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30 最期の挨拶

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「期間限定の恋人……?」

 カイユーは戸惑った様子で、ヤマトからの提案を咀嚼しきれないようだった。そんなカイユーに対して、ヤマトは己の心臓が壊れそうなほどフル稼働しているのを悟られないよう、ゆっくり喋る。

「今から一ヶ月、私は殿下の前でも殿下の恋人として振る舞います」
「……つまり、俺の前でも恋人の演技をするってこと?」
「はい、そうです」
「それは……」

 提案の内容を徐々に理解し始めたカイユーは一度言葉を切って、覚悟を決めたようにヤマトに問いかける。

「それはさ、俺に王位を狙って欲しいって言ってたことと関係ある?」

 カイユーの瞳は昏い。平気そうな顔をしてくれているが、やはりあの時の言葉はカイユーにとっては大きな引っ掛かりになっているようだ。
 その件について改めて謝罪をしたい、カイユーが思っているような意味ではないと訂正したい。だが、ヤマトはその気持ちをグッと堪えた。

「私は、やっぱり殿下の気持ちを疑っているんです。だから、今は言えません」

 カイユーに気持ちを信じきれないのは嘘でもあり、本当でもある。ただ、少なくともそれはカイユーのせいではない。ヤマトが臆病なのが原因だ。
 カイユーにとって一番センシティブな話題をこんな風に誤魔化すのは心苦しい。だけど、こうしないとヤマトは一歩を踏み出せない。

「だから、一ヶ月後にお互いどうするか考えませんか?」

 ヤマトはやはり誰かの『恋人になる』ということ自体が怖い。カイユーのことが好きだし、彼の特別になりたいと思っているのは確かなのに。……これはもう本能的なものなのだろう。
 だけど、期間限定と、あくまでそういう演技だという言い訳、この二つが揃えば許せた。一ヶ月後、ヤマトは封印の礎になる。その時まで、カイユーとの時間を自分に許したいと思ったのだ。
 あくまでそれはヤマトの事情で、そんなことは知らないカイユーからしてみればふざけた申し入れだ。よく考えたら好きとは言われたけど、交際したいとは言われていない。
 ヤマトは冷えきった自身の指先を握り込みながら祈るような気持ちで返答を待つ。カイユーはしばらく黙ったままだったが、「……分かった」と呟いた。





「なんか君たち雰囲気変わったよねー、ヤッた?」

 最近ミヤツキはこうしてナチュラルに下世話な話を振ってくる。ヤマトはミヤツキを睨め付けた。
 ミヤツキに会いたいわけではないのだが、修行の進捗確認のために定期的に会う必要があるのだ。

「揶揄いたいなら、やめてください」
「えー、いいじゃん気になるじゃん」

 あの提案に頷いたカイユーは、最初は遠慮もあるようで探り探りだったが、振り切ったのか恋人の雰囲気を二人きりの時も作ってくれる。ヤマトも演技という体だから勇気をだしてくっついたり、出来るだけ素直な気持ちを口に出したりした。
 正直に言うと、恋人になるのだから大人な行為をヤマトは期待していた。ヤマトにとってはむしろ恋愛と思うよりも、性欲に基づく関係のほうが緊張せず単純にカイユーとの近さを喜べるような気もしていた。
 でも、カイユーはヤマトに手を出さなかった。口付けを深めることはあっても、最後には体を離した。カイユーが興奮していなかったわけではないのは、同じ男なら見てすぐ分かった。だけど、カイユーは先に進まなかった。

 (まあ、それでよかったのかもな)

 ヤマトはもうすぐいなくなってしまう。ヤマトにとっては最期の思い出になればと淡い期待があったが、カイユーにとっては余計な傷になるだけだろう。
 ヤマトはカイユーには出来るだけ傷付いて欲しくないと思っている。今のヤマトはカイユーの心に刻まれたいとは思っていない。

「まあ、順調だね。予定通り明日にしますか」

 あっという間に一ヶ月は過ぎ、封印の礎になる最終確認だ。当初の修行完了見込みは明日だ。ヤマトはミヤツキの問題ないと言う判断にほっとする。

「ちゃんと、私が霜銀地方の夜狩りの仲間だったって証言してくださいね」

 もうすぐカイユーの前から消えてしまうから、ヤマトは酷いやつだったとさっさと忘れてもらおうと考えている。
 カイユーの身代わりになって封印されることは内緒にしている。そして、カイユーの目の前から急に消える理由も、ちゃんと用意している。
 カイユーへのヤマトが消えることの偽装工作に、ヤマトが実は母親が夜狩りだったことを利用させてもらうことにした。
 都合のいいことにゴゴノのコラムで、実はそういうふうに思える記述があるのだ。以前からゴゴノはヤマトに夜狩りの血が強いのは察していたらしい。「え?殿下は知らないんですか?影術を使えるから、そういうことだと思ってました」と言っていた。
 ヤマトは影術についてゲームでざっくり血筋で使えるという設定しか覚えていなかったので「まあ、貴族なら使えるかー。二次創作とかも使えるオリジナルキャラ多かったし」と大して気にしていなかった。ヤマト経由で夜狩りや影術についての話を聞いていたカイユーも同じ認識だと思われる。

 そういった事情もあり、他にも意図して隠していたことがあるのでヤマトはカイユーに秘密にしていることが多い。
 それらを組み合わせて、『ヤマトは、カイユーに接近してこの国をめちゃくちゃにしようとしていた夜狩りの手先だった。それが、上手くいかなくなって逃げた』という嘘の事実を作り上げた。
 ミヤツキには当然協力してもらった。彼なら国王や側妃、グレンなど周囲へのアプローチもできる。例えばカイユーに内緒で側妃に接触していたことなど、彼らが本当のことを言うだけで、怪しくすることができるだろう。
 ゴゴノにも一生のお願い(文字通り)をしたら、案外快く協力してくれた。彼が悲恋推しだからだろう。お願いした時も何が彼の興奮のツボだったのか分からないが喜びで震えていた。ゴゴノの趣向はともかく、彼の筆なら世論すらも作ることができる。
 
「頼まれたことはちゃんとやるけどさー、本当にこれで良いの?」
「悔いがないようにしろって言ったのはあなたでしょう?ちゃんと逃亡して行方不明ってことにしてくださいね」
「ま、僕も別に代替案とかないし、仕方ないか」
「見送りはいりませんから」
「はいはい。分かりましたよ」

 ミヤツキに見送られて、今からヤマトはカイユーに会いに行く。最期に見る顔は、憎めないけどちょっとイラつく人よりも、人生賭けて憧れて恋までした相手がいい。



「ヤマト、いらっしゃい」

 天翔館に行くと、カイユーが迎えてくれた。悲しさと愛しさを混ぜ合わせたような複雑な顔は、この一ヶ月で見慣れてしまった。
 最近はずっと二人きりで過ごしていて、この館でもエーリクにはほとんど会っていない。カイユーは、エーリクを呼ぼうとしたり、街や郊外へのデートに誘ってくれたが、ヤマトは出来るだけ二人きりでいたかった。人前に行けば、恋人のふりをするのは元々の契約恋愛の内になってしまう。ヤマトだけのカイユーの時間が欲しかった。
 エーリクは拗ねているらしい。それも、今日までのことだ。兄との時間を奪って申し訳ない気持ちはヤマトにもある。だけど、エーリクはカイユーとこれからずっと一緒にいられるのだから、今だけは許して欲しい。

 ソファに並んで座ってお互い喋ることもなく時間が過ぎていく。一月前まで、二人きりで座ってもこんなに密着することはなかった。
 カイユーの腕が肩に周り、半分抱き込まれているような体勢は心臓に悪いがいつまでもこんな時間が続いて欲しいと思ってしまう。

「明日で、一ヶ月ですね」

 ヤマトの言葉に、カイユーの体が強張るのがわかった。カイユーはヤマトに向き直った。

「更新はできないの?」
「それは、できません」

 ヤマトの返答を聞いてカイユーの何かを堪える表情をした。そんな顔を見ていたくなくて、ヤマトはキスをした。驚いたカイユーを見て、そういえばヤマトから口付けたのは初めてだったことに気付いた。
 カイユーのきょとんとした顔が、笑みに変わりかけて、そのまま悲しみに染まった。

「今日はまだ、恋人のふりをしてくれるんだね。ヤマトは演技が上手だ。愛されてるって感じするよ」
「殿下、その……」
「言わないで。まだ、恋人でいてよ」

 ヤマトが何を言おうとしていると思われたのか、言葉を遮られた。もしかした、ヤマトが夜狩りの手先という偽装工作がすでに耳に入っているのかもしれない。
 
 (殿下が言葉を遮ってくれて良かった)

 ヤマトは自分が何を言おうとしていたのか、自分自身でも分からない。だが、言わない方がいいことだっただろう。

「はい。私は今は……まだ、殿下の恋人です」
「ヤマト、ありがとう。……ごめんね」

 謝るのは、ヤマトの方だった。
 できればカイユーの笑顔を見てから眠りたかったが、それは欲張りすぎなのだろう。ヤマトはカイユーの恋人のままこの世を去れる。




 ヤマトは天翔館を出て、そのまま霊廟にやってきた。

 (えっと、宝珠を持った状態で触ると……)

 桜の木に触れるとバッと風が吹き、ヤマトは驚いて目を閉じた。風が収まった後に辺りを見渡す。

「わぁ……!綺麗だな」

 秋が近づき紅葉の始まっていた葉が若々しい緑に生き返り、生まれたばかりで未熟な蕾が膨らみ開花した。
 あっという間に満開になった桜が舞い散る。

「お花見、やりたかったな」

 今年の春の約束を思い出した。ヤマトはそれを振り払うように桜の木に向き直る。
 満開になると同時に、桜の木に被さるようにヤマトの目の高さくらいに小さな扉ができていた。おそらく、ここに鍵を刺せば良いのだろう。

 桜吹雪の中、鍵をゆっくりと回した。
 鍵が回り切るのと同時に意識が途絶えてその後の記憶はない。カイユーの声が聞こえた気がしたが、ヤマトの願望が作り出した幻聴だったのかもしれない。


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