悪役令嬢は悪徳商人に嫁ぎました（R18）

悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

27 メル

―――メイヴェルはバーネット侯爵家の長女だ。

白金色の髪に透き通るアイスブルーの瞳。
彼女は妖精のように美しく、そして優しい笑顔は大変愛らしかった。


バーネット侯爵家は古くから王家に仕え、父もまた歴代の当主同様『国王の忠実なる臣下』という称号を賜っている。

母は女騎士家系のクインシー伯爵家の出身で、妹のコリーンも女騎士に憧れている。そのためメイヴェルも自然と将来は婿を取り、自分がバーネット侯爵家を継ぐのだと考えていた。


物静かなメイヴェルに、穏やかな父と溌剌とした母、活発な妹。家族仲は良好で、見目麗しい家族として貴族の間でも有名だった。

メイヴェルの結婚相手としては、同位貴族か侯爵家にふさわしい地位を持つ者がいいだろうと進言されてきた。


そんなとき。


「わたくしに婚約申込み、ですか？」

「是非にとお望みらしい、メイヴェル」


バーネット侯爵が楽しそうに笑っている。

王宮の奥には亡き王弟が手掛けていた見事な花園があって、メイヴェルが父について王宮に行ったとき、その花園に迷い込んでしまったことがあった。


「どうやらお前に一目惚れだったようだよ」


メイヴェルはまさかと胸を熱くさせる。

あの花園で偶然邂逅した少年がいた。
メイヴェルより年上で、やんちゃそうな顔をした黒髪の――。


「辺境伯なら家柄も申し分ないし、向こうは三男だからこちらへの婿入りも了承している。私としては異存ない縁談だが、メイヴェルはどうかな？」


受けてしまっていいか？と問われ、メイヴェルは真っ赤な顔でこくこくと縦に頷いた。


顔合わせは王都で行われた。

二人は互いの顔を見るや、ふらふらと引き寄せられるように近づいて、ヴィンセントがメイヴェルの両手を握ると揃って満面の笑みが弾けた。


「二度目まして、ご令嬢。ヴィンセント・レアードです」

「メイヴェル・バーネットと申します。これからよろしくお願い致します、ヴィンセント様」

「ヴィンスがいいな、みんなそう呼ぶから」

「ヴィ、ヴィンス？」

「うんそう。メイヴェルはなんだろう、いつも呼ばれている愛称はある？」

「いいえ、わたくしは普段からメイヴェルと」

「んーじゃあメルだな。メル。うん、かわいい」


ヴィンセントは年上だが三男のせいか、とても甘え上手だった。メイヴェルもうれしくなって笑みが溢れる。


「生意気坊主がすっかり骨抜きだな」

「いえいえ、うちの娘も彼に夢中ですよ」

レアード辺境伯とバーネット侯爵は旧知の仲だ。縁付いた子供たちをあたたかく見守る。

メイヴェルは8歳、ヴィンセントは12歳だった。


二人の婚約が成立し、バーネット家への婿入りが内定すると、ヴィンセントには侯爵家当主のための教育が命じられた。
同時に、まだ過去の内乱から復興しきれていないレアードを助けるため、彼は幼馴染みのラニーとジャレットと共に小さな商会を興した。

頻繁に王都と南の辺境領を行き来するヴィンセントは、業を煮やして、最短ルートの開拓に着手するようになる。それは結果的にレアードの景気と国内の物流環境を大きく前進させた。


メイヴェルの妹・コリーンの夢は女騎士だ。
義理の兄の伝手を借りて、レアードの現役軍人との繋がりができた彼女は大層喜ぶ。クインシー伯爵家への養女の話も滞りなく進んだ。

バーネット家とレアード家が縁戚関係となることで、クインシー家も含め、少しずつ宮中の権力バランスが変わっていく。
そしてついに西の伯爵が議会に戻ると、天秤は大きく傾き、過去の有力貴族たちの待遇が是正された。王宮が変わる。王国が変わる。


ヴィンセントは15歳から三年間、隣国に留学した。

どんどん大人になっていくヴィンセントは眩しくて、けれどメイヴェルが寂しく思うことはなかった。彼はいつもメイヴェルを愛で包んでくれる。


「はじめて会ったとき、オレは王弟殿下の花園で花を抜いてしまっていたんだけど」

「ヴィンス、そんなことをしていたの！？」

「あはは！ごめんごめん、怒らないで。それでさ、抜いた花を育てようとしたけど、うまくいかなくて。結局枯らしてしまったんだ」

「まあ…」

「でもほら」

そう言って、白い星形の花が植えられた小さな鉢を差し出す。

「さる高貴な方から譲ってもらったんだ。あ、今度は勝手に抜いてなんかないからな！？」


どんどん色っぽくなるヴィンセントが、少年のままの表情で言う。それがかわいくて愛おしくて、メイヴェルもふふっと笑う。

洗練された令嬢の氷菓子のような甘い笑顔にヴィンセントも見惚れた。ちゅっとその額に口づける。

「かわいい、メル。大好きだ」


メイヴェルは14歳、ヴィンセントは18歳になった。


妖精のように美しい侯爵令嬢は年々麗しさを増す。
細身過ぎるところはあるが、彼女は割と背が高く、すっと背筋を伸ばして立てば凛として気安く声などかけられない。

そんな彼女が婚約者と一緒にいるときは心底幸せそうに微笑むのだ。

彼女の婚約者も、野心家で体格もよく、普段は威圧的な雰囲気を放っているのに、伴侶の前にくるととろりと甘くなる。
バーネット侯爵令嬢とその婚約者の間には誰も入り込めない。それはもはや社交界の常識だった。


王都の学園に通うメイヴェルが最終学年のとき、ジュリアスが新入生として入学した。

「ご入学おめでとうございます、殿下」

「ああ、ありがとう」

侯爵令嬢と第一王子は儀礼的な挨拶を交わして、それだけ。結ばれない縁はすぐにほどけていく。


メイヴェルが学園を卒業した後、二人は満を持して結婚する。
精悍な花婿に麗しい花嫁。その一対はまるで絵画のように美しく、式に参列した者は『夢のようだ』と声を揃えた。


メイヴェルは19歳、ヴィンセントは23歳となっていた――。



＊＊＊
夢から目覚めたメイヴィスは涙に濡れていた。

あったかもしれない未来。手に入れていたかもしれない幸せ。あまりにも現実味のある夢だったため、メイヴィスは喜びと失望感の間で混乱した。


「メル！？どうした？」


寝室に入ってきたヴィンセントが泣き濡れるメイヴィスに驚いて飛んでくる。


「ヴィンス……夢を見たの、あのね」


両手をそれぞれ大きな手にぎゅっと握られて、メイヴィスはほうと息を吐いた。


―――そして、はっと気付く。


「ねえヴィンセント。あなた、結婚式を挙げたときいくつだった…？」

「いきなりどうした？オレは23でメルは19歳だった、そうだろう？」

「ええそう、そうだわ……」


握りしめたヴィンセントの手に額を押し当ててメイヴィスは笑う。


メイヴィスは20歳、ヴィンセントは24歳。

運命は巡り、新しい道を進んでいることに気付く。