上 下
4 / 25
本編

第4話

しおりを挟む
 大陸一の人口を誇る王都は商業の中心地であると同時に軍事拠点でもある。広大な都は外敵や魔物の侵入を阻むべく何十キロにも及ぶ堅牢な外壁に囲まれている。
 鎧兜に身を包んだ兵士の守る門の前で、馬車は止まった。不思議に思って近衛隊長を見ると、彼はにこやかに笑った。

「ここからはどうかお歩きください。皆があなたをお待ちしています」

 促されるまま外壁の門をくぐると大歓声が聞こえてきた。

「糞漏らしさんだ! 糞漏らしさんの帰還だ!」
「おかえりなさい! 糞漏らしさん!」
「糞漏らしさん! もうどこにもいかないでください! 糞漏らしさん!」

 まるで祭りの山車を待ち望むかのように沿道には人々が立ち並んでおり、人々は俺が現れると大声をあげて手を振った。
 俺が王都に戻ることを知らされた人々が最大限の歓迎をしてくれているらしい。店や家のベランダに立つ人々は、一斉に紙吹雪をまいている。ただ一つ気になることがあったので、後ろを歩く近衛隊長に聞いてみた。

「なぜ紙吹雪が全て茶色なんですか?」

「あなたのイメージカラーですよ」

 沿道で話す若い女性の声が聞こえてきた。

「糞漏らしさんの髪って噂通りウンコ色なのね」

 ただの茶髪である。何故そう言われるのか理由が分からない。

 食堂の前に立つ店主らしい男が周囲に負けじと大きく手を振っている。

「糞漏らしさん! 今度この店に来てください! もちろんお代はいただきません! あなたの大好物のカレーをお作りします!」

 たしかにカレーは大好物だが誰にもそうだとは言っていない。なぜ店主はそう思ったのだろうか。

 一人の女性が沿道から遠慮がちに飛び出し、俺の前に近づいてきた。

「糞漏らしさん。どうか私のお腹を撫でていただけませんか?」

 おそらく女性のお腹には子供がいるのだろう。その子のゲン担ぎのためにそう頼んできたのだろうと、俺は彼女のお腹をそっとなでた。

「生まれてくるお子さんが幸せになれますように」

 その言葉に女性は不思議そうな顔をし、何かを察したかのような表情を浮かべて首を振った。

「違います。妊娠しているのではありません。実は私、便秘気味でして……。糞漏らしさんにお腹を触ってもらうと便秘が治るという噂があって、それで……」

 俺は彼女にできるだけ優しく笑いかけた。

「治るといいですね」

 次に現れたのは黒髪の小さな男の子である。男の子は右手を俺に差し出した。

「握手してください! 糞漏らしさん!」

 その子の小さな手をギュッと握ると、沿道から別の子供たちの声が聞こえてきた。

「きったねえ! あいつ、糞漏らしと握手してるぞ! ウンコ菌に感染した! ウンコ菌! ウンコ菌!」

 その言葉を聞いた少年は、キッと鋭い目で俺を睨みつけた。

「なんで握手したんだよ! 糞漏らし!」

 ため息をついた俺はトンと地面を蹴って沿道の子供たちの後ろに回り込んだ。そしてその場にいる全ての子供にタッチする。

「ほら。これでみんな仲良くウンコ菌だ」

 すると子供たちが一斉に騒ぎ出した。

「なにすんだよ! 糞漏らし野郎!」
「きったねえ! きったねえ! なんてことしやがんだよ!」
「お前マジで死ねよ! 糞が! 糞漏らした糞が!」

 ちなみに最後のセリフは握手した少年のものである。子供たちはみんな一斉に走り去っていった。握手の少年も子供たちの輪の中にいるのを見て俺は安心した。

 人々に手を振りながら歩いていくと、街の中心部にある広場へとたどり着いた。そこには四体の銅像が建っている。魔王と闘った四人の英雄の像である。俺の像には『ウンコ』と大きな落書きがされていた。
 近衛隊長に聞いてみた。

「消さないんですか?」

「消す必要がありますか?」

 近衛隊長は不思議そうな顔をしている。こちらの言わんとすることが全く理解できていない様子である。
 俺はそれ以上何も言わず、彼と共に王城を目指した。


 王との謁見の前に前室へと通された。扉を開けると、そこには四人の先客がいた。” 神託の勇者” ヴィクター・オルブライト。”炎の魔女” レイラ・クロックフォード。” 癒しの聖女” セリーナ・ヘルソン。
 ”大災害”の時、三千万もの兵が国中から集められた。その中には各地で勇名を轟かせる数多くの英雄たちがいたが、魔王の前に残ったのは俺の他にはこの三人しかいなかった。俺が糞を漏らしたのを知っているのはこの三人だけだった。この中に、糞を漏らしたことを言いふらした奴がいる。それは一体誰か――。

 そんなことを考えながら俺は部屋へと入り、ゆっくりと扉を閉めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

勇者パーティを追放されそうになった俺は、泣いて縋って何とか残り『元のDQNに戻る事にした』どうせ俺が生きている間には滅びんだろう!

石のやっさん
ファンタジー
今度の主人公はマジで腐っている。基本悪党、だけど自分のルールあり! パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のリヒトは、とうとう勇者でありパーティリーダーのドルマンにクビを宣告されてしまう。幼馴染も全員ドルマンの物で、全員から下に見られているのが解った。 だが、意外にも主人公は馬鹿にされながらも残る道を選んだ。 『もう友達じゃ無いんだな』そう心に誓った彼は…勇者達を骨の髄までしゃぶり尽くす事を決意した。 此処迄するのか…そう思う『ざまぁ』を貴方に 前世のDQNに戻る事を決意した、暗黒面に落ちた外道魔法戦士…このざまぁは知らないうちに世界を壊す。

勇者パーティー追放された支援役、スキル「エンカウント操作」のチート覚醒をきっかけに戦闘力超爆速上昇中ですが、俺は天職の支援役であり続けます。

カズマ・ユキヒロ
ファンタジー
支援役ロベル・モリスは、勇者パーティーに無能・役立たずと罵られ追放された。 お前のちっぽけな支援スキルなど必要ない、という理由で。 しかし直後、ロベルの所持スキル『エンカウント操作』がチート覚醒する。 『種類』も『数』も『瞬殺するか?』までも選んでモンスターを呼び寄せられる上に、『経験値』や『ドロップ・アイテム』などは入手可能。 スキルを使った爆速レベルアップをきっかけに、ロベルの戦闘力は急上昇していく。 そして勇者一行は、愚かにも気づいていなかった。 自分たちの実力が、ロベルの支援スキルのおかげで成り立っていたことに。 ロベル追放で化けの皮がはがれた勇者一行は、没落の道を歩んで破滅する。 一方のロベルは最強・無双・向かうところ敵なしだ。 手にした力を支援に注ぎ、3人の聖女のピンチを次々に救う。 小さい頃の幼馴染、エルフのプリンセス、実はロベルを溺愛していた元勇者パーティーメンバー。 彼女たち3聖女とハーレム・パーティーを結成したロベルは、王国を救い、人々から賞賛され、魔族四天王に圧勝。 ついには手にした聖剣で、魔王を滅ぼし世界を救うのだった。 これは目立つのが苦手なひとりの男が、最強でありながらも『支援役』にこだわり続け、結局世界を救ってしまう。そんな物語。 ※2022年12月12日(月)18時、【男性向けHOTランキング1位】をいただきました!  お読みいただいた皆さま、応援いただいた皆さま、  本当に本当にありがとうございました!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

異世界をスキルブックと共に生きていく

大森 万丈
ファンタジー
神様に頼まれてユニークスキル「スキルブック」と「神の幸運」を持ち異世界に転移したのだが転移した先は海辺だった。見渡しても海と森しかない。「最初からサバイバルなんて難易度高すぎだろ・・今着てる服以外何も持ってないし絶対幸運働いてないよこれ、これからどうしよう・・・」これは地球で平凡に暮らしていた佐藤 健吾が死後神様の依頼により異世界に転生し神より授かったユニークスキル「スキルブック」を駆使し、仲間を増やしながら気ままに異世界で暮らしていく話です。神様に貰った幸運は相変わらず仕事をしません。のんびり書いていきます。読んで頂けると幸いです。

処理中です...