君の喫茶店

とりあえず

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何やら不穏な雰囲気

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 そういえば、注文を取らないといけないんだった。虎豪さんが手伝えこのくそ野郎と言わんばかりの視線が背中にめちゃくちゃ突き刺さっている。これは後で絶対怒られますな。

「あ、ごめんね忙しいところ引きとめちゃって。俺はアイスコーヒーをお願い」
「僕もそれで」

 即座に注文をメモってカウンターに戻らないと。虎豪さんの不機嫌さがどんどん店を満たしていってしまう。そのはけ口になるのは御免こうむる。

「じゃあおれも戻るわ。また手を出されたらすぐに言えよ」
「ありがとう猫柳。君も接客頑張って」
「おう、ナイトに任せろ」

 その呼称気に入ったのな。恥ずかしいからやめてほしいんだけど。

 おれは狗守さんと牙縞さんに別れを告げて、カウンターに戻ってきた。さっそくとって来た注文をさばかないと。あと、虎豪さんと猫柳が持ってきた注文もあるんだ。大変だけど料理は性分に合ってるし、そこまで苦じゃない。簡単なドリンクくらいなら虎豪さんが手伝ってくれるし、こちらは問題なさそうだ。

 それにしても客が多い。ついこの間まで潰れかかっていたのが信じられない。ホモの力って怖いな。

 一息ついて店内を見渡せば、熱のこもった視線が飛び交っているさまがよく見える。肉厚のガタイをエロ衣装もかくや、と言わんばかりの燕尾で包んだ虎二人はおれの目から見ても十分な逸材だ。いつもは虎豪さん一人だったのに、それが二人ともなれば無理もない。

 虎豪さんはこんな客量を一人でさばいていたのか。そりゃセクハラがなくとも疲労困憊するし、セクハラに構う余裕なんてできるわけがない。

 実際、今の虎豪さんは伸びてくる手をうまいことかわしており、誰一人としてあの豊満な肉体への接触を許してはいない。加えてあの凛々しい相貌もあってか、だいぶ高嶺の花と化している。

 おれはあれに抱き着けたんだぜグフフ。などとあの時の感覚を思い出しては幸せな笑みがこぼれてくるが、通報されそうだから何とか律しよう。

「二人も増えると手が空いていい。どうだ、なにか困ってないか?」

 そんな肉厚な虎豪さんが涼しい顔でやって来た。空になった食器を渡すと、サイフォンに火を入れコーヒーを沸かす。予想に反してあまり怒ってはいないようだ。よかった。

「こっちは大丈夫です。料理を作ってるだけですし、仕込みさえしてあればそれほど手間もかからないですから」
「そうか。ありがとな、手伝ってくれて」

 コポコポとサイフォンに気泡が浮かぶ。はじけて消えた泡にはびっくりするような自分の顔が映っていたに違いない。

「なんか素直で怖いですよ虎豪さん、どうしたんですか?」
「あ? なら、さっきのさぼりを叱ってやろうか?」
「すみません。以後気を付けます」
「ったく、お礼ぐらい素直に受け取れよ」

 まさか虎豪さんに素直になれなんて言われる日が来るとは思ってなかった。不覚。

「そうですね、確かに虎豪さんはもうちょっと素直になった方がいいと思います」
「一言余計だ」

 なので、こうしてついつい減らず口が出てしまう。虎豪さんは眉間にしわを寄せて目線を鋭くしたけど、すぐさまそっぽを向いてしまった。

「まあ、素直にならないと言いたいことも言えないしな」

 そのまま給仕に戻る虎豪さん。

 ん? なんだか少し照れていたような。いや、気のせいか。

 それにしても、虎豪さんはだいぶ丸くなったな。最初のころはあんなにとげとげしていたのに。ビラ配りの時に男どもを投げ飛ばしていた姿からは想像もできない対処だ。

 あー、隙を見てもう一回抱き着けないかな。あわよくば、また抱き返してくれないかな。

 元から大人の魅力あふれた虎豪さんだったけど、今は少しの落ち着きを手に入れることによってより一層ダンディになってらっしゃる。人当たりの良さも上がり、魅力は高まるばかりだ。

「幸せそうな顔をしているね」

 給仕にいそしむ虎豪さんに目を奪われていて、カウンターに座った狗守さんのことに全く気付かなかった。声をかけられて初めて、その灰色と隣の橙色を視認することができた。どうやらテーブル席からこっちに移動してきたようだ。

「虎豪さん、元気になってよかったね」

 ホッとしたような狗守さんに向けて、深々とお辞儀をする。虎豪さんとの今があることを考えたら、正直これだけじゃ全然足りないのだけど。

「いや、いいんだよ。俺にも原因があるんだし」
「まあそうだな」

 狗守さんの話に牙縞さんが相槌を打つ。その表情はなんだか怒っているようだ。

 一体何があったのか、さっきからおれの知らないことが進行しているようでついていけない。それを聞いてみると、狗守さんがとても困った顔になったのでこれ以上の言及もできそうになかった。牙縞さんも沈痛な顔になっており、あまり触れてはいけないのだと察した。

「ところで、今晩は暇かな?」

 狗守さんからの唐突なお誘いに、おれは自然と返答を返す。

「はい……あ、猫柳の晩御飯作ってからなら大丈夫です」
「え、なにそれ、完全に餌付けしてるの?」

 普段笑みを標準装備している狗守さんの驚き顔なんて珍しい。そんなに驚くことだったかな。

「なるほど、それであんなに従順な騎士ができるのか」

 隣の牙縞さんは納得の表情で考え込んでいるけど、それだとおれが猫柳のことを利用しているみたいなのでやめていただきたい。あいつは勝手に人の家に来ては晩御飯を催促する自由すぎるなバカ猫なだけなので。

「本当に仲がいいんだね」

 牙縞さんがにっこり笑い、ひげを揺らした。

「僕は虎豪に話があってね。さっきそれを狗守に言ったら、辰瀬君がいたほうがいいなんて言い出すものだから、良かったら一緒に聞いてくれないかと思って」
「辰瀬君は虎豪さんの大事な人だからね。いてくれたら話がスムーズになるかなって」

 虎豪さんに対して怒りを持つ牙縞さんの話。そんなことが起こりうる原因をおれは一つしか知らない。

「……陽さんの事ですか?」
「うん」

 牙縞さんが頷いて、やっぱりという感情が胸中を占めた。

「実は、陽の元カレなんだよね、僕」
「そうそう、俺の前に付き合ってたのが彼なんだ」
「……ええ!?」
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