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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

12 ジュリアス

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ジュリアスは第一王子だ。
高貴な血筋で、生まれたときから臣下に跪かれ、すべて望むがままに事が運んだ。ところが最近は何かと思うようにいかないことばかり。

いつからだ?と記憶を辿れば、そうだ。前回の婚約を破棄した頃からだ。


あの頃だって望まぬ婚約者相手にうんざりしていたけれど、いまはその比ではない。


婚約破棄がきっかけで貴族間の派閥争いが激化したとけちをつけられた。――王宮内の謀りなんていまにはじまったことじゃないのに、なぜこちらのせいにされないといけないのか。


新しい婚約のために国中から物資を集めようとすれば、金に糸目をつけず買い占めていると王都外の人間から睨まれる。――どうやら一部で品不足が起こっているようだが、その分多く金を払っているのだからいいではないか。


サラの意向を汲み、王家からの指示として物資の提供を願い出れば、私財を巻き上げる気かと民が不信感を募らせた。――言いがかりも甚だしい。こちらはあくまでお願いしているのだから、出来ないときは出来ないと言えばいいではないか。

しかもこの件は『暴動を起こす気ですか!』と宮廷貴族にしこたま怒られて、即時撤回された。


貴族たちの睨み合いは日に日に激化していて、婚約パーティーの開催など後回しだ。
嘆くサラを見かねて「いつになるのか」と訊ねれば、「まだ未定です」と渋い顔をされる。うまくいかない。ジュリアスは焦れていた。


「あの王子は頭に花が咲いているのか」


さらに宮廷貴族に陰口を叩かれているのを偶然聞いてしまって、ジュリアスは頭に血が上った。

しかもそれが『レアード商会に頼りきりなのは危ない』と言ったあの貴族だったから、余計に。ジュリアスは彼を信用していた。だって、自身の不利益に直結するというのに、あの商人自らその判断を評価していたのだ。正しいことを言う人間だと思うだろう。

ジュリアスは怒りのまま詰め寄ると、衆目の中、一方的に相手を責め立てた。


そしてその出来事をきっかけにジュリアスは再び王宮を抜け出し、レアード商会会頭の屋敷に向かった。

衝動的な行動だった。
前回あれだけ悪意ある言葉で脅かされたというのに、皮肉なことにそれが余計にヴィンセントの信用を高めていた。


ところが黒い商人の屋敷はすでに手放され、もぬけの殻だった。

ジュリアスは狐につままれたような心地で王宮に戻る。どこに行っていたのか、と臣下に問われ、素直に「レアード商会の会頭のところだ」と答えれば、呆れたよう溜め息をつかれて。


「あそこの商会は王都の物流を撹乱するだけして、遁走したんですよ。迷惑な話です」


ジュリアスは驚いた。

―――信じていたのに裏切ったのか!

王都の店は混乱に乗じて休業しているらしい。
ジュリアスは一変して、先日責め立てた貴族を今度はいたく誉めそやした。


「お前の言うことはもっともだ。どこかひとつに依存しきりなのはよくない。そもそもなぜ一つの商会が王都の物流を一任しているのか」


第一王子の手の平返しは裏で失笑された。

まともに物事を判断できる者なら、今回の混乱はレアードが先導したと気付いている。そしてそのきっかけを与えたのがジュリアスだとも。
いつまでも気付かないのは本人だけだ。

貴族間の権力闘争がただの派閥争いで終わらないであろうことも――。


そしてレアード領の独立が宣言されて、王宮は戦慄した。ついにこの日がやって来たかと。

ジュリアスは雷を受けたような衝撃を覚えた。
同時に発表された内容に、慌てて国王陛下の元へと駆け込む。


「陛下!!」

「なんだ、騒々しい」


同じ髪色をした、尊い相手が振り返る。

父と呼ぶにはあまりに若々しい。実年齢にそぐわない見た目をしているのは、己の責務を放り出して趣味にばかり没入しているからだ。


「御前失礼致します。レアードが、レアードが独立を表明しました…!」

「ああ、聞いている」


国王陛下は揚琴の前に座っていた。
艶やかな黒が美しい大型の楽器だ。鍵盤に指を置くと、ポーン、と軽やかな音が鳴った。

どこまでも穏やかな声にジュリアスはかっとする。


「陛下!どうしてそうのんびりしているんですか、これは造反ですよ!」

「はは、造反か」


国王は笑い、滑らかに指を動かした。明るく弾んだ音色が満ちる。


「レアードは独立後、周辺国に高額な関税をかけると言っています。一方で、この独立を認めないのなら武力で攻め込む用意があると言っていますよ!」

「そのようだな」

「これでは脅しじゃないですか!こんな横暴を許していいんですか!?」

「ふふ」


国王は笑った。


「ジュリアス、我は反対せぬよ。元より我は臣下の意見を尊重するのだ」

「陛下!」

「よしよし。ではお前の意思も尊重しよう。それで?お前ならどうする?」


その間も華やかな音色が奏でられている。
ジュリアスは意気込んで訴えた。


「もちろん、独立は断固反対します!」

「それでは派兵されるな」

「対抗するんです!いまこそ王家の威信を見せるときでしょう!」

「くく、王家の威信か。そんなものがどこにある?」


ぴた、と音が止まった。


「いいではないか。独立でもなんでも認めてやれ。どうせレアードに挑んでも勝ち目はない、すべて燃やされるぞ」

「陛下……!!」

「お前たちが管理する土地が少し減るだけだ」

「関税はどうしますか、他国へ輸出の際には一定の率で税を徴収すると」

「国の制度としてはよくあるものだろう。同率の税でもかけるか、取引を止めてしまえばいい」

「それでは物流が止まります!レアードは王都の流通を牛耳っていたのですからっ!」


「そうだなあ、レアードは実に見事だった」


国王はジュリアスを振り返って微笑む。


「なあ第一王子よ、お前は一体何を期待しているのだ?」

「え……?」

「時勢に対抗して何を守る?国か?民か?――己の威信か?くだらない。すべてはなるべくしてなったことだ、流れに身を任せればよい」


ジュリアスは息を飲んだ。
艶然とした笑みの奥に滾る、得体の知れない深みに。


「そもそも我らが政に指示を出したことがあったか?決定権はすべて議会にある。我らは御しやすい人形よ、なにも決められぬ。…おや、まさかそれすらも気付いていなかった?」


そして国王陛下はゆるりと笑みを深めた。


「――この愚鈍が」


笑顔のまま放たれる威圧にジュリアスはたじろいだ。


臣下たちにすべてを丸投げして何も成し遂げてこなかった王が、愚王だと思っていた父が、ジュリアスにはじめて見せた鋭い片鱗だった。
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