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15 共同作業

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 ヤマトは森の奥に進みながら、夏休み明けのカイユーとの会話を思い出す。

「実は狩猟会に出てもらいたいのは、ただ貴族たちの見せ物になってもらうためじゃない」

 嫌そうな雰囲気を露骨に醸し出していたヤマトだが、カイユーの言葉に気を引き締める。
 どうやらコラム人気のせいで社交場に恋人を出すように各地で圧力を受けたらしいが、カイユーだったら上手く躱すこともできたのではと聞いた瞬間からヤマトは思っていたのだ。いったいどんな理由があるのかとヤマトは話の続きを待つ。

「ゴゴノからの情報によると、どうやら狩猟会をする森で宵闇瘴気が強くなっているらしい」
「宵闇瘴気って……」

 ゲームで宵闇瘴気について知っているヤマトはその言葉に引き締めた気持ちがより締め付けられる。
 山脈に囲まれたこの国は、建国前は宵闇瘴気に覆われていて夜喰魔が跋扈していたそうだ。その宵闇瘴気の発生源がイナゲナで、この国の初代王はイナゲナを倒して封じ込め人が住める土地にしたそうだ。
 宵闇瘴気はイナゲナを封じ込めてからも多少は漏れ出ていたらしいが、それが強くなっているのはイナゲナの復活の兆しだろう。実際、ゲームの時間軸ではイナゲナが復活してこの国は宵闇瘴気で覆われていた。

「ゴゴノの情報もあるんだけど、他にも気になることがある」

 カイユーはここからが本題という様子で話を続ける。ヤマトと違ってゲーム知識はないので宵闇瘴気に関しての深刻度は低いようだ。

「今回の狩猟会は正妃も側妃も顔を出すらしいけど、これは結構異例なんだ。一応王立学院だから王家主催ってことになっているけど学院行事だからね。王族は一人参加していればいいほうだし、参加者で俺もいるのに二人も来るのは変だ」
「そう、なんですか?」

 ヤマトはそもそも参加する気がなかったので狩猟会の例年の傾向なんてものは知らなかった。だがどうやらイナゲナ、側妃どちらにも動きがあるようだ。狩猟会でいったい何があるのかとヤマトは緊張を高めた。

「この狩猟会で、いったい何が……」
「何があるか、わからない。だからヤマトには一緒に参加してもらって何があっても対応できるようにしたいんだ」

 カイユーは普段、具体的にどうして欲しいかを言うことが多い。今回のように何が起こるか分からず、何をすればいいかも分からないという頼まれごとをヤマトは意外に思った。

(珍しいな、殿下からこんな漠然としたお願いをされるのは)

 ヤマトは何も言っていないのだがそんな驚きが見て分かったらしく、カイユーは憮然としてからプイっと顔を逸らした。

「……友達って、困った時に頼る相手じゃなかったか?」

 カイユーの横顔は初めてみるくらい仏頂面だった。カイユーが整った顔を顰めれば見る人に与えるのは威圧感だろう。だが、今この状況ではヤマトはカイユーに対して全く逆の感情を抱いた。

(え、うそ、かわいい……)

 カイユーはどうやら拗ねているようだった。しかも言葉の内容からすると、ヤマトのことを友人として頼りにしたのにヤマトの反応がいまいちでいじけてしまったようだ。

「分かりました!私にできる限りの協力をさせてもらいます!」

 ヤマトは俄然やる気が出て珍しく大きな声で返事をした。カイユーはヤマトの大声に少し驚いてから笑った。
 カイユーはいつも一人で色んなことを考えている。そんなカイユーが困った時に誰かを頼ることを覚えてくれたのだ。ヤマトはそれが、とても嬉しかった。



「協力するとは言ったんですけど、結局やってるのは普通に狩りですね……」

 宵闇瘴気の吹き溜まりを見つけるかも、側妃から刺客を送り込まれるかも、と警戒しているヤマトだったが今のところ何も起こっていない。
 
 王立学院主催の狩猟会は、風猪という名前の通りイノシシと風船の間みたいな見た目の獣を狩る。しかしそれだけでなく加えて主催者が隠している宝を探す宝探しゲームの要素もある。
 風猪は攻撃力はほぼないのだが逃げ足が早くて即座に急所をつかないとすぐに逃げてしまう。宝は風猪と見た目が似ている風船なのだが、誤って攻撃すると割れてしまい宝としてカウントされない。
 風猪と宝の両方を合わせた獲得数で競うのだが、一人では両立が難しいので大抵は二、三人で行動する。
 ちなみに狩猟会はお見合いの場でもあるらしく、学院生同士が気になる相手とペアを組んだり、家族の参加も可なので学院生が友人に兄弟を紹介するために三人で組むこともあるそうだ。

(これ、ゲームでもやったな)

 風猪狩りはゲームでもあったイベントで、その時にプレイヤーが任意に選んだ仲間と主人公が一緒に狩りをする。そこまでの好感度によって風猪との遭遇率や宝の発見率が変わるのだ。

「ヤマトは狩りに乗り気じゃないと思ってたけど、すごく楽しんでない?目が輝いてるよ」
「その、めちゃくちゃ楽しいです」

 カイユーの問いかけにヤマトは素直な気持ちを答えた。実際、とても楽しいのだ。
 風猪を発見したらヤマトとカイユーは無言のまま目線で会話する。音を立てると逃げられてしまうからだ。確実に風猪だと判断した時は遠くからヤマトが弓で狙う。宝かどう疑わしい場合はヤマトが警戒している間にカイユーがゆっくり近づいて確認し風猪だったら剣で倒す。
 無事狩れた時、ヤマトは自然とカイユーとハイタッチをしていた。狩りの緊張感とカイユーと協力して獲物を狩った時の爽快感はヤマトの体を熱くした。

「はは、俺も楽しいけど。ただ宵闇瘴気とやらの気配はないね」

 複数の風猪と宝を手に入れたので、カイユーとヤマトは狩りの手を休めて本来の目的について話し合う。現状、ただ狩猟を楽しんでいるだけで何の異変もない。

「宵闇瘴気っていうのを森から感じるってゴゴノが言ってたから狩猟に参加することにしたんだけど、茶会で側妃を探ったほうが良かったかな」

 カイユーの言葉に、ヤマトは以前から気になっていたことを聞いてみる。

「側妃様に直接、何故参加するのかと聞けなかったんですか?」

 カイユーは側妃の実の息子なのだ。いくら気まずい関係でも何かしらのタイミングで会って話すくらいはできなかったのだろうか。

「もう一年くらい公式の場でしか会話してないんだ。会いに行ったら怪しまれるよ」
「そう、ですか……」

 どうやら側妃とカイユーの関係はとことん冷え切っているらしい。

「とはいえ、コラムの影響で俺たちの味方が増えたとはいえ、茶会で真正面から側妃とヤマトが会話するのはリスクが高すぎるしね……」

 今までカイユーはヤマトと側妃が極力接触しないように気を配っていたそうだ。カイユー曰く公爵は理性的だからどんな反応をするか予想がついたが、側妃は情緒不安定な人なので行動が読めないらしい。
 今の状況でヤマトを攻撃しては側妃が悪者扱いされる。仮にヤマトが害されればたとえ証拠がなくても世間の目は冷たいだろう。けれども、

「そうですね。茶会の方はちょっと……、私には荷が重すぎるというか」

 ヤマトはカイユーへの協力は惜しまないが、理性的ではないなんて前評判の女性とわざわざ同じテーブルにつきたくはない。ヤマトは社交能力に自信もないし避けて通れるならそれに越したことはない。

「宵闇瘴気とやらは話半分だったし、まあいいや。せっかくだから狩りを楽しもうか。狩猟に側妃が何かしかけている可能性もあるから警戒は怠らずにね」

 カイユーの言葉にヤマトが頷いて、そのまま風猪を探して歩いていると視界の端に風船のようなフォルムが見えた。

「あれは風猪……あ、他の人が近くにいますね。別のルートに行きましょうか」

 ヤマトが少し離れた前方に見つけた風猪は、そばに学院生がいた。既に誰かが狙っている標的を横から掻っ攫うのはマナー違反だ。そんなことをしては後々社交界で吊し上げられる。そのまま通り過ぎようとしたヤマトをカイユーが止める。

「ちょっと待てヤマト、どうも様子が変だ」

 カイユーの言葉で足を止めてじっくりとみると、確かに風猪の様子がおかしい。通常人間に気付いたら逃げるはずの風猪が学院生に突進し始めた。攻撃力のほぼない風猪の体当たりで学院生が吹き飛ぶ。
 風猪の本来は茶色いはずの瞳から紫の眼光が光っているのが微かに見えた。

(あれは!風猪が夜喰魔化している!?)


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