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そうでなくても距離の近さに気持ちが緩んでいた。一気に全身が熱を発する。
「五曜様?」
様子の変わった五曜に顔を上げて、こみつも気づいてしまった。それぐらい近くにいたのだ。
かあっと顔を染め上げたこみつはあわあわと五曜の顔を見て、でも逃げない。だから五曜はそっと唇を寄せた。こみつは目を閉じて、受け入れた。
その夜のこみつは泣いていなかった。
―――二度目に身体を重ねてから、頑なだった何かが綻びをみせた。
相変わらず、こみつは五曜から離れたりくっついたりしつつ、夜は二人で穏やかな時間を過ごす。そばにいて、気が乗ったら身体を重ねて。そうしてお互いの体温に馴れ合ううちに、いつの間にか寄り添い合うのが当然になった。
「ん……っ」
五曜の部屋の寝台の上で、こみつが密やかなため息を漏らす。
白い肌を撫でる五曜の指先は常に優しい。
こみつが感じるところを見つけるのが上手くて、いつもとろとろにされてしまう。
「ああっ、あ……!」
こみつも五曜に慣らされ、柔軟に受け入れられるようになった。五曜の形を覚えている。奥まで満たされてぎゅうと抱きしめられるのが心地良い。
こみつからも腕を回して抱きしめ返す。
男にしては白くなめらかな肌。でもやっぱり背中は広くて大きいし、腕や肩には筋肉が漲っている。
美しい顔を伝う汗に滴る色気と、雄の気配が満ちた瞳。
これが夫か。これはいけない。
顔を寄せた五曜に唇を食むように吸われながら、ぬぷぬぷと蜜が溢れる奥を何度も擦られ、こみつは溺れて窒息してしまうような錯覚を味わった。陥落してしまう。落ちる吐息まで甘い。
これはだめだ。もしやとんでもない男を相手にしていたのでは、なんて気づいても後の祭り。
***
「とろけた顔しちゃって、みっともないわね」
「母さんが起きてこない日の朝の父さんもこんな感じですよ」
朝食の席で息子にとんでもない報復を受けた椿は、コーヒーを噴き出しそうになった。げほごほと噎せながら睨むが、浮かれた様子の五曜は気にも留めていない。
今朝もこみつの姿はない。
相変わらず朝は遅めのこみつだが、朝食の席にも出てこれないほど寝坊しているのはこの男のせいだ。息子夫婦が円満で喜ぶべきか否か。椿は「はあ」とため息をついた。
「五曜、そろそろ向こうの屋敷に戻りなさいな」
「よろしいのですか!?」
五曜はぱあっと顔を明るくさせる。
それだけで花が飛ぶように華やかになるのだから、美しいというのは得である。もっとも添島の本邸では見慣れすぎてしまって効果がない。
「こみつちゃんも五曜に馴染んできたみたいだし、いいんじゃないかしら?使用人たちも一部入れ替えたし、あとはあなたたち次第でしょう」
五曜の美貌につられてついて行った女中たちは、ほとんどが添島の他の屋敷に飛ばされた。皆若く五曜に憧れていたとはいえ、若奥様に取って代わろうなんて厚顔無恥ではなかった。ただ報われない若様を応援したい一心だったのだ。それが夫婦仲を冷えさせる原因になるとは思いもせず。いまは全員がきちんと反省してる。
とはいえ、椿を怒らせた報いは相応のものを支払ってもらうけれど。
「あの子達も愚かだったけれど、こみつちゃんも逃げちゃってたの。でも何よりは五曜、あなたよね。婚約期間も設けず、お嫁さんの人柄も知らせないうちに家に入れるからこんなことになるのよ」
椿は厳しく伝える。
添島の本家で椿と親しく過ごしたこみつは、いまでこそ使用人たちと交流を取れているが、以前は違った。慣れない他家の屋敷で心細かっただろうに、夫はやさしいばかりで頼りない。信用に値しないのも無理はなかった。
「申し訳ございません。以後注意します」
「次があったらどうかと思うわ」
ぺこりと頭を下げる五曜だが、またこみつと新婚生活に戻れるとあって、緩んだ顔を隠しきれていない。まったくと椿は呆れる。
「それにしてもあなた、どうしてそんなにこみつちゃんとの結婚を急いだわけ?」
「そんなのこみつがとってもかわいいからに決まってるじゃありませんか」
何を言っているんですか、母さん。と五曜は宣った。
―――以前の屋敷に戻ることになった、と伝えると、こみつは椿との別れを惜しんで泣いた。「行きたくない」とまで言われて五曜の胸にぐさりと矢が刺さる。
「わたしもそちらに行くから、こみつちゃんもぜひまた来てね。まだいっしょにやりたいことがたくさんあるのよ」
「もちろんです!絶対!!」
こみつは椿にぎゅうぎゅう抱きついて頷いた。
ちょっと仲良くなりすぎじゃないか、と五曜は内心拗ねながら、なんとかこみつを車に乗せる。
「また来ますね!」
「長いことお邪魔してごめんね。じゃあ母さん、父さんにもよろしく」
「椿さあん!またね――!!」
車の窓から身を乗り出していつまでも手を振るこみつと、そんな妻を実家から引き離そうとそそくさ慌てる五曜。椿はそんな息子夫婦を笑って送り出した。
「五曜様?」
様子の変わった五曜に顔を上げて、こみつも気づいてしまった。それぐらい近くにいたのだ。
かあっと顔を染め上げたこみつはあわあわと五曜の顔を見て、でも逃げない。だから五曜はそっと唇を寄せた。こみつは目を閉じて、受け入れた。
その夜のこみつは泣いていなかった。
―――二度目に身体を重ねてから、頑なだった何かが綻びをみせた。
相変わらず、こみつは五曜から離れたりくっついたりしつつ、夜は二人で穏やかな時間を過ごす。そばにいて、気が乗ったら身体を重ねて。そうしてお互いの体温に馴れ合ううちに、いつの間にか寄り添い合うのが当然になった。
「ん……っ」
五曜の部屋の寝台の上で、こみつが密やかなため息を漏らす。
白い肌を撫でる五曜の指先は常に優しい。
こみつが感じるところを見つけるのが上手くて、いつもとろとろにされてしまう。
「ああっ、あ……!」
こみつも五曜に慣らされ、柔軟に受け入れられるようになった。五曜の形を覚えている。奥まで満たされてぎゅうと抱きしめられるのが心地良い。
こみつからも腕を回して抱きしめ返す。
男にしては白くなめらかな肌。でもやっぱり背中は広くて大きいし、腕や肩には筋肉が漲っている。
美しい顔を伝う汗に滴る色気と、雄の気配が満ちた瞳。
これが夫か。これはいけない。
顔を寄せた五曜に唇を食むように吸われながら、ぬぷぬぷと蜜が溢れる奥を何度も擦られ、こみつは溺れて窒息してしまうような錯覚を味わった。陥落してしまう。落ちる吐息まで甘い。
これはだめだ。もしやとんでもない男を相手にしていたのでは、なんて気づいても後の祭り。
***
「とろけた顔しちゃって、みっともないわね」
「母さんが起きてこない日の朝の父さんもこんな感じですよ」
朝食の席で息子にとんでもない報復を受けた椿は、コーヒーを噴き出しそうになった。げほごほと噎せながら睨むが、浮かれた様子の五曜は気にも留めていない。
今朝もこみつの姿はない。
相変わらず朝は遅めのこみつだが、朝食の席にも出てこれないほど寝坊しているのはこの男のせいだ。息子夫婦が円満で喜ぶべきか否か。椿は「はあ」とため息をついた。
「五曜、そろそろ向こうの屋敷に戻りなさいな」
「よろしいのですか!?」
五曜はぱあっと顔を明るくさせる。
それだけで花が飛ぶように華やかになるのだから、美しいというのは得である。もっとも添島の本邸では見慣れすぎてしまって効果がない。
「こみつちゃんも五曜に馴染んできたみたいだし、いいんじゃないかしら?使用人たちも一部入れ替えたし、あとはあなたたち次第でしょう」
五曜の美貌につられてついて行った女中たちは、ほとんどが添島の他の屋敷に飛ばされた。皆若く五曜に憧れていたとはいえ、若奥様に取って代わろうなんて厚顔無恥ではなかった。ただ報われない若様を応援したい一心だったのだ。それが夫婦仲を冷えさせる原因になるとは思いもせず。いまは全員がきちんと反省してる。
とはいえ、椿を怒らせた報いは相応のものを支払ってもらうけれど。
「あの子達も愚かだったけれど、こみつちゃんも逃げちゃってたの。でも何よりは五曜、あなたよね。婚約期間も設けず、お嫁さんの人柄も知らせないうちに家に入れるからこんなことになるのよ」
椿は厳しく伝える。
添島の本家で椿と親しく過ごしたこみつは、いまでこそ使用人たちと交流を取れているが、以前は違った。慣れない他家の屋敷で心細かっただろうに、夫はやさしいばかりで頼りない。信用に値しないのも無理はなかった。
「申し訳ございません。以後注意します」
「次があったらどうかと思うわ」
ぺこりと頭を下げる五曜だが、またこみつと新婚生活に戻れるとあって、緩んだ顔を隠しきれていない。まったくと椿は呆れる。
「それにしてもあなた、どうしてそんなにこみつちゃんとの結婚を急いだわけ?」
「そんなのこみつがとってもかわいいからに決まってるじゃありませんか」
何を言っているんですか、母さん。と五曜は宣った。
―――以前の屋敷に戻ることになった、と伝えると、こみつは椿との別れを惜しんで泣いた。「行きたくない」とまで言われて五曜の胸にぐさりと矢が刺さる。
「わたしもそちらに行くから、こみつちゃんもぜひまた来てね。まだいっしょにやりたいことがたくさんあるのよ」
「もちろんです!絶対!!」
こみつは椿にぎゅうぎゅう抱きついて頷いた。
ちょっと仲良くなりすぎじゃないか、と五曜は内心拗ねながら、なんとかこみつを車に乗せる。
「また来ますね!」
「長いことお邪魔してごめんね。じゃあ母さん、父さんにもよろしく」
「椿さあん!またね――!!」
車の窓から身を乗り出していつまでも手を振るこみつと、そんな妻を実家から引き離そうとそそくさ慌てる五曜。椿はそんな息子夫婦を笑って送り出した。
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