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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

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議会は紛糾していた。

20年以上前にその首を押さえたはずのレアードの獣が、再び牙を見せて立ち上がったのだ。しかも今回は軍事力だけではない、経済も押さえられている。


「独立など認められるわけがないだろう」

「王のように唯々諾々とレアードの強権を認めたらどうなることか!」

「だが、衝突は回避するべきでは?」

「東の騎士団を使えばいい」

「クインシー家に勝算があるのか?」

「ちょっと待て。それよりも騎士団は暴徒を押さえるために使うべきだ」

「相手はレアードだけではない。協力関係にある各領もどうにかしないと」


王家に不信感を募らせていた民は、レアード領独立の展望が表明されるや、王宮に説明を求めて詰めかけた。その数は日に日に増えており、暴徒に変わるのも時間の問題だった。

同時に王都から出ていく者も後を立たない。すでに先達がいたことも大きかった。

王宮も同様だ。バーネット侯爵の離脱に続いて、議会を抜ける貴族が散見される。それはもはや派閥を越えていた。


「結局、あの花はなんだったのだ?」


今日の議会にはジュリアスの姿もあった。
第一王子の質問に宮廷貴族たちはあからさまな溜息を吐く。

レアードの独立に賛成した側はほとんどが過去の第二王子派だった。横の繋がりは切れていなかったのだ。白い星形の花の意味に今更気付いても遅い。


「王弟殿下が育てていた花です。この王宮にも咲いていましたよ、あなたが植え替えを指示するその前の前に」


嫌な言い方だ。ジュリアスは眉を寄せる。
失敬な、と声を荒げるのは簡単だが、ここは堪えた。王子は国王の言葉を図りかねていた。


「レアードが独立して国に大きな損害が出るのは予想がつく。だが、敵対しても押さえ込めるものではないのだろう?」

「そうですね」

「では、諸外国に応援を求めるのはどうだろうか?」


ジュリアスの提案は複数から鼻で笑われる。


「殿下、これは遊びとは違うんですよ」


その言い方には今度こそむっときた。
ジュリアスは真剣に考えているつもりだ。


「国内の汚点を他国に漏らしてどうしますか、都合よく利用されるのが関の山です」

「内政干渉に値するようなことをわざわざするような国はないでしょう」

「その通りです、見せかけの善意ほど恐ろしいものはないですよ」


言われてしまえばその通りだ。そうだな、と第一王子は納得する。


「陛下には何かお考えがあるのだろうか」

「どうでしょうね、彼の方はいつでも受け身ですから」


年嵩の貴族が落ち着いた声で言う。


「何か心配事でも?」

「…この前、陛下に言われたのだ。私はなぜ第一王子と呼ばれるのだろう」

「それは……」


ジュリアスはぽんと肩を叩かれた。年齢を重ねて身体は成長はしても、まだまだ未熟な王子だ。


「気をしっかりお持ちください。それは陛下の言葉のあやでしょう。あなたは紛れもなく唯一の王子、陛下の後を継ぐのはあなたしかいないのです」

「ああ、そうだよな」

「ではあなた様の未来のために、後顧の憂いは取り除いてしまいましょう。我々に任せていただけますか?」


ジュリアスは頷いた。


「私はおまえたち宮廷貴族を信じている」



***
レアード国主宛の手紙の数々をロレンスが確認する。


「こういった手合はどこにでもいるな、メイヴィスがいて助かった」


レアードが独立を表明するや、それまで敵対していたはずの一部貴族が急に迎合しだした。二枚舌で勝ち馬に乗ろうとする輩は必ずいる。
ロレンスは先にメイヴィスから貴族の内情を聞いていたことをありがたく思った。


「先発隊を回しておくか?」


ファレルが笑う。

総司令官は警備と称して、すでに各地に部下を配置している。余計な火種は小さなうちに潰すに限る。


「それには及ばないが、とりあえず西の伯爵にも伝えておこう」


次期領主、いや国主は、手紙をしたためるために筆を執った。


「ところで、ヴィンスはこれでいいのか?」

「んー?」


末弟は間延びした返事を返す。


「本当にオレがトップでいいのかって話だ」

「いいだろ。元々レアードはロンが継ぐ予定だったんだから、次期領主が国主になって何の問題がある?」


ヴィンセントはソファーに凭れるように座って、愛用の銃を磨いていた。

手の中に収まる小型の凶器だ。
そのくせ翠や藍など宝石で美しく装飾されている。手慣れた様子で、細かいところまで検分する。


「どう考えても一番の立役者はお前だろう」

「誰が何をしたのかなんて関係ない。オレは表舞台には立てない」


レアード商会の会頭として顔が知れている。
今回のことで王国中の物流を引っ掻き回しているし、悪徳商人には敵も多い。それに。


拳銃は隣国から輸入していた。
ある程度は自分たちでも生産し軍に配備されているが、ここまで小型で精緻なものは製造できない。まるで芸術品のようだが、違う。

元は隣国の主要な武器だ。

過去レアードも苦しめられてきた殺傷能力の高い凶器は、ヴィンセントだけではなく、ラニーやジャレット、ロレンスも携帯している。
降りかかる火の粉を払うには大変に心強い。


けれど、昔の敵戦国から武器を輸入するヴィンセントをよく思わない層は必ずいる。必要不必要とか、有用とか、そんな理屈では語れないものがある。それは仕方のないことだ。ヴィンセントでは無理なのだ。


「ロンが一番適任だよ。晴れ舞台で胸を張って立つのがよく似合っている」


ファレルは眉を寄せた。

ヴィンセントは味方も多いが敵も多く、悪徳商人と言われる所以も事実だ。
しかし、ファレル自身も軍の人間を率いる立場だからわかる。人なんて清濁あってやっと一人前だ。ロレンスだって潔白とは言いがたく――いや、待て。この男は三兄弟の中で一番柄が悪いぞ。


ロレンスが腕を組んでにやりと笑った。


「そうか、オレはそんなに格好いいか」

「え?…ああそうだな、ロンは格好いいな」


ヴィンセントは呆れたように兄を見て、けれど頷いた。確かにロレンスは男前だ。


「オレは?オレも格好いいよな!?」


急に慌て始める次兄に、うんうんと適当に頷く。


「おう、ファルも格好いいよな」


「ヴィンスも格好いいぞ!」

「おまえは最高の弟だ」


兄二人に手放しで褒められて、この馬鹿馬鹿しいやり取りにヴィンセントは堪らず声を上げて笑ってしまった。


「くっだらねえな、おい!なんだよこれ!」
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