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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる
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「ぷぎゃあ」
生まれたばかりの赤子が泣いて、軍総司令が飛んで走っていく。
国主の側には夫人がおり、幼い二人の子供の手をしっかと握っている。いまにもどこかに走っていきそうな男の子と、来賓客にも動じずにこにこしている女の子。
そして黒い宰相の隣には妖精のように美しい奥方が控えていた。
白金色の美しい髪はさらりと揺れて白いうなじを晒し、透き通る青い瞳は氷菓子のように甘く傍らの夫を見上げる。寄り添う二人の間には蜜のような色香が漂う。
周囲がその仲睦まじさを冷やかしても、夫の方は「一目惚れだったもので」と衒いもなく答え、妻の方は甘やかに微笑むばかり。
レスターはその様を息をひそめて見つめていた。
やがてかつんと淑女のヒールがこちらを向き、意を決して声をかける。
「この度はご就任おめでとうございます」
「ありがとうございます。バーネット卿もご壮健でなによりです」
ヴィンセントはレスターに向けて頭を下げる。
「その際はご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。数々の無礼をお詫び致します」
「いや」とレスターは首を横に振る。
「幸せそうな君たちが見れただけで安心だよ」
そしてメイヴィスに顔を向けると、彼女はにこりと微笑んだ。
「はじめまして、バーネット侯爵。ご祝福いただき感謝致します」
「ああ…こちらこそありがとう」
「復権されたんですね」
レスターは少し俯いてから「そうだ」と頷く。
「陛下の恩情でね、いま王国は正念場だからと」
国王と第一王子が倒れて、王宮は西の伯爵に預けていた第二王子を呼び寄せた。レスターは手放したはずの爵位と称号を戻された。
王家を謀ったとして議会は総解散。
宮廷貴族は一新され、過去の第二王子派が戻った。彼らのおかげでレアードは穏便に建国を果たし、レアード独立に反対していた層が総じて失脚したため、国内の分断を免れた。
旧宮廷貴族の横暴を知った民からも反論は少なかった。そもそもレアード商会は庶民と共存しており、東の騎士団の愚行を止めたレアード軍は一躍人気者だ。
『ここまで計算のうちだったのなら、レアードは大変恐ろしいですな』
西の伯爵はそう笑ったが、レスターはとても冗談には聞こえなかった。
レアードの獣たちはずっと静かに爪を研ぎながら、虎視眈々と機会を窺っていたに違いない。
もしや娘を手に入れることすら策のひとつだったなら…と疑ったが、当人たちを見てそんな疑惑はすぐ消えた。
メイヴェルが笑っている。それだけでレスターには充分だった。
「…辛いことばかり押しつけてしまい、すまなかった」
頭を下げるレスターを見て、メイヴィスはきょとんと目を瞬かせる。
「どなたかとお間違いではないですか?」
けれど、あえて言うなら。
「――大好きですわ、お父様」
レスターはぐっと息を飲み、「ありがとう」と深く礼をして足早に立ち去った。
そして人の少ない場所で顔を覆い。
「…すまない、メイヴェル。愛してる」
涙に濡れた懺悔をする。
「王様にもう一人王子がいたなんて…」
「ああ、10歳のな」
「そうそれ、何度聞いてもびっくりだわ」
メイヴィスは頬に手を当てて溜息をついた。
メイヴェルが第一王子の婚約者となってほどなく第二王子が生まれていたのだ。そんなことはまったく、露ほども知らなかった。
「王の落し胤は秘匿されていたんだ。宮廷関係者の誰も知らなかった。それこそバーネット卿すらね。王は余計な争いは起こしたくないと、認知はしても、継承権を授けるつもりはなかったようだから」
第二王子は王宮で帝王学を学びはじめた。
ずっと一緒に過ごしていた西の伯爵が後見人として近くにいるというから安心だ。
「第一王子も議会も馬鹿なことをしたものだ、欲をかかなければ表に出ることはなかった王子なのに。…おっと、噂をすれば」
公国の建立を祝うため、国王の代理として南の海沿いの地までやって来た第一王子が姿を見せた。
ヴィンセントはメイヴィスを促して背中を向けるけれど、ジュリアスは目ざとく二人の姿に気付く。
「レアード卿、いや宰相殿、待ってくれ」
「これはジュリアス殿下。お久しぶりです」
ヴィンセントはさりげなくメイヴィスを背中に隠す。大きな身体の後ろからそっと覗いたジュリアス王子はずいぶんやつれていた。
無理もない。
国王陛下は毒に伏し、第一王子は凶刃に倒れたという。予想だにしない惨事だった。
だが、幸いにしてどちらも命に別状はなかった。
王はすぐに気付き、服毒の量が少なかったことから。王子は使われた刃物が小さく、傷が深部まで達しなかったから。
「大変でしたね、もう御身は大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
しかしその顔に覇気はない。
好いた女に刃を突き立てられた衝撃はそうそう忘れられるものでもないだろう。
第一王子に刃を向けた男爵令嬢はすぐに捕らえられ幽閉された。
原因は痴情の縺れであり、恋人というが正式な婚約者でもない。この件はどちらにとっても醜聞となってしまった。
さらに第二王子の存在が露見したことで、磐石だったジュリアスの立場は大きく揺らいだ。
国王は第二王子を次期王に指名するともっぱらの噂だ。第一王子はいつか王となるかもしれないが、それは第二王子が成長するまでの中継ぎの王だと目されている。
メイヴェルのあの10年は何だったのか――。
メイヴィスは溜息をつく。と、ジュリアスがヴィンセントの背後に気付いた。
「おや、そこにいるのはもしや奥方か?」
「いえ――」
メイヴィスを庇おうとするヴィンセントを制して、するりとその影から滑り出た。
「お初にお目にかかります、殿下」
ジュリアスは鋭く息を飲む。
麗しく微笑み、完璧な礼を取るその淑女は。
「メイ、ヴェル嬢……?」
生まれたばかりの赤子が泣いて、軍総司令が飛んで走っていく。
国主の側には夫人がおり、幼い二人の子供の手をしっかと握っている。いまにもどこかに走っていきそうな男の子と、来賓客にも動じずにこにこしている女の子。
そして黒い宰相の隣には妖精のように美しい奥方が控えていた。
白金色の美しい髪はさらりと揺れて白いうなじを晒し、透き通る青い瞳は氷菓子のように甘く傍らの夫を見上げる。寄り添う二人の間には蜜のような色香が漂う。
周囲がその仲睦まじさを冷やかしても、夫の方は「一目惚れだったもので」と衒いもなく答え、妻の方は甘やかに微笑むばかり。
レスターはその様を息をひそめて見つめていた。
やがてかつんと淑女のヒールがこちらを向き、意を決して声をかける。
「この度はご就任おめでとうございます」
「ありがとうございます。バーネット卿もご壮健でなによりです」
ヴィンセントはレスターに向けて頭を下げる。
「その際はご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。数々の無礼をお詫び致します」
「いや」とレスターは首を横に振る。
「幸せそうな君たちが見れただけで安心だよ」
そしてメイヴィスに顔を向けると、彼女はにこりと微笑んだ。
「はじめまして、バーネット侯爵。ご祝福いただき感謝致します」
「ああ…こちらこそありがとう」
「復権されたんですね」
レスターは少し俯いてから「そうだ」と頷く。
「陛下の恩情でね、いま王国は正念場だからと」
国王と第一王子が倒れて、王宮は西の伯爵に預けていた第二王子を呼び寄せた。レスターは手放したはずの爵位と称号を戻された。
王家を謀ったとして議会は総解散。
宮廷貴族は一新され、過去の第二王子派が戻った。彼らのおかげでレアードは穏便に建国を果たし、レアード独立に反対していた層が総じて失脚したため、国内の分断を免れた。
旧宮廷貴族の横暴を知った民からも反論は少なかった。そもそもレアード商会は庶民と共存しており、東の騎士団の愚行を止めたレアード軍は一躍人気者だ。
『ここまで計算のうちだったのなら、レアードは大変恐ろしいですな』
西の伯爵はそう笑ったが、レスターはとても冗談には聞こえなかった。
レアードの獣たちはずっと静かに爪を研ぎながら、虎視眈々と機会を窺っていたに違いない。
もしや娘を手に入れることすら策のひとつだったなら…と疑ったが、当人たちを見てそんな疑惑はすぐ消えた。
メイヴェルが笑っている。それだけでレスターには充分だった。
「…辛いことばかり押しつけてしまい、すまなかった」
頭を下げるレスターを見て、メイヴィスはきょとんと目を瞬かせる。
「どなたかとお間違いではないですか?」
けれど、あえて言うなら。
「――大好きですわ、お父様」
レスターはぐっと息を飲み、「ありがとう」と深く礼をして足早に立ち去った。
そして人の少ない場所で顔を覆い。
「…すまない、メイヴェル。愛してる」
涙に濡れた懺悔をする。
「王様にもう一人王子がいたなんて…」
「ああ、10歳のな」
「そうそれ、何度聞いてもびっくりだわ」
メイヴィスは頬に手を当てて溜息をついた。
メイヴェルが第一王子の婚約者となってほどなく第二王子が生まれていたのだ。そんなことはまったく、露ほども知らなかった。
「王の落し胤は秘匿されていたんだ。宮廷関係者の誰も知らなかった。それこそバーネット卿すらね。王は余計な争いは起こしたくないと、認知はしても、継承権を授けるつもりはなかったようだから」
第二王子は王宮で帝王学を学びはじめた。
ずっと一緒に過ごしていた西の伯爵が後見人として近くにいるというから安心だ。
「第一王子も議会も馬鹿なことをしたものだ、欲をかかなければ表に出ることはなかった王子なのに。…おっと、噂をすれば」
公国の建立を祝うため、国王の代理として南の海沿いの地までやって来た第一王子が姿を見せた。
ヴィンセントはメイヴィスを促して背中を向けるけれど、ジュリアスは目ざとく二人の姿に気付く。
「レアード卿、いや宰相殿、待ってくれ」
「これはジュリアス殿下。お久しぶりです」
ヴィンセントはさりげなくメイヴィスを背中に隠す。大きな身体の後ろからそっと覗いたジュリアス王子はずいぶんやつれていた。
無理もない。
国王陛下は毒に伏し、第一王子は凶刃に倒れたという。予想だにしない惨事だった。
だが、幸いにしてどちらも命に別状はなかった。
王はすぐに気付き、服毒の量が少なかったことから。王子は使われた刃物が小さく、傷が深部まで達しなかったから。
「大変でしたね、もう御身は大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
しかしその顔に覇気はない。
好いた女に刃を突き立てられた衝撃はそうそう忘れられるものでもないだろう。
第一王子に刃を向けた男爵令嬢はすぐに捕らえられ幽閉された。
原因は痴情の縺れであり、恋人というが正式な婚約者でもない。この件はどちらにとっても醜聞となってしまった。
さらに第二王子の存在が露見したことで、磐石だったジュリアスの立場は大きく揺らいだ。
国王は第二王子を次期王に指名するともっぱらの噂だ。第一王子はいつか王となるかもしれないが、それは第二王子が成長するまでの中継ぎの王だと目されている。
メイヴェルのあの10年は何だったのか――。
メイヴィスは溜息をつく。と、ジュリアスがヴィンセントの背後に気付いた。
「おや、そこにいるのはもしや奥方か?」
「いえ――」
メイヴィスを庇おうとするヴィンセントを制して、するりとその影から滑り出た。
「お初にお目にかかります、殿下」
ジュリアスは鋭く息を飲む。
麗しく微笑み、完璧な礼を取るその淑女は。
「メイ、ヴェル嬢……?」
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