるレイラの父・モンタールド侯爵とは古い付き合いになる。

父たちが互いの子供を薦め合っているのは聞いていた。


サルヴァティーニ家は王族の縁戚でもあり、御子息と第一王子殿下は乳兄弟で、いまも交流が深いという。
モンタールド家としては文句のつけようがない。
一方、サルヴァティーニ家側としても、将来いらぬ火種が起きぬよう(つまり乳兄弟間で恋愛バトルなど起きぬよう)、息子には早々に婚約者をあてがってしまおうと考えたらしい。
血筋も確かなモンタールド家の娘ならば申し分ないとレイラに白羽の矢が立てられた。


サルヴァティーニ公爵とモンタールド侯爵が愉快な飲み仲間であることも、この縁談を大きく後押ししていた。むしろ酒の席で決められた話かもしれない。

完全に仕組まれた婚約話だが、レイラに異存はない。

貴族に生まれた以上、結婚は家のためにすることだと理解していたし、何より両親も政略結婚だったというが、とても仲が良い。悪い話だとも思わなかった。


「二週間後、顔合わせのためサルヴァティーニ邸へ伺うからね。新しくドレスを用意しよう」


レイラは「わかりました」と素直に頷いた。



***
顔合わせの日はあっという間にやって来た。

急遽新調したドレスは少女らしい薄いピンクで、背後に大きなリボンがあしらわれている。
レイラとしてはもう少し細部までこだわってゆめかわいく仕上げたかったが、時間もなかったので割合スタンダードなドレスとなった。

それでもお抱えのドレス職人には随分驚かれたのだ。
『私』の記憶が目覚める前のレイラは、原色や光り物を好んでいたので、年嵩の彼女は「大人になられて…」と目を潤ませていた。

結果的には、婚約者との初顔合わせにふさわしい、御令嬢らしいやわらかな装いが出来上がった。


「ようこそいらっしゃいました」


サルヴァティーニ公爵邸は王宮のごく近くにあった。むしろ広大な敷地を有する王宮のほぼ隣だろう。
父を横目で見上げれば、「王宮に通じる隠し通路があるとかないとか…?」と茶目っ気たっぷりにウインクしてきたので、あるぞ。これは確実にある。


「お招きいただき誠にありがとうございます、サルヴァティーニ閣下。こちらが我が娘レイラ・モンタールドです」

「お初にお目にかかります。モンタールド侯爵が長女、レイラ・モンタールドと申します」


ドレスの裾をすこし広げて礼を取る。
サルヴァティーニ公爵はにこにこと笑みを浮かべた。


「うんうん、噂に違わぬ立派な御令嬢だ。こちらが息子のルチアーノだよ」

「ルチアーノ・サルヴァティーニです」


公爵の隣にいた少年はにこりともせず、形式だけの会釈をする。

明らかに失礼な彼の態度に、並みの令嬢ならば怒ったり嘆いたりするものだろう。現に父親たちは苦笑を浮かべている。

けれどレイラはそんなルチアーノにくぎ付けだった。


―――ル、ルチアーノ様…、かっこいい!!


重ための前下がりショートボブは、深緑とも黒とも違う微妙な色合いで、前髪の間から覗く瞳は神秘的な琥珀色。すっと通った鼻筋や細い顎も彼の冷たい美しさを引き立てている。

イケメンやべえ。リアルイケメンまじやべえ。

ぬるい優男が好みだった『私』も、ルチアーノを見ればそう言うだろう。眼福だ。


レイラの視線に気づいたのか、目があったルチアーノはじろりと不機嫌そうに睨んでくる。

父たちに促され、ソファーに向かい合わせに腰を下ろした後も彼はそっぽを向いたまま。


「ルチアーノ様の髪は不思議な色ですわね」

「…………」

「…息子の髪は天鵞絨色と言われていてね、見る角度によって少しずつ違うんだよ」

「おお、それはめずらしいね」

「………どうも」

「…そうだ侯爵、とても貴重な酒を手にいれたんだよ」

「…それはぜひ試させてほしいかな」


いけずなルチアーノの態度に早々に屈して酒に逃げる父親たち。「あとはお若い二人で」なんて丸投げされて、レイラは困り果てた。


「あの、ルチアーノ様」

「なに?」


こちらを見もせずに返事をされても…。
理由はわからないが、どうやらレイラはこの少年に好かれていないらしい。

せめてもう少し愛想よく対応してくれないかなあ。

イケメンは正義だが、これでは先が思いやられる。今回の話は受け入れてもらえないかな、と下を向いて吐息を漏らした、そのとき。

ルチアーノは突然、がったん!と音を立てて立ち上がった。


「こんな婚約話、ぼくは認めていないんだからなっ!!」


そしてそのままバタバタと応接間を飛び出して行ってしまう。


「びっ…くりしたー」

「あらー、照れちゃいましたかね?」

「うーん。不甲斐ない息子で申し訳ない」


その姿はまるで弟のトマが癇癪を起こしたときのよう。ルチアーノもまた自分と同じ9歳の子供なのだと思い至る。


「レイラ嬢もごめんね?」


公爵は何食わぬ顔でワインのボトルをテーブルに戻しているが、息子の叫び声に驚いて手を滑らし、ボトルを取り落としそうになっていたことをレイラは知っている。ちなみに先のびっくり発言は公爵のものだ。


「いえ。どうも怒らせてしまったようですが、わたくしはルチアーノ様のことを素敵な方だと、思ったので……」


公爵の目がどんどん輝いていくので、レイラは顔が熱くなった。ずるずると視線が下がる。


「おやおや!あんな息子を良いと言ってくれるなんて、レイラ嬢を手放すわけにはいかないよ!侯爵!」

「でもねぇ。大切な娘を嫁にやるんだから、きちんと大事にしてくれる子じゃないと嫌だよ、閣下」

「それはもちろんだ。息子にはよく言っておくから、どうか破談にはしないでおくれ」


結局ワインは封を切られることなく、その場はお開きとなった。


帰りの馬車の中で父はとても言葉数が少なかった。それでもレイラと目が合えばにっこりと笑みを向けられて、いったい何を考えているのかわからない。

「あのワイン、次は出してくれるかなあ?」

―――嘘だ。ワインのこと考えてた。


天鵞絨色の髪に琥珀色の瞳のクールな美少年。

ルチアーノのことを思い出していたレイラの脳裏に、またあの乙女ゲームの画がよぎる。


そういえば、緑頭のイケメンくんも金茶色の目をしていた…ような気がする。
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