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二人の話
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カウンター越しに、二人の視線が重なるのが嫌だった。虎豪さんを独占されたように感じるから。おれが虎豪さんを独占できているところなんて、手の中でぬるくなったコーヒーぐらいだ。中身が少なくなったそれを飲み干すことなんて、今のおれにはできない。
うつむいて、これ以上は見たくないなんてだだをこねて拒絶した。だけど、そんな拒絶するだけの子供なおれの頭に大きな質量がどんっと置かれた。狗守さんの手より大きな手。ごつくて武骨で、やさしさなんかまったく持ち合わせていない手。でも、おれがなによりも求めてしまう手。
「うちの常連をいじめる奴に話なんかねえよ」
「えーっと、本当にいじめてるつもりはなかったんだよ。あうぅ、ごめんよ。頭撫でられるのが嫌だったのなら、今度から気を付ける」
狗守さんが慌てながら謝ってくれる。いい人なんだと思う一方で、嫌な奴ならよかったのになんて思ってしまう自分が一番嫌な奴なんだ。だから、おれはもう何も言わずただ耳をそばだてるだけにしよう。祈るように、おれは最後の一口を飲んだ。
狗守さんは簡単にコーヒーだけを頼むと、話を切り出した。虎豪さんはいまだ警戒の色を強めたままだったけど、狗守さんの一言を聞くと顔色を一変させた。
「『陽』についてのことなんだけど……」
虎豪さんの息を飲む音がおれにまで伝わった。虚をつかれて驚きをあらわにする虎豪さんは持っていたグラスを置いて、カウンターから身を乗り出した。ねめつけるように狗守さんを見据え、喉の奥から唸り声のような声を絞り出す。
「てめえ、あいつの知り合いか?」
無理にかがんだせいで燕尾服が悲鳴を上げているけれど、虎豪さんはそんな事にも気が回らないようだ。へたうつと噛みちぎられそうな気迫で眼前に迫る。
『陽』とは誰の事なんだろう。おれは聞いたことのない名前に首をかしげながらも、二人の会話に耳を立てることにした。ゆったりした雰囲気を持つ店内のここだけが弾けそうな気配を漂わせている。
てっきり告白だとばかり思ってたのに、狗守さんは全く関係ないことを話しだした。早合点だと、そう理解して耳の先まで熱が昇っていくのを感じる。そんな事の為にあんな恥ずかしい思いをしてまで逃げたのか……。
虎豪さんは見たこともないくらい真剣な顔をしているけれど、おれは告白じゃなかったって一点だけを見て安堵のため息をついてしまう。そしてまたため息。自分の事しか考えていないように思えて少しいやになったから。なんとなく居心地が悪かったので空になったカップをカウンターに置いた。
「知り合いだよ。そこで君にお願いがあるんだ」
狗守さんのトーンも自然と低くなり、真剣な話なんだなと分かった。なんだかこれ以上聞いたらいけない気がする。おれが気を使って守ってきた虎豪さんとの距離が崩れてしまう恐怖が背中をなでつけた。
しかし、それでも会話は先へ進んでいく。興味がなかったとは言わない。おれには虎豪さんのことなら何でも知りたいという青臭い恋心がある。それに逆らえるほど、おれは大人じゃなかったんだ。
狗守さんはじっと虎豪さんを見据えると指を突きつけた。
「その燕尾服。それを譲ってもらいたいんだ」
「断る」
虎豪さんの返事は早かった。取りつく島もないほどの速度で狗守さんに叩きつける。
空気が張りつめていくのが肌で感じられる。普段おれに対して向けているのとは違う、本物の否定。まるで返す太刀で一刀両断するような切れ味を誇るその拒絶をもらったら、おれなら泣きながら帰るだろう。
だけど、狗守さんは笑みを崩さないまま。おそらく予想はついていたのだろう、「そっか」と言いながらコーヒーを口に運ぶだけでそれ以上のリアクションを取ることはなかった。
「じゃあこれ俺の連絡先。気が変わったら教えてほしいな」
「ふん」
捨てるでもなく一応受け取った虎豪さんを確認して、狗守さんは満足そうに立ち上がった。そして、最後に一回、おれの頭に手をぽんっと置いた。
「じゃあこれで失礼するよ。おいしいコーヒーをごちそうさま。君も頑張ってね」
慌てて振り返っても見えるのは狗守さんの背中だけだった。姿勢よく歩いて去っていく狗守さんにはおれの気持ちが見透かされていたのかな。まあ、あんなにあからさまな行動たくさんしてれば気づくなという方が難しいかもしれない。
ドアに取り付けられたベルが鳴る音に呼応して、虎豪さんの手が狗守さんの飲んでいたコーヒーカップを持ち去った。次に、おれが飲んでいたカップに手を伸ばし、手袋に包まれた手がカウンターへ消えて行く。
うつむいて、これ以上は見たくないなんてだだをこねて拒絶した。だけど、そんな拒絶するだけの子供なおれの頭に大きな質量がどんっと置かれた。狗守さんの手より大きな手。ごつくて武骨で、やさしさなんかまったく持ち合わせていない手。でも、おれがなによりも求めてしまう手。
「うちの常連をいじめる奴に話なんかねえよ」
「えーっと、本当にいじめてるつもりはなかったんだよ。あうぅ、ごめんよ。頭撫でられるのが嫌だったのなら、今度から気を付ける」
狗守さんが慌てながら謝ってくれる。いい人なんだと思う一方で、嫌な奴ならよかったのになんて思ってしまう自分が一番嫌な奴なんだ。だから、おれはもう何も言わずただ耳をそばだてるだけにしよう。祈るように、おれは最後の一口を飲んだ。
狗守さんは簡単にコーヒーだけを頼むと、話を切り出した。虎豪さんはいまだ警戒の色を強めたままだったけど、狗守さんの一言を聞くと顔色を一変させた。
「『陽』についてのことなんだけど……」
虎豪さんの息を飲む音がおれにまで伝わった。虚をつかれて驚きをあらわにする虎豪さんは持っていたグラスを置いて、カウンターから身を乗り出した。ねめつけるように狗守さんを見据え、喉の奥から唸り声のような声を絞り出す。
「てめえ、あいつの知り合いか?」
無理にかがんだせいで燕尾服が悲鳴を上げているけれど、虎豪さんはそんな事にも気が回らないようだ。へたうつと噛みちぎられそうな気迫で眼前に迫る。
『陽』とは誰の事なんだろう。おれは聞いたことのない名前に首をかしげながらも、二人の会話に耳を立てることにした。ゆったりした雰囲気を持つ店内のここだけが弾けそうな気配を漂わせている。
てっきり告白だとばかり思ってたのに、狗守さんは全く関係ないことを話しだした。早合点だと、そう理解して耳の先まで熱が昇っていくのを感じる。そんな事の為にあんな恥ずかしい思いをしてまで逃げたのか……。
虎豪さんは見たこともないくらい真剣な顔をしているけれど、おれは告白じゃなかったって一点だけを見て安堵のため息をついてしまう。そしてまたため息。自分の事しか考えていないように思えて少しいやになったから。なんとなく居心地が悪かったので空になったカップをカウンターに置いた。
「知り合いだよ。そこで君にお願いがあるんだ」
狗守さんのトーンも自然と低くなり、真剣な話なんだなと分かった。なんだかこれ以上聞いたらいけない気がする。おれが気を使って守ってきた虎豪さんとの距離が崩れてしまう恐怖が背中をなでつけた。
しかし、それでも会話は先へ進んでいく。興味がなかったとは言わない。おれには虎豪さんのことなら何でも知りたいという青臭い恋心がある。それに逆らえるほど、おれは大人じゃなかったんだ。
狗守さんはじっと虎豪さんを見据えると指を突きつけた。
「その燕尾服。それを譲ってもらいたいんだ」
「断る」
虎豪さんの返事は早かった。取りつく島もないほどの速度で狗守さんに叩きつける。
空気が張りつめていくのが肌で感じられる。普段おれに対して向けているのとは違う、本物の否定。まるで返す太刀で一刀両断するような切れ味を誇るその拒絶をもらったら、おれなら泣きながら帰るだろう。
だけど、狗守さんは笑みを崩さないまま。おそらく予想はついていたのだろう、「そっか」と言いながらコーヒーを口に運ぶだけでそれ以上のリアクションを取ることはなかった。
「じゃあこれ俺の連絡先。気が変わったら教えてほしいな」
「ふん」
捨てるでもなく一応受け取った虎豪さんを確認して、狗守さんは満足そうに立ち上がった。そして、最後に一回、おれの頭に手をぽんっと置いた。
「じゃあこれで失礼するよ。おいしいコーヒーをごちそうさま。君も頑張ってね」
慌てて振り返っても見えるのは狗守さんの背中だけだった。姿勢よく歩いて去っていく狗守さんにはおれの気持ちが見透かされていたのかな。まあ、あんなにあからさまな行動たくさんしてれば気づくなという方が難しいかもしれない。
ドアに取り付けられたベルが鳴る音に呼応して、虎豪さんの手が狗守さんの飲んでいたコーヒーカップを持ち去った。次に、おれが飲んでいたカップに手を伸ばし、手袋に包まれた手がカウンターへ消えて行く。
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