50 / 50
その後の話
しおりを挟む
なんだかいろんなことがあったけど、その分時間の経過がとても速い。ほんのわずかに隆盛を弱めた夏を感じて涼しくなってきた店内に、虎豪さんと二人。
「虎豪さん」
「なんだよ」
おれ以外客がいない時間帯で、燕尾を着た虎豪さんがぞんざいに返事をする。テストも終わり夏休みに入ったはいいが、サークルに所属してないおれは時間をもてあましており、こうして虎豪さんとだらだらするのが日課になっている。
カウンター席に座り虎豪さんに構ってほしいと話しかける。おれの彼氏は嫌そうな顔を標準装備して、ため息交じりに返答をしてくれた。
客がいないから虎豪さんも気張ることなく、おれへの扱いはいつも通りだ。今でもファンを引き付けてやまないその豊満なボディは、最近さらに魅力を増したともっぱらの評判だ。雰囲気が柔らかくなったこともあり、雄の色香がさらに強くなったんだ。
そんな涎物の雄である虎豪さんに、おれも適当な答えをぶん投げる。
「暇なんですが」
「知らねえよ。猫柳みたいに合宿でも行ってればいいだろうが」
「今あいつの顔は見たくないのでいいです」
猫柳の留年回避のためにおれがした苦労は筆舌に尽くしがたく、あのころの不機嫌度は最高だった。おかげで夏休みに入ってすぐに猫柳と喧嘩して、ただ今絶賛冷戦中だ。
「まあ、同居してるんだからたまにはそういうこともあるだろ。合宿から帰ってきたらちゃんと仲直りしろよ。お前も言い過ぎたと思ってるんだろ?」
「そりゃ、そうですけど……」
「大方、猫柳の私物を視界に入れたくないから帰りたくもないってとこか? だからってここで油を売るなって感じなんだがな」
図星だったのでスルーします。でも、虎豪さんのジト目に耐えかねてつい頷いてしまった。
「わかりました、仲直りしますよー」
結局根負けして言質を取られてしまった。机に顔を乗せて頬をむにぃと伸ばしてむくれる。
でも、さすがにそろそろ仲直りした方がいいと思っていたので、おれはすぐさま携帯で謝罪の連絡を送った。履歴を見ると喧嘩して以降会話がないのがわかり、なんだか悲しい気持ちになった。
「そうそう、大人にならねえとな」
「虎豪さんに言われたくないです」
「なんでだよ」
がばっと顔を上げ、全力で不機嫌そうな顔を作る。ちょっとだけむっとした顔の虎豪さんはいつ見ても十分かっこいい。
「だって、おれにキスとか全然してくれないじゃないですか」
「はあぁ?!」
危うく食器を落しかけた虎豪さんがすっとんきょうな声を出す。
そうなのだ。せっかくお付き合いできているというのに、虎豪さんはあれ以来おれのことが好きだとか全く言ってくれないし、その後の進展も全くない。これにはおれだってふくれっ面になろうというものだ。
素直じゃない上に頑固で古風な虎豪さんだから、そういうことに抵抗があるのはわかる。わかるのだけど、やっぱり好きな人の口から言ってほしいし、その先だって行きたい。
もちろん自分がそういうことに対して免疫がないという自覚が虎豪さんにはある。だからおれの文句に対し、唸りながら牙を剥くのだ。怒るでもなく、恥ずかしいという気持ちで。
「虎豪さんがキスしてくれたら、仲直り頑張りますよ」
「別にてめえらの仲が悪かろうが俺には関係ねえだろうが」
食器を片づける手を止め、虎豪さんが睨む。害意が全くない眼光は怖いどころかかっこいい。思わずおれの方から顔を近づけてしまいそうになるほど、肉食の相貌は凛々しい。
それっきり虎豪さんは黙ってしまったので、おれも手持無沙汰になって携帯を手に取った。
こんなやり取りももう何回目だろうか。晴れて恋人同士になったおれらだけど、その距離感はあまり変わっていない。でも、恋人という双方向のつながりは、おれの心に確かな温かさを注いでくれている。
狗守さんは前と変わらずのほほんと店にやって来ては虎豪さんに進展を聞いている。あまりに進展がなさ過ぎるものだから、業を煮やしておれに押し倒したらいいと発破をかけてくる始末。実は前にやってみたんだけど、押し倒すどころか一歩動かすこともできなかった。挙句に甘えてると勘違いされて抱き返されたなんてことは言わないでおいた。おれの名誉のために。
牙縞さんも最近はよく店に来てくれる。慣れてきたのか最近は声も大きくなって、注文が取りやすくなった。というか、家に晩御飯を食べに来ることも増えた。狗守さんと一緒に。
明らかにましなものを食べてないであろう狗守さんを盾にするのはやめていただきたい。だけど、猫柳を含めた団らんはなかなか楽しいので悪い気はしていない。あとは虎豪さんとも仲直りしてくれればいいのだけど、悲しいことに未だ出会いがしらの罵倒は治らない。
とまあ、こんな感じで最近は和やかだ。店も軌道に乗ってるし、おれと一緒に考案した新メニューの評判も上々。このままうまくいってくれることを願うばかりだ。
あ、猫柳から返信だ。筆まめとは言い難い猫柳にしては早い返信に、同じ気持ちだったのかと勘ぐった。案の定、中身も謝罪の言葉だったので、仲直りはスムーズに進みそうだ。
『おれもお前に頼りっきりで悪かったと思う。謝るから、またご飯を作ってくれ。合宿所の飯がまずくてもう帰りたい』
最後が無ければなあ。おれの価値が真面目に料理しか認識されてないのでは説が濃厚なんですけど。いや、こいつにデリカシーとか期待するのが無理ってことは重々承知なのでいいんだけどさ。
それに食べたいものを聞いてみると、料理の名前だけ十個ぐらい上げられた。飢えすぎだろこいつ。そういえば、明日には帰ってくるんだよな。はあ、帰りに買い物でも行きますか。
その後も適当にやり取りをしていたら、唐突に虎豪さんが口を開いた。
「ほらよ」
ぞんざいに投げ出されたのは虎豪さん印の美味しいコーヒー。最近はおごってもらうことも増えたので、おれはそれをお礼と共にすんなり受け取ることができる。
でも、黒々とした液面に、見慣れない模様が浮いていることに気が付いた
「虎豪さん、これは……?」
それは、真っ白なハートマーク。ミルクで作った不格好な愛の印が、黒い液面をゆらゆらと漂っているではないか。
黙っていたと思ったらこういうのを作っていたのか。素直じゃない虎豪さんの精一杯の告白に、思わず頬がゆるんでしまう。
本当はもっと眺めていたかったけど、恥ずかしさに耐えかねた虎豪さんの伸ばした手がコップを揺らしてしまった。おかげで珍しい愛の印はコーヒーを茶色に染めて消えてしまう。
「せっかく虎豪さんからもらったハートが……」
「あー、うっせ、うっせえ。んなもんぐらいでがたがた言うな」
「恥ずかしがるくらいならしなきゃいいのに……」
「うっせぇっ!」
毛皮を不自然なくらい逆立てて、牙をむいて虎豪さんは唸る。いまだにこういうことが恥ずかしい人だから、先に進めるのはまだまだ先のような気がする。
虎豪さんからの愛が詰まったコーヒーを飲むと、また一つ目の前の虎を好きになった気がする。今の虎豪さんは身の丈に合った燕尾を着ており、のびのびと自分の仕事ができている。
「その燕尾、動きやすそうですね」
「まあな。おかげで仕事がはかどるってもんだ」
苦笑しながらも虎豪さんはあっさりと答えてくれた。
陽さんの燕尾服は今も虎豪さんの手にあるけれど、それはきちんと縫われて部屋に干されたまま。大事にはしているけれど、もう頼ることはない。そんな虎豪さんの気持ちが反映されているかのようだ。虎豪さんはその巨体を十分に伸ばし、前を向いていける。
陽さんの燕尾を着ていた虎豪さんはエロさがあってよかったけど、今の虎豪さんは心から喫茶店を楽しんでいるようだから。おれは今の虎豪さんの方が好きなんだと思う。笑顔もだいぶ柔らかくなってきて、他の人が虎豪さんに惚れたらどうしようなんて心配するくらい。
そんな想い人をまじまじと見つめて、幸せを噛みしめるため息。にやけたおれの顔に向けられる視線はちょっととがっていたけど、それが恥ずかしさから来てるのはもう理解できている。
「……キス、してみるか?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。ばつの悪そうな顔で頬をかいている虎豪さんを見ると、冗談を言っているような雰囲気ではない。え、本当に?
虎豪さんがハートを出したりしていたのはこれを切り出す勇気を振り絞っていたんだと、今気づいた。おしゃれな喫茶店で、ゆっくりと空気が澄んでいく感覚がする。
「だから、キスしてみるかって聞いたんだ」
「いいんですか?」
「良いも悪いも、付き合ってるんだから当然だろうが」
その当然に行きつくまで結構時間がかかったような気がしますが、指摘するとうやむやにされそうなので黙っておこう。
自分から言ってみたとはいえ、いざその時が来ると緊張してしまう。かっこいい虎が身を屈め、おれに目線を合わせてくれる。
虎豪さんの顔が近い。虎豪さんは目線をさまざまな方向に泳がせ、おれを直視できないでいるようだ。おれもまた、そんな虎豪さんを直視できない。
「当然なんだよな。お前は俺の彼氏なんだから」
ひげをそよがせて、虎は言う。
素直じゃない人だけど、まっすぐな人だから。言いたいことを言う時はおれに目線を合わせてくれる。雄々しい虎の顔がしっかりとおれを見定めた。
「好きだ」
「ありがとう……ございます」
感無量と言えばいいのだろうか。虎豪さんの口から、愛を歌う言葉を聞けるなんて。
うっすらと目に浮かぶ涙を見て虎豪さんは慌てたようだったけど、それが嫌悪からでないと知ると、すぐに相貌を正す。
ゆっくりと顔を近づけて、ゆっくりと目をつむって。
恋人同士というにはまだぎこちないおれらだけど、肌で感じる接近に途方もないときめきを感じている。目の前の人に、おれは身をゆだねてキスを待つ。
君の喫茶店で、出会い、別れて、つながった。そして、これからは一緒に大人になっていく。
それがとても嬉しくて、それがとても愛おしくて。
性別しか共通点がないようなおれらだけど、今日、初めて。
――――キスをすることができました。
「虎豪さん」
「なんだよ」
おれ以外客がいない時間帯で、燕尾を着た虎豪さんがぞんざいに返事をする。テストも終わり夏休みに入ったはいいが、サークルに所属してないおれは時間をもてあましており、こうして虎豪さんとだらだらするのが日課になっている。
カウンター席に座り虎豪さんに構ってほしいと話しかける。おれの彼氏は嫌そうな顔を標準装備して、ため息交じりに返答をしてくれた。
客がいないから虎豪さんも気張ることなく、おれへの扱いはいつも通りだ。今でもファンを引き付けてやまないその豊満なボディは、最近さらに魅力を増したともっぱらの評判だ。雰囲気が柔らかくなったこともあり、雄の色香がさらに強くなったんだ。
そんな涎物の雄である虎豪さんに、おれも適当な答えをぶん投げる。
「暇なんですが」
「知らねえよ。猫柳みたいに合宿でも行ってればいいだろうが」
「今あいつの顔は見たくないのでいいです」
猫柳の留年回避のためにおれがした苦労は筆舌に尽くしがたく、あのころの不機嫌度は最高だった。おかげで夏休みに入ってすぐに猫柳と喧嘩して、ただ今絶賛冷戦中だ。
「まあ、同居してるんだからたまにはそういうこともあるだろ。合宿から帰ってきたらちゃんと仲直りしろよ。お前も言い過ぎたと思ってるんだろ?」
「そりゃ、そうですけど……」
「大方、猫柳の私物を視界に入れたくないから帰りたくもないってとこか? だからってここで油を売るなって感じなんだがな」
図星だったのでスルーします。でも、虎豪さんのジト目に耐えかねてつい頷いてしまった。
「わかりました、仲直りしますよー」
結局根負けして言質を取られてしまった。机に顔を乗せて頬をむにぃと伸ばしてむくれる。
でも、さすがにそろそろ仲直りした方がいいと思っていたので、おれはすぐさま携帯で謝罪の連絡を送った。履歴を見ると喧嘩して以降会話がないのがわかり、なんだか悲しい気持ちになった。
「そうそう、大人にならねえとな」
「虎豪さんに言われたくないです」
「なんでだよ」
がばっと顔を上げ、全力で不機嫌そうな顔を作る。ちょっとだけむっとした顔の虎豪さんはいつ見ても十分かっこいい。
「だって、おれにキスとか全然してくれないじゃないですか」
「はあぁ?!」
危うく食器を落しかけた虎豪さんがすっとんきょうな声を出す。
そうなのだ。せっかくお付き合いできているというのに、虎豪さんはあれ以来おれのことが好きだとか全く言ってくれないし、その後の進展も全くない。これにはおれだってふくれっ面になろうというものだ。
素直じゃない上に頑固で古風な虎豪さんだから、そういうことに抵抗があるのはわかる。わかるのだけど、やっぱり好きな人の口から言ってほしいし、その先だって行きたい。
もちろん自分がそういうことに対して免疫がないという自覚が虎豪さんにはある。だからおれの文句に対し、唸りながら牙を剥くのだ。怒るでもなく、恥ずかしいという気持ちで。
「虎豪さんがキスしてくれたら、仲直り頑張りますよ」
「別にてめえらの仲が悪かろうが俺には関係ねえだろうが」
食器を片づける手を止め、虎豪さんが睨む。害意が全くない眼光は怖いどころかかっこいい。思わずおれの方から顔を近づけてしまいそうになるほど、肉食の相貌は凛々しい。
それっきり虎豪さんは黙ってしまったので、おれも手持無沙汰になって携帯を手に取った。
こんなやり取りももう何回目だろうか。晴れて恋人同士になったおれらだけど、その距離感はあまり変わっていない。でも、恋人という双方向のつながりは、おれの心に確かな温かさを注いでくれている。
狗守さんは前と変わらずのほほんと店にやって来ては虎豪さんに進展を聞いている。あまりに進展がなさ過ぎるものだから、業を煮やしておれに押し倒したらいいと発破をかけてくる始末。実は前にやってみたんだけど、押し倒すどころか一歩動かすこともできなかった。挙句に甘えてると勘違いされて抱き返されたなんてことは言わないでおいた。おれの名誉のために。
牙縞さんも最近はよく店に来てくれる。慣れてきたのか最近は声も大きくなって、注文が取りやすくなった。というか、家に晩御飯を食べに来ることも増えた。狗守さんと一緒に。
明らかにましなものを食べてないであろう狗守さんを盾にするのはやめていただきたい。だけど、猫柳を含めた団らんはなかなか楽しいので悪い気はしていない。あとは虎豪さんとも仲直りしてくれればいいのだけど、悲しいことに未だ出会いがしらの罵倒は治らない。
とまあ、こんな感じで最近は和やかだ。店も軌道に乗ってるし、おれと一緒に考案した新メニューの評判も上々。このままうまくいってくれることを願うばかりだ。
あ、猫柳から返信だ。筆まめとは言い難い猫柳にしては早い返信に、同じ気持ちだったのかと勘ぐった。案の定、中身も謝罪の言葉だったので、仲直りはスムーズに進みそうだ。
『おれもお前に頼りっきりで悪かったと思う。謝るから、またご飯を作ってくれ。合宿所の飯がまずくてもう帰りたい』
最後が無ければなあ。おれの価値が真面目に料理しか認識されてないのでは説が濃厚なんですけど。いや、こいつにデリカシーとか期待するのが無理ってことは重々承知なのでいいんだけどさ。
それに食べたいものを聞いてみると、料理の名前だけ十個ぐらい上げられた。飢えすぎだろこいつ。そういえば、明日には帰ってくるんだよな。はあ、帰りに買い物でも行きますか。
その後も適当にやり取りをしていたら、唐突に虎豪さんが口を開いた。
「ほらよ」
ぞんざいに投げ出されたのは虎豪さん印の美味しいコーヒー。最近はおごってもらうことも増えたので、おれはそれをお礼と共にすんなり受け取ることができる。
でも、黒々とした液面に、見慣れない模様が浮いていることに気が付いた
「虎豪さん、これは……?」
それは、真っ白なハートマーク。ミルクで作った不格好な愛の印が、黒い液面をゆらゆらと漂っているではないか。
黙っていたと思ったらこういうのを作っていたのか。素直じゃない虎豪さんの精一杯の告白に、思わず頬がゆるんでしまう。
本当はもっと眺めていたかったけど、恥ずかしさに耐えかねた虎豪さんの伸ばした手がコップを揺らしてしまった。おかげで珍しい愛の印はコーヒーを茶色に染めて消えてしまう。
「せっかく虎豪さんからもらったハートが……」
「あー、うっせ、うっせえ。んなもんぐらいでがたがた言うな」
「恥ずかしがるくらいならしなきゃいいのに……」
「うっせぇっ!」
毛皮を不自然なくらい逆立てて、牙をむいて虎豪さんは唸る。いまだにこういうことが恥ずかしい人だから、先に進めるのはまだまだ先のような気がする。
虎豪さんからの愛が詰まったコーヒーを飲むと、また一つ目の前の虎を好きになった気がする。今の虎豪さんは身の丈に合った燕尾を着ており、のびのびと自分の仕事ができている。
「その燕尾、動きやすそうですね」
「まあな。おかげで仕事がはかどるってもんだ」
苦笑しながらも虎豪さんはあっさりと答えてくれた。
陽さんの燕尾服は今も虎豪さんの手にあるけれど、それはきちんと縫われて部屋に干されたまま。大事にはしているけれど、もう頼ることはない。そんな虎豪さんの気持ちが反映されているかのようだ。虎豪さんはその巨体を十分に伸ばし、前を向いていける。
陽さんの燕尾を着ていた虎豪さんはエロさがあってよかったけど、今の虎豪さんは心から喫茶店を楽しんでいるようだから。おれは今の虎豪さんの方が好きなんだと思う。笑顔もだいぶ柔らかくなってきて、他の人が虎豪さんに惚れたらどうしようなんて心配するくらい。
そんな想い人をまじまじと見つめて、幸せを噛みしめるため息。にやけたおれの顔に向けられる視線はちょっととがっていたけど、それが恥ずかしさから来てるのはもう理解できている。
「……キス、してみるか?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。ばつの悪そうな顔で頬をかいている虎豪さんを見ると、冗談を言っているような雰囲気ではない。え、本当に?
虎豪さんがハートを出したりしていたのはこれを切り出す勇気を振り絞っていたんだと、今気づいた。おしゃれな喫茶店で、ゆっくりと空気が澄んでいく感覚がする。
「だから、キスしてみるかって聞いたんだ」
「いいんですか?」
「良いも悪いも、付き合ってるんだから当然だろうが」
その当然に行きつくまで結構時間がかかったような気がしますが、指摘するとうやむやにされそうなので黙っておこう。
自分から言ってみたとはいえ、いざその時が来ると緊張してしまう。かっこいい虎が身を屈め、おれに目線を合わせてくれる。
虎豪さんの顔が近い。虎豪さんは目線をさまざまな方向に泳がせ、おれを直視できないでいるようだ。おれもまた、そんな虎豪さんを直視できない。
「当然なんだよな。お前は俺の彼氏なんだから」
ひげをそよがせて、虎は言う。
素直じゃない人だけど、まっすぐな人だから。言いたいことを言う時はおれに目線を合わせてくれる。雄々しい虎の顔がしっかりとおれを見定めた。
「好きだ」
「ありがとう……ございます」
感無量と言えばいいのだろうか。虎豪さんの口から、愛を歌う言葉を聞けるなんて。
うっすらと目に浮かぶ涙を見て虎豪さんは慌てたようだったけど、それが嫌悪からでないと知ると、すぐに相貌を正す。
ゆっくりと顔を近づけて、ゆっくりと目をつむって。
恋人同士というにはまだぎこちないおれらだけど、肌で感じる接近に途方もないときめきを感じている。目の前の人に、おれは身をゆだねてキスを待つ。
君の喫茶店で、出会い、別れて、つながった。そして、これからは一緒に大人になっていく。
それがとても嬉しくて、それがとても愛おしくて。
性別しか共通点がないようなおれらだけど、今日、初めて。
――――キスをすることができました。
0
お気に入りに追加
22
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
王道にはしたくないので
八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉
幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。
これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
甘えた狼
桜子あんこ
BL
オメガバースの世界です。
身長が大きく体格も良いオメガの大神千紘(おおがみ ちひろ)は、いつもひとりぼっち。みんなからは、怖いと恐れられてます。
その彼には裏の顔があり、、
なんと彼は、とても甘えん坊の寂しがり屋。
いつか彼も誰かに愛されることを望んでいます。
そんな日常からある日生徒会に目をつけられます。その彼は、アルファで優等生の大里誠(おおさと まこと)という男です。
またその彼にも裏の顔があり、、
この物語は運命と出会い愛を育むお話です。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
今更で遅いと思いますが、すごく良かったです!ありがとうございます。
ケモノBL、しかもエロ描写がないのがいい!エロ描写があるとどうしてもそっちに注意が行くから。
こんな感じの日常物が書きたい!これからも応援しています!
あー虎豪さんみたいな彼氏ほしいなぁ。
はじめまして。毎日投稿お疲れ様です!
虎豪さんがカッコ良すぎて感想送っちゃいました! いつも辰瀬と一緒に鼻血出してます(*^^*)
今まで見てきたケモノ作品の中で、こんなに毎日の投稿が楽しみなのは久しぶりです!
これからの展開がとても楽しみです!
無理だけはなさらない様に頑張ってください! 応援してます!٩(ˊᗜˋ*)و
はじめまして、コメントありがとうございます!
虎豪さんの良さとか二人の距離感とかを楽しんでもらえればうれしいです!
ケモノキャラはまだ登場予定なので、ぜひぜひ続きも読んでもらえれば!
応援ありがとうございました!