19 / 67
悪役令嬢は悪徳商人に拐われる
1
しおりを挟む
「…なんだかきな臭くなってきたな」
朝食の席で新聞を広げていたヴィンセントが呟いた。
「なにかあったんですか?」
メイヴィスが心配そうに問いかける。
向かいからじっと真顔で見つめられ、途端に緊迫感が満ちる。ごくりと喉を鳴らした。
「…メルは今日も美しいな」
「ヴィンス!」
いったい何を言い出すかと思えば!
メイヴィスは顔を赤くした。
「はは、事実だろ。ところでほら」
ヴィンセントは新聞の広告枠を指し示した。
それは劇場の公演案内だった。新しい演目が公開されたと華々しく紹介されている。
「『王子と姫の物語』?」
簡単なあらすじを目で追ったメイヴィスは次第に表情を消していく。元になった話がなにかは明白だ。すうと目を伏せて細く息を吐いた。
「見に行かないか?」
白金色の長い睫毛が重そうに持ち上がり、透き通るアイスブルーの瞳を向けられる。
「ええ、行きましょう。どんな内容なのか気になるわ」
神々しいほど冷たく冴えるその美貌にヴィンセントは震えた。うっそりと笑みを深める。
「誘っておいてあれだが、意外だな。メルは嫌がると思っていた」
「嫌よ。嫌に決まってるけれど、考えてみれば、わたくしはメイヴェルがどうして婚約破棄されたのかよくわかっていないのよね」
メイヴィスは溜息をついた。
メイヴェルと第一王子の婚約は、預かり知らぬところで一方的に破棄されてしまった。
王子がメイヴェルを疎ましく思っていたのは気付いていたし、王子が別の令嬢を見初めたことも聞いてはいる。けれどどんな経緯があって婚約破棄に至ったのか、それを確かめることもなく下町に逃げてきてしまった。
「まあ、もういまさらですが」
メイヴェルはメイヴィスとなり、ヴィンセントと結婚したのだから。
「でもずいぶん評判がいいみたい。『王子役の甘い演技に恋に落ちる者が多数』ですって」
メイヴィスは広告に添えられた論評家の説に目を落とす。王子役は端正な顔立ちをした王都一の人気役者だ。
「どんな舞台なのかしら」
「内容はともかく、はじめてのデートだな。せっかくだからメルのドレスを新調しよう」
楽しみだ、とヴィンセントは微笑んだ。
***
観劇の当日、約束の前にバーネット侯爵との予定が入ったのは偶然だったが、ちょうどいいと思った。
ヴィンセントはメイヴェルのことを話すつもりでいた。以前メイヴィスに告げたことは真実であったし、いつまでも隠してはいられない。
ところが侯爵邸を訪ねたヴィンセントに告げられたのは、これから第一王子がやって来るということだった。
ヴィンセントは王子の間の悪さに渋面となる。
メイヴェルを無慈悲に使い捨てた男がいまさら何を思ってやって来るのか。
侯爵は申し訳なさそうにしていたが、ヴィンセントはあえて同席を願い出た。
あれでも一応は一国の王子だ。王宮にまともにお目通りを願っていたらいつまで経っても叶わない。ヴィンセントが王子に願い出ることなど何ひとつないが。
バーネット侯爵も、ひどくやつれて老け込んだその横顔に厭悪の色を乗せている。「申し訳ないが、立ち会っていただけるのは心強い」とまで言われてしまった。
さて、やって来た王子は愚かで腑抜けて浅慮な男だった。見目はいい。見目だけだ。
ジュリアスはメイヴェルが下町に降りたことも、そこで行方不明になったことも、なにも知らなかった。ただ物見遊山で元婚約者はどうしているかと押し掛けてきたようだ。
ヴィンセントは男の横っ面を張り倒したくなるのを必死に堪えて、膝の上で拳を握っていた。
社交辞令として二度目の婚約を祝えば満足そうに頷いて、それから慌ててメイヴェルについての委細を求めてくる。
ヴィンセントはジュリアスの言動に始終呆れながらどこか納得もしていた。
―――なるほどこれは傀儡だ。上手く育成したらしい。
まったく腹立たしいが、これに謀る頭はないだろう。
侯爵邸での会話はほとんどが王子へのメイヴェルの状況説明で終わった。
ヴィンセントはバーネット侯爵にメイヴェルとメイヴィスの話をすることができなかったが、王子と直接対面できたことは好都合だった。
朝食の席で新聞を広げていたヴィンセントが呟いた。
「なにかあったんですか?」
メイヴィスが心配そうに問いかける。
向かいからじっと真顔で見つめられ、途端に緊迫感が満ちる。ごくりと喉を鳴らした。
「…メルは今日も美しいな」
「ヴィンス!」
いったい何を言い出すかと思えば!
メイヴィスは顔を赤くした。
「はは、事実だろ。ところでほら」
ヴィンセントは新聞の広告枠を指し示した。
それは劇場の公演案内だった。新しい演目が公開されたと華々しく紹介されている。
「『王子と姫の物語』?」
簡単なあらすじを目で追ったメイヴィスは次第に表情を消していく。元になった話がなにかは明白だ。すうと目を伏せて細く息を吐いた。
「見に行かないか?」
白金色の長い睫毛が重そうに持ち上がり、透き通るアイスブルーの瞳を向けられる。
「ええ、行きましょう。どんな内容なのか気になるわ」
神々しいほど冷たく冴えるその美貌にヴィンセントは震えた。うっそりと笑みを深める。
「誘っておいてあれだが、意外だな。メルは嫌がると思っていた」
「嫌よ。嫌に決まってるけれど、考えてみれば、わたくしはメイヴェルがどうして婚約破棄されたのかよくわかっていないのよね」
メイヴィスは溜息をついた。
メイヴェルと第一王子の婚約は、預かり知らぬところで一方的に破棄されてしまった。
王子がメイヴェルを疎ましく思っていたのは気付いていたし、王子が別の令嬢を見初めたことも聞いてはいる。けれどどんな経緯があって婚約破棄に至ったのか、それを確かめることもなく下町に逃げてきてしまった。
「まあ、もういまさらですが」
メイヴェルはメイヴィスとなり、ヴィンセントと結婚したのだから。
「でもずいぶん評判がいいみたい。『王子役の甘い演技に恋に落ちる者が多数』ですって」
メイヴィスは広告に添えられた論評家の説に目を落とす。王子役は端正な顔立ちをした王都一の人気役者だ。
「どんな舞台なのかしら」
「内容はともかく、はじめてのデートだな。せっかくだからメルのドレスを新調しよう」
楽しみだ、とヴィンセントは微笑んだ。
***
観劇の当日、約束の前にバーネット侯爵との予定が入ったのは偶然だったが、ちょうどいいと思った。
ヴィンセントはメイヴェルのことを話すつもりでいた。以前メイヴィスに告げたことは真実であったし、いつまでも隠してはいられない。
ところが侯爵邸を訪ねたヴィンセントに告げられたのは、これから第一王子がやって来るということだった。
ヴィンセントは王子の間の悪さに渋面となる。
メイヴェルを無慈悲に使い捨てた男がいまさら何を思ってやって来るのか。
侯爵は申し訳なさそうにしていたが、ヴィンセントはあえて同席を願い出た。
あれでも一応は一国の王子だ。王宮にまともにお目通りを願っていたらいつまで経っても叶わない。ヴィンセントが王子に願い出ることなど何ひとつないが。
バーネット侯爵も、ひどくやつれて老け込んだその横顔に厭悪の色を乗せている。「申し訳ないが、立ち会っていただけるのは心強い」とまで言われてしまった。
さて、やって来た王子は愚かで腑抜けて浅慮な男だった。見目はいい。見目だけだ。
ジュリアスはメイヴェルが下町に降りたことも、そこで行方不明になったことも、なにも知らなかった。ただ物見遊山で元婚約者はどうしているかと押し掛けてきたようだ。
ヴィンセントは男の横っ面を張り倒したくなるのを必死に堪えて、膝の上で拳を握っていた。
社交辞令として二度目の婚約を祝えば満足そうに頷いて、それから慌ててメイヴェルについての委細を求めてくる。
ヴィンセントはジュリアスの言動に始終呆れながらどこか納得もしていた。
―――なるほどこれは傀儡だ。上手く育成したらしい。
まったく腹立たしいが、これに謀る頭はないだろう。
侯爵邸での会話はほとんどが王子へのメイヴェルの状況説明で終わった。
ヴィンセントはバーネット侯爵にメイヴェルとメイヴィスの話をすることができなかったが、王子と直接対面できたことは好都合だった。
0
お気に入りに追加
925
あなたにおすすめの小説
何故婚約解消してくれないのか分かりません
yumemidori
恋愛
結婚まで後2年。
なんとかサーシャを手に入れようとあれこれ使って仕掛けていくが全然振り向いてくれない日々、ある1人の人物の登場で歯車が回り出す、、、
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる