上 下
46 / 67
悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

7

しおりを挟む
その日、メイヴィスたちはレアード商会の本店を訪れた。

街までは一頭立てのシンプルな馬車に乗って行く。この馬車もまた黒馬だった。レアード領には軍所有の厩舎と商会所有の牧場があるらしく、多くが黒馬だとヴィンセントは言った。


レアード商会の本店は煉瓦造りのどっしりとした四角い建物だった。

通りにもたくさんの人がいたが、店の前はもっと多くの人が出入りしている。馬車を降りると、ヴィンセントはあっという間に囲まれてしまった。


しわくちゃの顔で微笑む老婆、働き盛りの屈強な男性、小さな子供を抱いた若い女性、学生くらいの年若い青年、かわいらしい少女など、性別年齢問わず様々な人から口々に声をかけられている。


「お待ちしておりました」

店の大きな扉からラニーが現れる。

その柔和な笑みにメイヴィスはほっと笑顔を返して、それからちらとヴィンセントを振り返った。


「こんにちわ、ラニー。すごい人ね。彼らは商会のお客さんなの?」

「いいえ、違うんです」


「彼らは商会の従業員なんですよ」


ラニーの後ろからジャレットがやって来た。


「ようこそいらっしゃいました、奥様。晩餐会ではきちんとご挨拶ができず、失礼致しました。レアード商会本店の店長を務めております、ジャレットと申します。今後とも末長くよろしくお願い致します」


ジャレットは眼鏡をかけた涼しげな目元が印象的な男性だ。肩を過ぎる長い髪をさらりと下ろしている。


「メイヴィスです。こちらこそどうぞよろしくお願いします」


メイヴィスもぺこりと礼を返した。


「彼らは従業員なの?小さな女の子もいるわよ?」

「商会が大きくなり過ぎて、人手はどれほどあっても足りないんです。短い時間でもいいので、働ける人材があれば雇っています。お手伝い程度の仕事もあるので、おこづかい稼ぎの子供も結構いるんですよ」

「まあ、そうなの」


メイヴィスが感心の声を上げて、ジャレットは微笑む。すぐにヴィンセントが戻ってきた。


「こちらへどうぞ」


中央にある螺旋階段を一番上まで登る。通された部屋はとても広く、機能的な趣向だった。


「領主様の館も立派だったけれど、本店の建物もとっても大きいわね。なんだか王都のヴィンスのお屋敷が不自然に思えるくらい」


大きな商会の会頭で辺境伯の三男にしては、ずいぶんと小さな屋敷だった。居心地はとってもよかったけれど。


「あそこは一時的なものだったからな。貴族街の一番端で立地的にもよかったし」

「会頭はほとんど支店で暮らしてましたしね」


ヴィンセントの言葉に、ラニーが頷く。

腰を落ち着けるとすぐにジャレットがコーヒーと茶菓子を出してくれた。


「わざわざありがとう。大変でしょう?」


この芳しい香りの飲み物はヴィンセントのお気に入りだ。マヤが手をかけて淹れていたことをメイヴィスは知っている。


「いいえ、豆を挽いておけば案外楽なんです。まとめて抽出してポットで保存もできますし、街では冷えたものを好む者もいますよ」

「へえ。今度冷たいものも試してみるか」


レアード領はさすが商会の本拠地だった。
平民でも気軽に他国からの輸入品を手にできる。

ヴィンセントとジャレットはブラックのまま、メイヴィスはミルクを垂らして、ラニーはミルクとそれから砂糖をみっつも入れていた。

キャラメルとナッツの入った焼き菓子がよく合う。美味しい。


ラニーは「あ、そうだ」と急に立ち上がり、そして一冊の本を持って戻ってきた。


「はい、奥様」

「これなあに?」

「図鑑ですよ。ほらここに、ゴリラ」


「………まあ」


メイヴィスは目を丸くする。…似ている、かしら?


「ラニー、遊んでないで地図を出せ」


ヴィンセントが言って、ラニーは次に地図を持ってくる。旅の間に使っていたあの地図だ。

テーブルに広げたそれを覗き込む男たち。


「王都からレアード領までの間で寄れる支店にはすべて顔を出してきた」


ヴィンセントが言うと、ジャレットが答えた。


「こちらにも確認の連絡がありました。それから、湖の畔の街の当主からも手紙が届いています」

「早いな」

「取引停止になった街の話がすぐに広まったみたいだ。隣街の陽動が効いたんだな」


ラニーの声も真剣になり、メイヴィスはヴィンセントの腕を引いた。


「わたくしこのままここにいていいの?仕事の話を聞いてしまうわよ」


「構わない」

ヴィンセントは頷いた。

「むしろ聞いていてほしいんだ。メル、地図の印の意味はわかるか?」


「…正直、わからなかったの」


メイヴィスは慎重に口を開く。
旅の途中で見たときに気付いたことがあった。


「宮中貴族たちの領にバツがついているのかと思ったんだけど、そうじゃないところもあるし、逆に王宮に出仕している貴族でも丸があったわ」


メイヴィスの指が地図上を泳ぐ。
あの湖の畔の街には丸がついている。

俯くメイヴィスの頭上でヴィンセントが満足げに笑った。


「――いい読みだ。この丸とバツはレアード領にとって敵か味方かという印だった」

「え…?宮廷貴族の多くが敵なの?」


メイヴィスが顔を上げると、三方向から視線が注がれる。


「第一王子の婚約破棄からこちら、貴族たちの主権争いが激化している。中立派だったバーネット侯爵を失して盤上が乱れたからな」


宮中も一枚岩ではない。
古くから王家に仕えている貴族ほど、王家のバーネット家に対する行いは批判の的になっていた。一方でこれを好機とばかりに台頭しようとする貴族もいる。

そしてその混乱をさらに利用しようとする輩も。


「商会はこれに乗じて価格操作をしたんだ」


ヴィンセントは市井での情報拡散をきっかけに、王都中で欠品と価格の高騰が頻発したことを説明した。
その上で今回の行商による物流ルートの変更だ。王都の流通を撹乱させ、さらに商会の従業員や組合傘下の者を流出させる目的があったことを告げる。


「王都の店舗と組合員には出発前にラニーが内示している。その先はそれぞれの判断だが、動ける者から王都を出て、近隣諸領に移動していると聞いている」


力のある平民や一部の貴族が王都を出ていき、世相の行方に不安を覚える庶民たちは王家に不審を募らせはじめる。


「レアード商会は王都から手を引く。王都の支店は期日をもって停止するし、業務はすべて本店で引き継ぐ」

「どうして、そんなことを…?」


メイヴィスは震える声で訊ねた。

とんとん、とヴィンセントの指が地図を叩く。


「メル、先に言っておく。あなたの母親の実家であるクインシー伯爵家とは対立関係となるだろう」

ヴィンセントは東の領にバツを描いた。


「そして一番大きなバツは、つまりレアード領の標的は、王都だ」

続いて王家にも大きなバツを描く。


メイヴィスはひゅっと息を飲んだ。


「王家と、争うの……?」


「こちらも無駄な争いはしたくない。王家が二つ返事で頷くよう、まずは交渉から進める」

商会の動きはそのための撒き餌だ。


「――レアードは王国からの独立を決めた」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

何故婚約解消してくれないのか分かりません

yumemidori
恋愛
結婚まで後2年。 なんとかサーシャを手に入れようとあれこれ使って仕掛けていくが全然振り向いてくれない日々、ある1人の人物の登場で歯車が回り出す、、、

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...