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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

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「…驚いたわ」


馬車に戻されたメイヴィスは目を白黒させた。


「悪い。ファレルはいつも唐突なんだ」


むすっとしてヴィンセントが言い、ラニーとマヤはやはり苦笑している。

馬車は広場の方へ戻り、先程左に曲がった道を今度は直進する。ファレルたちが馬で並走している。石畳の坂を上がって、向かう先はあの白い城塞だ。


城門を越えると、美しい自然が広がっていた。
外側から見える堅牢な様子とはまったく違う。緑に隠されるよう細い小道が複雑に入り組んでいるのがわかった。

馬車が瀟洒で壮大な館の前で停まる。

壁の装飾やステンドグラスの窓が美しい。まるで宮殿のように立派だった。いや、歴史を辿れば、過去はまさしくそうだったのかもしれない。
メイヴィスはこくりと喉を鳴らして、思わずヴィンセントの手に手を伸ばす。難しい顔をしていた男がふっと表情を緩めて指を絡めた。


「ヴィンス、ここは?」

「辺境伯の館だよ」


マヤとラニーが馬車から降りて、ヴィンセントも諦めたように息を吐いて腰を上げた。手を繋いだメイヴィスも後を続く。


「感慨深いな。弟の花嫁としてあなたを迎え入れられるなんて」


長身を翻してひらりと身軽に馬から降りたファレルがメイヴィスの近くにやって来た。


「ようこそレアード領へ。歓迎します」


右手を胸に当てて歓迎の礼を取られる。
メイヴィスが困惑の視線をヴィンセントに向けると、黒い商人もまた同じように胸元に手を当ててぺこりと頭を下げた。悪戯っ子のような顔をして。

「もう、ヴィンスってば」

無意識に気を張っていたメイヴィスは、毒気を抜かれてほろりと口許を綻ばせた。


宮の中に招き入れられたメイヴィスとヴィンセントはさっそく使用人たちに取り囲まれ、客間に連れて行かれた。先導するのはマヤだ。
ラニーとファレルとは入り口で別れた。

旅装だった二人はすぐに新しい衣装に着替えさせられる。

メイヴィスに至っては、マヤの指示で髪型からお化粧まですべて変えられた。


「大丈夫か?」


別室から戻ってきたヴィンセントがぐったりしたメイヴィスに目を丸くする。


「…ええ、大丈夫。でもマヤがずいぶん張り切っていて」


疲れた声で答えると、「ああ」と合点がいったような返事が。


「マヤは女中頭だからな、仕方ない」

「え?」


なんとマヤはヴィンセント個人の屋敷内ではなく、レアード家全体の女中頭だという。

メイヴィスは驚いた。
下町でも家族のように接してくれたマヤが。
メイヴィスも母のように慕って甘えてしまっていた。ずっと付き合わせてしまってきて申し訳ない、と思うメイヴィスにヴィンセントが言った。

「信頼しているマヤだからこそメルの側につけたんだから、いいんだ」

ちなみに、女中頭であるマヤが王都で暮らすヴィンセントの近くにいたことも、レアード家からすれば同じ理由だった。


「外の空気でも吸おう」


城塞は高台にあり、客間のバルコニーからはレアード領の市街が一望できた。
ヴィンセントに促されて外に出る。


「すごい……!」


ぬるい風がさあっとメイヴィスの剥き出しのうなじを撫でた。

広大な緑の平原と石造りの美しい街並み。
広場を中心に道路が放射線状に広がっており、雑然としながらも統率のとれた街だった。
そのさらに遠くは切り立った崖になって、青が繋がっている。海だ。


「あの海が国境線だ」


メイヴィスの後ろに立ったヴィンセントが水平線に向けて指を指す。

レアード辺境領は南の国境線に位置している。
いまでこそ交易が盛んだが、他国からの侵攻を何度も食い止めてきた場所だ。よく見れば城壁が不自然に崩れた箇所がある。

戦歴の名残を感じたメイヴィスは怯えたように顎を引いて、大柄な男の胸に抱き止められる。


「メル」


背後から顎を掬い上げられ唇が重なった。
メイヴィスも腕を伸ばしてその黒い髪を撫でるようにかき混ぜる。


「ん……っ」

「この地にメルと共にいることが、とても不思議で、とても幸せだ」


眼下に広がるレアードの風景を前に、ヴィンセントはうっとりと囁いた。



***
かつん、かつん、と靴音を立てて石造りの列柱廊を進む。


メイヴィスが着付けられたドレスは貴族令嬢らしい華やかなものだった。白い織の薄い生地が何枚も重ねられ、ふわりと軽やかに広がる。
金の粒が細かく縫い込まれ、繊細なメイヴィスの美貌によく似合っている。

ヴィンセントは美しい妖精の姿に目を細めた。

そのヴィンセントもまた正装だ。さらりとした質感の黒いテールコートにホワイトタイ。堂々とした風格をよりいっそう惹き立てている。

メイヴィスは隣を歩く男の肘にかけた指をそっと滑らせ、ほうと甘く息をつく。


二人は次期領主主催の晩餐会に招かれていた。


「戸惑うこともあるだろうが、皆メルを歓迎している。気負うことはない」

「ええ、ありがとう」


ファレルがあれだけ強引な手を使ったのも、いつにないマヤの勢いも、どうやらヴィンセントの到着にあわせて事前に準備していたようだ。

「ヴィンスは知っていたの?」と訊けば、「いいや」と首を横に振られる。


「何かするだろうと思ってはいたが、まさか着いて早々だとは想像しなかった」

「さすがのヴィンスもお兄様たちには形無しね」


メイヴィスはふふと笑った。


先を歩く案内役は、ファレル同様、濃紺の軍服を着た兵士で、大広間の横に立つ護衛も同じ装いだった。レアード領は軍が強い力を持つ。


「ヴィンセント・レアード様と、メイヴィス・ジーン・レアード様のご到着です」


大きな扉がゆっくりと開かれて、頭を下げる二人を管楽の音色とあたたかい拍手が出迎えた。
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