悪役令嬢は悪徳商人に嫁ぎました(R18)

しおだだ

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悪役令嬢は悪徳商人に拐われる

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ヴィンセントはその日、遅くなるまで宿に戻ってこなかった。

夕食の席ではヴィンセントもラニーも、この街担当の従業員も顔を見せず、「なにかあったのでは」と他の者たちが噂していた。


メイヴィスはそれから与えられた部屋でレースを編んだ。場所のとらない趣味でよかった、とマヤと笑い合う。

マヤに促される形で寝台に上がると、すぐに眠気が訪れた。旅の間メイヴィスは寝付きがよかった。『疲れていないと思っても馬車の振動が堪えているんですよ』と前にラニーが言っていた。

下腹に孕んだ熱などすっかり忘れていた。


ふと目が覚めたのは、ぎし、と広いベッドを沈ませて、背中側に大きなものが潜り込んできたからだ。


「んぅ…ヴィンス……?」

「起こしてしまったか?すまない」

「ん、平気……」


くるりと寝返りを打って、ヴィンセントの胸に顔を伏せる。湿った石鹸の匂いと高い体温が伝わってくる。湯を使ってきたらしい。
首筋にかかった黒い髪が揺れて、ほんの僅かに火薬と土の匂いがした。

すり、と夜着のあわせから男の滑らかな肌に鼻先を寄せる。ヴィンセントが小さく笑って「ほら寝なさい」と頭頂部にキスを落とした。


つくん、と忘れていた熱が腹の底を震わせる。


「ヴィンス」


メイヴィスはすっかり目が冴えてしまった。
暗闇の中、ヴィンセントの頬を辿って、引き寄せた唇をあむあむと甘噛みする。

「どうした。寝ぼけているのかな」

ヴィンセントは好きにさせてくれるが、決して自分から口づけを返してはこない。メイヴィスは焦れて、舌を伸ばしてヴィンセントの口の中のそれを舐めた。

ぴく、とヴィンセントの手が反応する。

メイヴィスは気を良くして、ちろちろと舌先を動かした。ヴィンセントは少し笑って褒めてくれる――と思っていた。


「…メル、駄目だ」


硬い声で引き離される。
メイヴィスはさっと頭が冷えて、それでも堪らなくて「やだ」とヴィンセントに縋りついた。

そんなことを言って、いつも情熱をぶつけてくるくせに――。

すり寄ったメイヴィスの細い腿がヴィンセントの雄に偶然触れて、それはくたりと柔らかいままだった。


気付いた瞬間、メイヴィスは動けなくなる。


「駄目だよ、いたずらしてないで寝なさい」


ヴィンセントは気にした風もなく、メイヴィスを布団に閉じ込めて、ぽんぽんと背中を叩いてくる。

メイヴィスは自分でも理解が追いつかないまま打ち震えた。恥ずかしかったのか、悔しかったのか、悲しかったのか。よくわからない。


そのうちにヴィンセントも寝入ってしまった。こんな遅い時間まで働いていたのだから、疲れているに決まっている。メイヴィスは自分のことばかりの己を恥じ入った。

その夜はもう眠気が訪れることはなかった。



***
「おい、姫様どうした?」

「わからない。昨夜はあまり寝ていないようだ」


ラニーに囁かれて、ヴィンセントも小声で答える。


二人の視線の先ではメイヴィスがぼんやりと椅子に座っていた。
マヤが傍らで世話を焼いているが、あまり反応がない。メイヴィスは表情がないと途端に精巧な人形のように見える。すっと背筋を伸ばして姿勢よく座っているから、余計に。

加えて今朝のメイヴィスは物憂げに瞳が烟っていた。気だるげな雰囲気で、小さな唇から微かに溜息を零したりして、目に毒なくらい色っぽい。


「昨日、何かあったか…?」

「いや…?そういえばぺろぺろ舐めていたな」

「え、姫様、あんなちっちゃい口で咥えられんの!?」

「ばか、違う。そうじゃない」

「とにかくあれはちょっとやばいぞ」


ラニーの言葉にヴィンセントは頷いた。

周囲の視線が痛いほどメイヴィスに集まっていた。そわそわ気にする者はまだいい方だ。瞳に欲を乗せる者を脳内でリストアップしておく。


「メル」

声をかけると、メイヴィスが顔を上げた。
眠れていなかったせいか顔色が悪い。ヴィンセントは眉を寄せて白い頬に指を滑らせる。

「昨日は眠れなかったのか?」

「いいえ、ヴィンスが戻ってくるまでは寝ていたの。目が冴えちゃっただけよ、大丈夫」

「そうか、オレが起こしてしまったんだな。部屋を分けるべきか…?」


「だめ!!」


メイヴィスは腕に飛びついて首を横に振る。その必死な様子にヴィンセントは笑みを敷いた。

「そうか、だめか」

それからメイヴィスの前で膝をついた。


「食欲はあるか?紅甘苺は食べられる?」

「…食べたい」


メイヴィスに頷いてマヤを振り返る。マヤも承知して、苺の用意に走った。


「メル、何かあったか?思うことがあったらきちんと言ってほしい。あまりマヤに心配をかけてはいけないよ」


「ヴィンスは……?」


メイヴィスがヴィンセントを見る。透き通る青い瞳は氷菓子のよう。甘く溶け出している。

「ヴィンスも、心配…?」

「当然だろ」

ヴィンセントは微笑んでメイヴィスの髪を撫でた。


ラニーはレアード夫妻のやり取りを離れたところから見て、思わずぶるりと震えた。

―――絵面の背徳感がやばい…!!

天然の蜂蜜のようなメイヴィスと、甘ったるい猛毒のようなヴィンセント。二人とも麗しすぎて劇薬だ。視界の暴力だ。

おかげで彼女に向けられていた不埒な視線は幾分減ったけれど。


虚ろげなメイヴィスは危険なほど色香に溢れていた。

元々、類い稀なる美しさを持つ令嬢は、ただそこにいるだけで美しかった。それが無邪気に微笑むようになって愛らしさが増した。さらに今度は艶っぽさまで湛えるようになるとは。


「たしかにこれは目が離せないな…」


ラニーはヴィンセントが常日頃メイヴィスを気にかける理由がわかった気がした。

宝石箱の奥に閉じ込めてしまいたい、と宣ったときには盲愛が過ぎて頭がおかしくなったと思ったが、方法としてはあながち間違っていないのかもしれない。


「綺麗なものは綺麗な箱に仕舞いたくなるもんなあ」


ヴィンセントはメイヴィスを綺麗な箱庭に閉じ込めてしまいたいのだ。
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