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皓は言う。


「月奈ちゃんってエッチするとオンのスイッチが入りきらないよね。ずっとふわふわしてる」

「だから、それがだらしないってことでしょ?」

「違うよ、いつも以上にかわいくなっちゃうの。それで旅行先でもあんまりいちゃいちゃしなかったし、なのにやっぱりかわいいからあんまり人に見せたくなかったし」


あれ、と思った。
月奈が身を起こすと皓はばつが悪そうに目を反らす。


「…別に、オレだって朝からしたくなかったわけじゃ…」

「旅先で一歩前を歩いてたのは、お金持ち特有の亭主関白じゃなかったんだ?」

「そんな風に思ってたのっ!?」


皓がぎょっと振り返る。


「まあ、ね。正直めんどくさいな~って思ってた」


いまさら隠すのも…と思って素直に告げる。
皓は顔を両手で覆って深く息を吐いた。


「そんな時代錯誤な……あのときは旅先の人がやたら月奈ちゃんに声をかけていたから」

「たしかに『奥さんもいかがですか~』とか言われたかも。でも、社交辞令でしょ?」

「だけど月奈ちゃんいろんな人からすごい見られてたよ!オレはそれがちょっと嫌だったの」


皓は一歩前に出ることで月奈を庇っているつもりだったらしい。月奈は月奈で一歩下がったところで貞淑な妻を演じないといけないのかと思っていた。

話してみないとわからないものである。


「全然ゆっくりできなかったからリベンジしたいなって思ってたんだよ」

「いいじゃん。なら今度は温泉でしっぽりぐっぽりしよ?」

「そしたら部屋から出られないじゃん」

「温泉なくてもいいよ」

「意味ない!」


皓が楽しそうに笑い、月奈は身を乗り出してその唇にちゅっとキスを落とした。笑い声をおさめた皓が月奈の腰を引き寄せる。


「月奈ちゃん、早くここに引っ越しておいで」

「え、でも、同棲はやっぱり……」


長い指がするりと月奈のへその下辺りを撫でる。


「さっきナカに出しちゃったから妊娠してるかも」

「あ……っ!」


咄嗟に皓の顔を見上げるが、はじめに襲ったのは月奈の方だ。文句は言えない。


「だから結婚前提にいっしょに暮らそう?」

「けど……」


煮え切らない返事をする月奈に向けて、皓はやわらかく笑った。


「月奈ちゃんはオレが完璧だからいやなんだっけ。でもオレにも変な性癖あるって気づいたよ」

「………?」


彼はそのどこにも文句のつけようがない整った顔でにこりと微笑った。


「――オレ、月奈ちゃんが好きすぎるんだよね」



***
「月奈、最近彼氏とどう?」


同僚兼友人に訊ねられて、月奈は「うーん」と悩みがましい声を上げる。

あれから結局、月奈は皓の部屋に引っ越すことにした。


「楽しいよ。皓は相変わらずやさしいしかっこいいし、お互いそれぞれ好きなことしてる時間もあるし、思ったよりうまくいってる」

「おーよかったじゃん」

「たださあ」

「ん?」

「……皓のあたしに対する持ち上げ方がえげつないんだよね」


いっしょに暮らしても自然体の皓は変わらなかったが、なにより戸惑ったのは彼がどんな月奈も褒め称えてくるところだった。


「口開けて寝ててもかわいいとか言うし、部屋でのダサい姿見てもかわいいって言うし、昨日なんて家事失敗したのにかわいいって言われたからさすがに怒ったらそれもかわいいで済まされた」

「あー…想像できる」

「なんなのかな。たぶんあたしが息してるだけで褒めてくれる」


皓はきっと月奈フェチなのだ。しかも筋金入りだ。

困ったように眉を下げながら、でもどこか喜びを隠せていない月奈を見て友人はくすっと笑う。


「幸せならよかったよ。さすが王子様、ちょっと斜め上だけどちゃんと解決してくれたじゃん」


月奈はぱちと目を瞬かせ、新しいネイルが施された指先でするりと髪を耳にかけて、えへ、と照れたように微笑む。


「…ほんとだね」


退勤後、会社を出て近くのコンビニの前を過ぎる。そしていつものコーヒーショップの前でばったり皓とはち合わせた。
月奈は恋人との遭遇を喜び、友人に手を振って別れて、それから老舗百貨店に寄って小さなケーキをふたつ選んだ。いつもの地下鉄に乗って、同じ駅で降りる。

手を繋いで歩く後ろ姿はまさに幸せな恋人たちで。


「皓」

「ん?」

「ケーキ楽しみだね」

「うん、はやく帰ろうね」


にこにこしている恋人に皓もやわらかく笑った。




―――友人は、ようやく月奈が恋人との将来に前向きになってくれたとほっと胸を撫で下ろした。


「上手くおさまったみたいでよかったあ。月奈が腰ひけてたから言えなかったけど、あの彼氏、ちょっとずつ外堀埋めてきてたんだよね……」


あのビアガーデン風のお店での集まりはあからさまだった。月奈が泣いて別れたいって言っても、たぶん別れさせてもらえなかったよ、なあんて。

たしかに完璧すぎる彼氏って紙一重だ。


「あたしはしばらく恋人いらないかなー」


「ねえ」


ぽん、と軽く肩を叩かれてぴゃっとなった。慌てて振り向けば、どこかで見た覚えのある男性が笑顔で立っている。


「たしか皓の彼女の友達だよね?前に一度会ったんだけど、覚えてる?」



おわり
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