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悪役令嬢は悪徳商人に娶られる

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メイヴェルが学園を卒業してすぐに式が挙げられるかと思われたが、ジュリアスが学園を卒業することが優先され延期になった。

国王は世継ぎを望んでいたのでひどくがっかりしていた。婚約者とはいえ、さすがに婚姻前に子を産ませることはできない。王妃は当然の判断だと言った。

メイヴェルが18歳、ジュリアスが16歳。もう子供ではなかった。


ジュリアスは学生生活を満喫しているようだ。

後は式を挙げるだけだとばかりにメイヴェルの王妃教育は一段落していた。婚約者としての公務があるかと思っていたが、王宮から呼び出しがかかることも少なくなっていた。

メイヴェルは久しぶりに実家である侯爵家でゆっくりと過ごしていた。


「エステル」

「はい、メイヴェル様」


呼び掛ければ側付きの侍女がすぐに反応する。
エステルはメイヴェルが婚約者に選ばれた8歳の頃から付き従ってくれている。もう10年の付き合いだ。


―――10年か、とても長かった。


メイヴェルは長い睫毛を伏せてほうと息を漏らす。憂いた姿は神々しいほど美しい。妖精と謳われた容姿は10年経っても褪せていない。

メイヴェルは黙々とレースを編む。

王妃教育の一貫として習ったレース編みだったが、手遊びとしては丁度よく、メイヴェルは夢中になった。
一本の糸が複雑に絡まり合ってひとつの織になるのが美しい。小さなものならすぐに編み上げてしまえる。もっと高度なものをとオリジナルのデザインにも挑んだ。

レースを編んでいる間は何も考えなくて済む。


「――姉様」


その知らせはまずコリーンからもたらされた。


「わたくしの友人が殿下と親しくなったの。二人はとても幸せそうなのよ。お願い姉様、彼女に婚約者の地位を譲ってくれないかしら。そうしたらわたくしも女騎士の夢を諦めないでいられる」

「…え?」


次は王妃から言われた。


「あの小娘は貴族としての地位も低く、お前ほど賢くもないが、儚く細いばかりのお前よりよっぽど女として逞しい。どうだ。お前も望んでなった身分じゃないだろう?引いてみないか」

「…え?」


極めつけは第一王子であるジュリアスからだった。


「サラを新しい婚約者に迎えることにした。10年も縛り付けて悪かったな。もういいぞ」

「…え?」


ジュリアスは学園の公式行事で、メイヴェルとの婚約を破棄し、新しくサラを迎えることを公言したらしい。メイヴェルは呼ばれておらず、その場にすらいなかった。預かり知らぬところで勝手に婚約を破棄されていた。


「え、え?」


混乱して戸惑い、メイヴェルは立ち竦んだ。

突然の出来事にバーネット邸は騒然となった。


「なんてことだ。一体どうして…」

混乱しきった父の言葉。


「ぽっと出の女に負けるなんてなんて情けない。だから出来ることを全うしなさいと言ったでしょう」

切り捨てるような母の言葉。


「なんてことを言うんだ、ジゼル!」

「結果がすべてじゃない!この子は捨てられたのよ!」

「ああもう、とにかく王宮に事の次第を問い合わせて…」

父と母が言い合う声も耳を通り抜けていく。


「姉様、殿下との結婚がなくなったんだもの、侯爵家を継いでもらえるわよね?そうしたらわたくしは伯爵家に養女に出るわ。ああよかった!」

はしゃぐような妹の声も通り抜けていく。


「メイヴェル様、なんてお労しい…!」

侍女のすすり泣く声が聞こえる。


―――なにこれ、どうしてこんなことに。


ジュリアスとの婚約は望んでなったものではなかった。王家からの嘆願でバーネット家は断る術もなかった。

メイヴェルはジュリアスを愛してはいなかった。けれど第一王子の婚約者となってしまった以上、後ろ楯として依存していた。

王妃教育は厳しく辛かった。何度もやめたいと思ったが、やめられるものでもなかった。メイヴェルの負担は大きかった。

10年だ。とても長くて、辛かった。

10年間、メイヴェルには『第一王子の婚約者』としての価値しかなかった。それを奪われていったい何が残るのか。…何も残らない。


「ふふっ」

メイヴェルの唇から声が漏れる。


ジュリアスは次の相手――サラのために、王弟殿下の花園に新しい花を植えたらしい。似合いの花だよとそう言って、白薔薇を抜いて、今度は白い百合を。


「うふふっ、ははっ、あはははは!!」


ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
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