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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる
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うつ伏せに眠るメイヴィスのうなじを撫でて、短くなった白金色の髪を浚う。指を抜けるさらりとした感触は長かった頃と変わらない。
曝け出された白い首筋にひとつ口づけてからベッドを降りる。
ヴィンセントは濃紺の軍服に袖を通した。
***
目が覚めると、黒い商人はもう起き出していた。
「ヴィンセント様は朝の鍛練に向かいましたよ」
マヤにそう聞かされて、メイヴィスは朝食の後に見に行ってみることにした。案内がてらマヤが付き合ってくれると言う。
「ありがとう」
レアード領でも変わらず側に控えてくれていることも重ねて礼を言うと、まあるい頬でにっこり笑ってくれる。
「メル様のお世話が私のお役目ですので」
変わらない笑顔に安心する。
レアードの人たちは本当に優しい。
客間を出て、長い廊下を進み、大きな階段を降りる。
一階は吹き抜けの広いホールになっていて、ステンドグラスの窓から色とりどりの光が注いでいる。裏門から宮の外に出ると豊かな中庭があった。緑が美しい。
軍服姿の兵士たちが直立不動で礼をする。メイヴィスはその度に会釈をして通り過ぎた。
「軍人さんがとっても多いのね」
「城塞の中に軍の屯所があるんですよ」
兵舎と演習場があります、とマヤが言う。
歩いている間にも石造りの建物や塔をいくつか目にした。有事の際には備品庫や食料庫になるというが、いまは使われていないと説明される。
「マヤは長いの?」
「そうですね。三兄弟が生まれる前から領主様の下で働いております」
マヤはにこにこと続ける。
「戦中にあった頃も存じていますから」
その言葉にメイヴィスはどきりとした。
ちょうどそこで緑が途切れ、開けた場所に出る。黄色っぽい芝生の上でケイトとその子供たちが遊んでいた。
「あらメルちゃん、おはよう」
「おはようございます。ケイト様」
「やだ、様なんてつけないで。兄弟の妻同士、家族なんだから。ね?」
笑顔で言われて、「はい」とメイヴィスも微笑む。
「では、ケイトさんでよろしいでしょうか」
「その方がうれしいわね」
それからケイトは「ねえ」と声を潜めた。
「ところで三兄弟がまた企んでいるみたいなんだけど、何か聞いてる?」
メイヴィスは首を横に振る。
「いえ。起きたらもうヴィンスはいませんでしたし…」
「ああそう…。あの人たち、一人ずつでも厄介なのに三人集まったらもう手に負えないわよ」
「ヴィンセント様が王都から戻ってきちゃいましたからねえ。レアード領はここから本領発揮ですね」
ケイトが溜息をついて、マヤが笑う。
メイヴィスはぱちと目を瞬かせた。
その様子が不安げに見えたのか「大丈夫」とケイトが声を上げる。
「心配はしなくていいのよ。あの兄弟たちに任せておけば平気、逞しいんだから!」
それは明るい表情で、とても力強い言葉だった。
天気がいい。きらきらと空が輝いて、燦々と陽光が降り注いでいる。眩しい。
軍の演習場に体格のいい男が三人揃っていた。
一人はダークブラウン、一人はダークブロンド、もう一人は漆黒の髪。
背の丈はほとんど変わらず、それぞれから滲み出る三者三様の迫力に圧倒される。
他と同じ濃紺の軍服を着た彼らは、難しい顔で向き合い、何かを話していた。それだけで威圧感に満ちて近付き難い。なんとも目を引く派手な三人組だった。
ところが誰が何を言ったのか、突然「ぶはっ!」と一斉に吹き出し、破顔する。その途端に霧散する物騒な雰囲気。
「これだよ、これ。懐かしいな」
「やっと三人揃ったって感じだな」
「でも、絶対ここからなんかあるんだろ?」
彼らを眺めながら兵士たちが口々に噂しているが、その口振りは明るい。
メイヴィスは離れたところからきょろきょろと窺っていた。軍服姿のヴィンセントに目を見開き、そして顔を緩ませる。
―――ずっと見ていられるけど、邪魔しちゃダメね。
もう少し眺めてからこっそり戻ろう、とマヤと示し合わせる。けれどあっさり見つかった。
「メイヴィス!」
笑顔全開のヴィンセントが大きな歩幅であっという間にメイヴィスの元へとやって来て、その勢いのまま、ひょいと縦に抱き上げてしまう。
「きゃあっ」
「こんなところまでどうした?」
「マヤと、ちょっと見学にきたの」
「そうか。身体は?つらくないか?」
「へ、平気よ。あなたは手加減してくれるから…」
夜のことを持ち出されて、メイヴィスは目尻を赤く染めた。そしてご機嫌な様子の男をちらりと見る。
「ヴィンスはずいぶん楽しそうだわ。何かいいことがあったのかしら」
「そうだなあ」
いつになく上機嫌なヴィンセントはどうも少し浮かれているようだ。珍しい。
「――ん?」
メイヴィスにじっと見つめられて、笑みを乗せたまま首を傾げてくる。
整った顔を凛々しく引き締めている常とは違い、こうして屈託なく笑うとちょっとかわいらしく感じる。
ああ、なんて鮮やかな男性なんだろう。
メイヴィスは改めて彼の魅力に気圧され、ぽうっとしてしまう。酩酊したような心地だった。
「いいな。ケイトはもう外では抱き上げさせてくれないんだ」
「ベラもだ。お腹も大きいし、危ないからって言ってな」
ロレンスとファレルも集まってくる。
「よう、メイヴィス」なんて手を上げて、どこか羨ましそうに。
「仲いいな、お前ら」
「いいだろ」
「お?」
兄たちへ自慢げにするヴィンセントの首にぎゅうと抱きついて甘えた。
「メル?」
気恥ずかしいのがうれしいだなんて、どうしよう。離れたくない。いっしょに、いたい。
曝け出された白い首筋にひとつ口づけてからベッドを降りる。
ヴィンセントは濃紺の軍服に袖を通した。
***
目が覚めると、黒い商人はもう起き出していた。
「ヴィンセント様は朝の鍛練に向かいましたよ」
マヤにそう聞かされて、メイヴィスは朝食の後に見に行ってみることにした。案内がてらマヤが付き合ってくれると言う。
「ありがとう」
レアード領でも変わらず側に控えてくれていることも重ねて礼を言うと、まあるい頬でにっこり笑ってくれる。
「メル様のお世話が私のお役目ですので」
変わらない笑顔に安心する。
レアードの人たちは本当に優しい。
客間を出て、長い廊下を進み、大きな階段を降りる。
一階は吹き抜けの広いホールになっていて、ステンドグラスの窓から色とりどりの光が注いでいる。裏門から宮の外に出ると豊かな中庭があった。緑が美しい。
軍服姿の兵士たちが直立不動で礼をする。メイヴィスはその度に会釈をして通り過ぎた。
「軍人さんがとっても多いのね」
「城塞の中に軍の屯所があるんですよ」
兵舎と演習場があります、とマヤが言う。
歩いている間にも石造りの建物や塔をいくつか目にした。有事の際には備品庫や食料庫になるというが、いまは使われていないと説明される。
「マヤは長いの?」
「そうですね。三兄弟が生まれる前から領主様の下で働いております」
マヤはにこにこと続ける。
「戦中にあった頃も存じていますから」
その言葉にメイヴィスはどきりとした。
ちょうどそこで緑が途切れ、開けた場所に出る。黄色っぽい芝生の上でケイトとその子供たちが遊んでいた。
「あらメルちゃん、おはよう」
「おはようございます。ケイト様」
「やだ、様なんてつけないで。兄弟の妻同士、家族なんだから。ね?」
笑顔で言われて、「はい」とメイヴィスも微笑む。
「では、ケイトさんでよろしいでしょうか」
「その方がうれしいわね」
それからケイトは「ねえ」と声を潜めた。
「ところで三兄弟がまた企んでいるみたいなんだけど、何か聞いてる?」
メイヴィスは首を横に振る。
「いえ。起きたらもうヴィンスはいませんでしたし…」
「ああそう…。あの人たち、一人ずつでも厄介なのに三人集まったらもう手に負えないわよ」
「ヴィンセント様が王都から戻ってきちゃいましたからねえ。レアード領はここから本領発揮ですね」
ケイトが溜息をついて、マヤが笑う。
メイヴィスはぱちと目を瞬かせた。
その様子が不安げに見えたのか「大丈夫」とケイトが声を上げる。
「心配はしなくていいのよ。あの兄弟たちに任せておけば平気、逞しいんだから!」
それは明るい表情で、とても力強い言葉だった。
天気がいい。きらきらと空が輝いて、燦々と陽光が降り注いでいる。眩しい。
軍の演習場に体格のいい男が三人揃っていた。
一人はダークブラウン、一人はダークブロンド、もう一人は漆黒の髪。
背の丈はほとんど変わらず、それぞれから滲み出る三者三様の迫力に圧倒される。
他と同じ濃紺の軍服を着た彼らは、難しい顔で向き合い、何かを話していた。それだけで威圧感に満ちて近付き難い。なんとも目を引く派手な三人組だった。
ところが誰が何を言ったのか、突然「ぶはっ!」と一斉に吹き出し、破顔する。その途端に霧散する物騒な雰囲気。
「これだよ、これ。懐かしいな」
「やっと三人揃ったって感じだな」
「でも、絶対ここからなんかあるんだろ?」
彼らを眺めながら兵士たちが口々に噂しているが、その口振りは明るい。
メイヴィスは離れたところからきょろきょろと窺っていた。軍服姿のヴィンセントに目を見開き、そして顔を緩ませる。
―――ずっと見ていられるけど、邪魔しちゃダメね。
もう少し眺めてからこっそり戻ろう、とマヤと示し合わせる。けれどあっさり見つかった。
「メイヴィス!」
笑顔全開のヴィンセントが大きな歩幅であっという間にメイヴィスの元へとやって来て、その勢いのまま、ひょいと縦に抱き上げてしまう。
「きゃあっ」
「こんなところまでどうした?」
「マヤと、ちょっと見学にきたの」
「そうか。身体は?つらくないか?」
「へ、平気よ。あなたは手加減してくれるから…」
夜のことを持ち出されて、メイヴィスは目尻を赤く染めた。そしてご機嫌な様子の男をちらりと見る。
「ヴィンスはずいぶん楽しそうだわ。何かいいことがあったのかしら」
「そうだなあ」
いつになく上機嫌なヴィンセントはどうも少し浮かれているようだ。珍しい。
「――ん?」
メイヴィスにじっと見つめられて、笑みを乗せたまま首を傾げてくる。
整った顔を凛々しく引き締めている常とは違い、こうして屈託なく笑うとちょっとかわいらしく感じる。
ああ、なんて鮮やかな男性なんだろう。
メイヴィスは改めて彼の魅力に気圧され、ぽうっとしてしまう。酩酊したような心地だった。
「いいな。ケイトはもう外では抱き上げさせてくれないんだ」
「ベラもだ。お腹も大きいし、危ないからって言ってな」
ロレンスとファレルも集まってくる。
「よう、メイヴィス」なんて手を上げて、どこか羨ましそうに。
「仲いいな、お前ら」
「いいだろ」
「お?」
兄たちへ自慢げにするヴィンセントの首にぎゅうと抱きついて甘えた。
「メル?」
気恥ずかしいのがうれしいだなんて、どうしよう。離れたくない。いっしょに、いたい。
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