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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

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「ヴィンスはこのお城で育ったの?」

「そうだな。子供の頃は兄たちと軍の者が遊び相手だった」


生意気な子供だった、と懐かしそうに笑う。


城塞の小道は迷路のように複雑に入り組んでいるのに、ヴィンセントは迷いない足取りで進む。黒いシャツに黒いボトムス、黒い革靴。黒い商人は今日も全身真っ黒だ。

けれど美しい景色の中の黒はとても鮮やかに見えた。眩しくて目を細める。


守らなければ、とメイヴィスは漠然と思った。

レアードを。ヴィンセントの大切なこの土地を。そして、メイヴィスの大切な夫であるヴィンセント自身を。



***
メイヴェルは王妃教育で、国政や重要人物の名と経歴を学んできた。彼の名も座学で耳にしたことがある。

『堅牢なる王国の盾』ベルナルド・レアード

ヴィンセントの父として晩餐会で対面したときとはまったく違う重苦しい雰囲気に、メイヴィスはごくりと喉を鳴らした。緊張で震える。


「メイヴェル嬢」


集まって早々、ベルナルドはメイヴィスをそう呼んだ。

ヴィンセントに視線を送ればひとつ頷かれる。
それを受けてメイヴィスは、辺境伯が、いいやここに集まる全員が、白金色の髪の令嬢のことを知っているのだと悟る。


「突然のことでさぞ驚いたと思う。だが、レアードのために是非とも協力してほしい」


すうと大きく息を吸って、ぐっと背筋を伸ばした。


「わたくしにできることであれば」


美しく高貴な淑女が艶やかに微笑む。


合議の間にはレアード辺境伯に、ロレンス、ファレル、ヴィンセントの三兄弟。レアード商会からラニーとジャレット。それからメイヴィスの姿があった。


議題はレアード領の独立についてだ。


「商会は組合員の保護を優先する。王都を出た者たちの現状は?」

「拠点を移動した者には最寄の支店に報告するよう伝えています。今のところ目立ったトラブルはないですね」


ラニーが商会からの報告書を捲って答えた。


「要請に協力してくれた各領に感謝だな」

「当然だ。彼らはレアードと同じ志である」


ロレンスとベルナルドが続いて、それからファレルが。


「移民を受け入れれば自領の発展が見込める上、独立後のレアードと同盟が結べる。ぞんざいに扱うことはないだろう」


すでにここまで話が進んでいたのかとメイヴィスは舌を巻く。


「王都への提示内容は?」

続けてベルナルドが言った。


「レアードの独立にあたり、商会は取引に関税をかける。同盟諸国には税率を下げよう」

「こちらが税率案です。ご検討ください」


ヴィンセントの言葉に続いて、ジャレットが資料を回す。


「当然、敵対国には追税を課す。その上でまだ宣言を受け入れないなら…」


「実力行使だな、任せろ!」

にっ!とファレルが笑う。

「部隊の編成は済んでいるぞ」


そして取り出した軍部の資料をベルナルドが受け取った。


「そうなる可能性は低いと思うがな」

「だが、対外的なパフォーマンスは必要かもしれない」


ロレンスが告げる。


「どうせなら正面切って行えばいい。レアード商会の行商ルートは整えてきたから、邪魔をするような輩はいないぞ」


ヴィンセントがあの地図を広げた。
レアード領から王都までの最短ルートには赤い線が引いてある。


「おいおい、準備が良すぎて怖いんだが」


ロレンスは顔を引きつらせた。
ラニーとジャレットが苦笑を浮かべる。


「ヴィンセント」

ベルナルドが一通の手紙を取り出した。


「湖の畔の街の当主からだ。レアードの商会と軍の通行について了承の意を受け取った。それから、正当な取引に対して奥方が不躾な条件をつけたと言って謝罪している」


ヴィンセントはぱちと目を瞬かせる。


「お詫びに、かの領地もレアードに与すると言っているが?」

「…ふ。いらないな」

そして小さく笑った。

「同盟ならともかく、あっちもこっちも吸収していたらロンが管理しきれないだろ」


「なんだと!まったくだな!」

ロレンスが怒りながら同意するという器用な反応をする。


「商会経由で、会頭としてやり取りしていたんだが?」

「御仁は病状が思わしくないらしい。挨拶も兼ねて私に送ってくれたのだ」


ヴィンセントは手紙を受け取った。

詳細には触れていなかったが、夫人の『非常識な行い』について謝罪されていた。

本来、商会と街との取引の上で、個人の関係を求めることは非常識で不合理だ。当時のヴィンセントはそれが最短で最善だと判断したため要求を飲んだが、不満がなかったわけではない。


だから、いざとなったら有事の際には軍で強行突破してやろうと思っていた。

「…命拾いしましたね、あのマダム」

ラニーはこっそり呟いた。


「よろしいでしょうか」


メイヴィスが挙手をする。


「この独立が成される確率はどれ程なのでしょうか?」


「ん?」

メイヴィスの質問にロレンスが首を傾けた。

「これまでのお話だと、独立が成功することが前提のようですが…?」

メイヴィスも思わず首を傾げる。


「何を言う、当たり前だろう?」

「やると言ったらやるし、なると言ったらなる」


ロレンスとファレルはむしろ不思議そうだ。
答えになってないじゃないか。メイヴィスが口を尖らせて、ヴィンセントは苦笑した。


「メル」


煌めくグリーンガーネットの瞳が優しくメイヴィスを見る。


「独立は間違いなく成される。いまの宮廷貴族たちの体たらくはあなたが一番よく知っているだろう?」

「それにあの王は必ず是と応えるだろう」


そしてベルナルドが深い声色で続いた。


「国王陛下が……」


メイヴィスは玉座の主を思い返す。
元婚約者である第一王子の父親だったが、拝謁したことは片手ほどしかなく、人となりはあまり知らない。


「どちらにしろレアードが実力行使するのは容易なんだ。けれど、この独立を明確に知らしめる必要がある」


そうだな、とヴィンセントがメイヴェルを見た。


「メイヴェル。あなたが王妃教育で学んだ貴族のことを我々にも少し教えてもらえないだろうか?」


ヴィンセントのその申し出は本来であれば非礼極まりないものだ。王妃教育を学んできた身としても、彼に縁づいた身としても。

けれど、メイヴェルは艶然と笑みを浮かべた。


「ええ、喜んで」


レアードには切り札が複数ある。
メイヴェルも確かにそのひとつだった。
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