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30 学園
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―――朝。
国中の貴族の子供たちが通う中央学園に一台の馬車が到着する。
転がるように降りてきたのは、桃色の髪の可憐な少女だ。
彼女の名前はハンナ・クロフォード。
新興貴族の一人娘で、最近父親が新設の大臣に任命されたばかり。母親は病を患い、療養のため離れて暮らしている。
ハンナが馬車を降りたちょうどそのとき隣に公爵家の立派な馬車が停まった。
降りてきたのは、天鵞絨色と呼ばれ、見る角度によって黒や深い緑に変わる、めずらしい髪色をした白皙の美少年。
彼の名は、ルチアーノ・サルヴァティーニ。
宰相・サルヴァティーニ公爵の一人息子だ。
「おはよう、ハンナ。そんなに急いでどうした?」
「おはようございます、ルチアーノ様。急いでいるのなんて決まっているでしょう?」
ルチアーノ様より先にレイラの隣に座るためよ!
そのまま走り出すハンナをルチアーノも慌てて追いかけた。
「ヒールのくせに速いな!?」
「当然じゃない!!」
二人が駆け込んだのは学園のカフェテリア。
始業前でたくさんの学生たちが談笑している。
その中央にひときわ華やかな存在があった。
ラズベリー色の輝く髪を波打たせ、長くすらりとした美脚を揃えて座る完璧なプロポーションの美女。サファイアブルーの瞳がぱちりと瞬く。
「あらルチアーノ様。ハンナ。おはよう」
美しい彼女の名は、レイラ・モンタールド。
外務大臣を務めるモンタールド侯爵の娘で、自身もレイラパピヨンというブランドを持っている。そしてルチアーノの婚約者だ。
「おはようレイラ!」
ハンナは両腕をあげて駆け寄る。
いち早くレイラの隣を陣取るためだ。
けれどハンナはそのままぴたりと止まってしまった。
「…………」
「……おはよう、ハンナ嬢」
「…おはようございます、トマ様」
レイラの隣にはすでに先客があったから。
すこし跳ねたオレンジ色の髪に、レイラより薄いアクアマリンの瞳。トマ・モンタールド。レイラのひとつ下の弟だ。
「おはよう、トマ。なんかまだ慣れないな」
「おはようルチアーノ様。そう言われても、もうオレが入学してから一週間以上経つんだけど」
そう。レイラたちは上の学年に進級し、トマが入学してきた。
「あ!」
ぼんやりしている間にルチアーノが逆隣に座ってしまう。ハンナは文句を言いながらレイラの向かいに座った。
「なんだよ、今日も賑やかだな」
「レイラおはよー!」
「おはよう、レイラ」
「おはようレイラ、トマ」
そこへ新しい声がやって来る。
夜空のような紺色の髪の見目整った少年。
ツーブロックのセミロングマンバンヘアですこし粗っぽい印象だが、彼はこの国の第一王子殿下だ。アドリアン・ガルディーニ。
ルチアーノとは従兄弟でもある。
アドリアンといっしょに現れた令嬢はレイラの友人たち。
はきはきと快活で明るい、エマ・パヴァリーニ。
おっとり穏やかで優美な、イリス・マイティー。
きっちり几帳面で真面目、リーサ・アナスタージ。
彼女はレイラたちよりひとつ年上で、そしてトマの婚約者だ。
リーサが来て、トマは彼女を慈愛の微笑みで迎える。仲睦まじい様子にイリスがぷくりと頬を膨らませた。
「リーサたちが羨ましいわ。マルセル様もこっちに通っていればよかったのに」
「イリス嬢がお願いしたら、あいつはふたつ返事で飛んでくるだろうな」
アドリアンがそう言って笑う。
マルセル・ロッソは、イリスのひとつ年上の婚約者だ。金髪を短いアーミースタイルにして、よく鍛え上げられた身体はとても大きい。
それもそのはず。彼は将軍の息子で、軍人学校に通い、すでに軍の組織である衛兵団に所属している。そして婚約者のイリスには頭が上がらない。
レイラは拗ねるイリスがかわいくて堪らない。
「もうすぐ結婚式よね、楽しみだわあ」
「あら、ハンナはノア様に会えるのが楽しみなんでしょう?」
リーサがそれを言うと「もう!」とハンナは怒ったふりをする。けれどもちもちの頬がバラ色に染まっていて、レイラはそれもかわいくて仕方ない。
「ハンナはノア様に一目惚れしたんだもんね」
「ちょっとやめてよ、エマ~」
「そうそう。オレは一瞬で失恋したんだ」
アドリアンが嘆いて、場がわっと沸いた。
ノアはモンタールド侯爵家の家令の息子で、トマの侍従だ。3歳年上の彼にハンナは夢中になっている。
「もうアドリアン殿下ったら。わたしのことなんて好きでもなんでもなかったくせに…」
ハンナはむうと眉を寄せて、それからレイラと視線をあわせるとにこりと笑った。
「レイラ、ありがとうね」
「やだ、なあに?突然」
レイラが首を傾げてもハンナはにこにこと微笑むばかり。
どちらかというと、万感の思いが強すぎて伝えきれなかったというのが大きいのだが――。
「しあわせになってね」
ハンナのその言葉に答えたのはルチアーノだった。
「もちろんだよ」
レイラの手をきゅっと握って。
「……そうね」
微笑んで頷いたレイラは女神のように美しかった。
―――乙女ゲームの画の中に描かれていた、きつい印象の令嬢はもはやどこにもいない。
国中の貴族の子供たちが通う中央学園に一台の馬車が到着する。
転がるように降りてきたのは、桃色の髪の可憐な少女だ。
彼女の名前はハンナ・クロフォード。
新興貴族の一人娘で、最近父親が新設の大臣に任命されたばかり。母親は病を患い、療養のため離れて暮らしている。
ハンナが馬車を降りたちょうどそのとき隣に公爵家の立派な馬車が停まった。
降りてきたのは、天鵞絨色と呼ばれ、見る角度によって黒や深い緑に変わる、めずらしい髪色をした白皙の美少年。
彼の名は、ルチアーノ・サルヴァティーニ。
宰相・サルヴァティーニ公爵の一人息子だ。
「おはよう、ハンナ。そんなに急いでどうした?」
「おはようございます、ルチアーノ様。急いでいるのなんて決まっているでしょう?」
ルチアーノ様より先にレイラの隣に座るためよ!
そのまま走り出すハンナをルチアーノも慌てて追いかけた。
「ヒールのくせに速いな!?」
「当然じゃない!!」
二人が駆け込んだのは学園のカフェテリア。
始業前でたくさんの学生たちが談笑している。
その中央にひときわ華やかな存在があった。
ラズベリー色の輝く髪を波打たせ、長くすらりとした美脚を揃えて座る完璧なプロポーションの美女。サファイアブルーの瞳がぱちりと瞬く。
「あらルチアーノ様。ハンナ。おはよう」
美しい彼女の名は、レイラ・モンタールド。
外務大臣を務めるモンタールド侯爵の娘で、自身もレイラパピヨンというブランドを持っている。そしてルチアーノの婚約者だ。
「おはようレイラ!」
ハンナは両腕をあげて駆け寄る。
いち早くレイラの隣を陣取るためだ。
けれどハンナはそのままぴたりと止まってしまった。
「…………」
「……おはよう、ハンナ嬢」
「…おはようございます、トマ様」
レイラの隣にはすでに先客があったから。
すこし跳ねたオレンジ色の髪に、レイラより薄いアクアマリンの瞳。トマ・モンタールド。レイラのひとつ下の弟だ。
「おはよう、トマ。なんかまだ慣れないな」
「おはようルチアーノ様。そう言われても、もうオレが入学してから一週間以上経つんだけど」
そう。レイラたちは上の学年に進級し、トマが入学してきた。
「あ!」
ぼんやりしている間にルチアーノが逆隣に座ってしまう。ハンナは文句を言いながらレイラの向かいに座った。
「なんだよ、今日も賑やかだな」
「レイラおはよー!」
「おはよう、レイラ」
「おはようレイラ、トマ」
そこへ新しい声がやって来る。
夜空のような紺色の髪の見目整った少年。
ツーブロックのセミロングマンバンヘアですこし粗っぽい印象だが、彼はこの国の第一王子殿下だ。アドリアン・ガルディーニ。
ルチアーノとは従兄弟でもある。
アドリアンといっしょに現れた令嬢はレイラの友人たち。
はきはきと快活で明るい、エマ・パヴァリーニ。
おっとり穏やかで優美な、イリス・マイティー。
きっちり几帳面で真面目、リーサ・アナスタージ。
彼女はレイラたちよりひとつ年上で、そしてトマの婚約者だ。
リーサが来て、トマは彼女を慈愛の微笑みで迎える。仲睦まじい様子にイリスがぷくりと頬を膨らませた。
「リーサたちが羨ましいわ。マルセル様もこっちに通っていればよかったのに」
「イリス嬢がお願いしたら、あいつはふたつ返事で飛んでくるだろうな」
アドリアンがそう言って笑う。
マルセル・ロッソは、イリスのひとつ年上の婚約者だ。金髪を短いアーミースタイルにして、よく鍛え上げられた身体はとても大きい。
それもそのはず。彼は将軍の息子で、軍人学校に通い、すでに軍の組織である衛兵団に所属している。そして婚約者のイリスには頭が上がらない。
レイラは拗ねるイリスがかわいくて堪らない。
「もうすぐ結婚式よね、楽しみだわあ」
「あら、ハンナはノア様に会えるのが楽しみなんでしょう?」
リーサがそれを言うと「もう!」とハンナは怒ったふりをする。けれどもちもちの頬がバラ色に染まっていて、レイラはそれもかわいくて仕方ない。
「ハンナはノア様に一目惚れしたんだもんね」
「ちょっとやめてよ、エマ~」
「そうそう。オレは一瞬で失恋したんだ」
アドリアンが嘆いて、場がわっと沸いた。
ノアはモンタールド侯爵家の家令の息子で、トマの侍従だ。3歳年上の彼にハンナは夢中になっている。
「もうアドリアン殿下ったら。わたしのことなんて好きでもなんでもなかったくせに…」
ハンナはむうと眉を寄せて、それからレイラと視線をあわせるとにこりと笑った。
「レイラ、ありがとうね」
「やだ、なあに?突然」
レイラが首を傾げてもハンナはにこにこと微笑むばかり。
どちらかというと、万感の思いが強すぎて伝えきれなかったというのが大きいのだが――。
「しあわせになってね」
ハンナのその言葉に答えたのはルチアーノだった。
「もちろんだよ」
レイラの手をきゅっと握って。
「……そうね」
微笑んで頷いたレイラは女神のように美しかった。
―――乙女ゲームの画の中に描かれていた、きつい印象の令嬢はもはやどこにもいない。
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