13 / 24
13
しおりを挟む
北辰は夕方に五曜の車でいっしょに戻ってくる手筈になっていた。
そろそろかな、と居間の振り子時計を見上げる。
ちょうど聞き覚えのある車のエンジン音がしてはっとした。
―――どうしよう。どんな顔をして北辰様と会えばいいのか。
「若奥様」
足の竦んだこみつを促したのは女中の声だった。
そうだ。こみつはもう五曜に嫁いで、添島の人間になったのだ。椿のように強くなると決めたのだ。
意気込んで向かった先にいたのは五曜で。
「五曜様…!」
北辰様は?
「ただいま、こみつ」
こみつの問いを正しく受け止めた五曜はふわりと笑う。頷いて妻を抱き寄せ、答えようとしたその後ろから北辰が顔を見せる。
「うわ、熱烈だな」
「北辰様!」
「ひさしぶり、こみつ。元気そうで何よりだ」
にこりと爽やかに笑った男前はいつものように朗らかだった。ほら、北辰は変わらない。こみつははじめから相手にされていないのだ。
こみつもにこりと笑う。
「お久しぶりです。ようこそいらっしゃいました」
幼なじみ同士の気安いやり取りに五曜はぴくと背筋を震わせる。
やはり北辰のほうがいいのか、とこみつを見下ろすが彼女の様子はいつもと変わりない。それもそうだ。こみつは照れて恥じらうことも多いが、わざわざ五曜を気にかける必要はない。だって自分はまだ受け入れられていないから――。
それでもこみつと夫婦になったのは自分なのだから、と五曜は北辰を振り返った。
「北辰、さあ入ってくれ。こみつももう準備はいいかな」
「はい」
用意していた酒と食事で北辰をもてなす。
北辰は「祝いに来た側だというのに申し訳ない」と言いつつも喜んで舌鼓を打った。給仕は女中たちがこなしてくれたため、こみつも五曜と並ぶ。
そんな二人を目尻を下げて眺めて、北辰が言った。
「二人ともいい雰囲気だな」
「そんなことは……」
「おいそこで否定してやるなよ。晩餐会では避けられていたようだから、こうして二人がいっしょにいるところを見られてよかった」
こみつは言葉に詰まり、目線を落として「ごめんなさい」と謝る。
「あんな場所で祝われても困るから、あのときはあれでよかったんだよ」
「そうか?」
五曜が言って北辰はそれ以上は気にした風もなく、持ってきた大きな箱を取り出した。
「結婚祝いだ。開けてみてくれ」
「なんだろう?」
手を伸ばして受け取った五曜が箱をこみつの前に置き、「開けてみて」と微笑む。
かこんと蓋を持ち上げると、美しい塗りの漆器が揃いで一式並んでいた。
「へえ、これは見事だな」
「そうだろう?一級品だ。だがぜひ普段使いしてくれ」
褒められて自慢げな北辰がうれしそうに言う。
けれどこみつはあまりの品の良さに目を白黒させてしまった。
「こんな立派な品、本当に頂いてしまってよろしいのでしょうか」
「いいんだ!気にしないでくれ。これは俺の気持ちだ。こみつは幼い頃から知っているし、五曜も兄弟のようなものだからな」
「なるほど。おまえが弟か」
「いや、何を言う。おまえだろう」
五曜はこみつのことで北辰に対抗心を燃やすが、それ以外では仲が良い。親友と言うだけある。
「ありがとう。遠慮なく使わせていただくよ」
気楽に受け取る五曜に対して、こみつは内心不安に思った。
「ありがとうございます。置いてまいりますね」と漆器を台所へ運ぶため一度中座する。女中が驚いて追いかけてきた。
「若奥様!代わりますよ」
「とてもいいものなの。丁寧に扱ってね」
「もちろんです」
笑顔で頷く女中を見送る。
北辰はなぜあれほどの品を用意したのか。
―――わたしを五曜様に押しつけた詫びのようなもの?それとも口止め?
それにしては五曜の態度は甘く、こみつに引け目を感じているようには見えない。
五曜はたしかにこみつを好いてくれているから、彼にとって北辰との取引は渡りに船だったのだろうか。気にかける必要もないほどに。
そろそろかな、と居間の振り子時計を見上げる。
ちょうど聞き覚えのある車のエンジン音がしてはっとした。
―――どうしよう。どんな顔をして北辰様と会えばいいのか。
「若奥様」
足の竦んだこみつを促したのは女中の声だった。
そうだ。こみつはもう五曜に嫁いで、添島の人間になったのだ。椿のように強くなると決めたのだ。
意気込んで向かった先にいたのは五曜で。
「五曜様…!」
北辰様は?
「ただいま、こみつ」
こみつの問いを正しく受け止めた五曜はふわりと笑う。頷いて妻を抱き寄せ、答えようとしたその後ろから北辰が顔を見せる。
「うわ、熱烈だな」
「北辰様!」
「ひさしぶり、こみつ。元気そうで何よりだ」
にこりと爽やかに笑った男前はいつものように朗らかだった。ほら、北辰は変わらない。こみつははじめから相手にされていないのだ。
こみつもにこりと笑う。
「お久しぶりです。ようこそいらっしゃいました」
幼なじみ同士の気安いやり取りに五曜はぴくと背筋を震わせる。
やはり北辰のほうがいいのか、とこみつを見下ろすが彼女の様子はいつもと変わりない。それもそうだ。こみつは照れて恥じらうことも多いが、わざわざ五曜を気にかける必要はない。だって自分はまだ受け入れられていないから――。
それでもこみつと夫婦になったのは自分なのだから、と五曜は北辰を振り返った。
「北辰、さあ入ってくれ。こみつももう準備はいいかな」
「はい」
用意していた酒と食事で北辰をもてなす。
北辰は「祝いに来た側だというのに申し訳ない」と言いつつも喜んで舌鼓を打った。給仕は女中たちがこなしてくれたため、こみつも五曜と並ぶ。
そんな二人を目尻を下げて眺めて、北辰が言った。
「二人ともいい雰囲気だな」
「そんなことは……」
「おいそこで否定してやるなよ。晩餐会では避けられていたようだから、こうして二人がいっしょにいるところを見られてよかった」
こみつは言葉に詰まり、目線を落として「ごめんなさい」と謝る。
「あんな場所で祝われても困るから、あのときはあれでよかったんだよ」
「そうか?」
五曜が言って北辰はそれ以上は気にした風もなく、持ってきた大きな箱を取り出した。
「結婚祝いだ。開けてみてくれ」
「なんだろう?」
手を伸ばして受け取った五曜が箱をこみつの前に置き、「開けてみて」と微笑む。
かこんと蓋を持ち上げると、美しい塗りの漆器が揃いで一式並んでいた。
「へえ、これは見事だな」
「そうだろう?一級品だ。だがぜひ普段使いしてくれ」
褒められて自慢げな北辰がうれしそうに言う。
けれどこみつはあまりの品の良さに目を白黒させてしまった。
「こんな立派な品、本当に頂いてしまってよろしいのでしょうか」
「いいんだ!気にしないでくれ。これは俺の気持ちだ。こみつは幼い頃から知っているし、五曜も兄弟のようなものだからな」
「なるほど。おまえが弟か」
「いや、何を言う。おまえだろう」
五曜はこみつのことで北辰に対抗心を燃やすが、それ以外では仲が良い。親友と言うだけある。
「ありがとう。遠慮なく使わせていただくよ」
気楽に受け取る五曜に対して、こみつは内心不安に思った。
「ありがとうございます。置いてまいりますね」と漆器を台所へ運ぶため一度中座する。女中が驚いて追いかけてきた。
「若奥様!代わりますよ」
「とてもいいものなの。丁寧に扱ってね」
「もちろんです」
笑顔で頷く女中を見送る。
北辰はなぜあれほどの品を用意したのか。
―――わたしを五曜様に押しつけた詫びのようなもの?それとも口止め?
それにしては五曜の態度は甘く、こみつに引け目を感じているようには見えない。
五曜はたしかにこみつを好いてくれているから、彼にとって北辰との取引は渡りに船だったのだろうか。気にかける必要もないほどに。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
嫉妬の代償は旦那様からの蜜愛でした~王太子は一夜の恋人ごっこに本気出す~
二階堂まや
恋愛
王女オリヴィアはヴァイオリンをこよなく愛していた。しかし自身最後の音楽会で演奏中トラブルに見舞われたことにより、隣国の第三王女クラリスに敗北してしまう。
そして彼女の不躾な発言をきっかけに、オリヴィアは仕返しとしてクラリスの想い人であるランダードの王太子ヴァルタサールと結婚する。けれども、ヴァイオリンを心から楽しんで弾いていた日々が戻ることは無かった。
そんな折、ヴァルタサールはもう一度オリヴィアの演奏が聴きたいと彼女に頼み込む。どうしても気が向かないオリヴィアは、恋人同士のように一晩愛して欲しいと彼に無理難題を押し付けるが、ヴァルタサールはなんとそれを了承してしまったのだった。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法
栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。
寡黙な彼は欲望を我慢している
山吹花月
恋愛
近頃態度がそっけない彼。
夜の触れ合いも淡白になった。
彼の態度の変化に浮気を疑うが、原因は真逆だったことを打ち明けられる。
「お前が可愛すぎて、抑えられないんだ」
すれ違い破局危機からの仲直りいちゃ甘らぶえっち。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
愛されていない、はずでした~催眠ネックレスが繋ぐ愛~
高遠すばる
恋愛
騎士公爵デューク・ラドクリフの妻であるミリエルは、夫に愛されないことに悩んでいた。
初恋の相手である夫には浮気のうわさもあり、もう愛し合う夫婦になることは諦めていたミリエル。
そんなある日、デュークからネックレスを贈られる。嬉しい気持ちと戸惑う気持ちがミリエルの内を占めるが、それをつけると、夫の様子が豹変して――?
「ミリエル……かわいらしい、私のミリエル」
装着したものを愛してしまうという魔法のネックレスが、こじれた想いを繋ぎなおす溺愛ラブロマンス。お楽しみくだされば幸いです。
〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~
二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。
そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。
+性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる